そして夢は、現実に
グリースはいつも通りの時刻に目を覚ました。
毛布をどけて、ベッドから起き上がると、寝間着を脱いで、着替えた。
顔を洗って、髪を整えてから、冷蔵庫に残っていた野菜をお湯を沸かした圧力鍋にぶち込み、スープの素を入れて、少しだけ待つ。
そうしてできた朝食を口にしてから、ソファーにゆっくりと座る。
「……ルリちゃん、大丈夫かな?」
グリースはそう呟いた。
ここ最近、ルリは同じ夢――アルジェントが死ぬ夢を見ている。
グリースはアルジェントがそう簡単に死ぬような輩ではないと、思っている。
だが、ルリに危険が及べば、彼女が死なないということなど忘れてルリを守ろうとするだろう、自分の命を引き換えにしてでも。
其処がグリースは少しだけ心配だった。
アルジェントはルリを傷つく輩から守ろうとするだろう、その結果命を落とすことになっても。
だが、万が一それが起きればルリは深く傷つくし、彼女の立場が危うくなりかねない。
『不死人の女等がいるから、人間共が真祖様の城に侵入し、そしてアルジェント様が死んだのだ』
『不死人の女さえいなければ』
このような悪評が立たないとは言い切れないし、それにヴィオレへの負担が増す。
ヴァイスが信任し、ルリの世話を任せられる相手など現状アルジェントとヴィオレ以外にいない。
――ああ、何か嫌な予感がするな、胸騒ぎと言うか……――
グリースはため息をついた。
「……ちょっくら、行くか」
グリースはそう言っていつものように転移魔法を使ってルリの部屋へと転移しようとした。
ガツン!
「あいで?!」
衝撃を喰らってグリースが倒れると、ヴァイスの城の広間にいた。
「……あっれ? 何でだ?」
「グリース!! 何故ここに貴様が!!」
相変わらず敵意丸出し――なのに何処か焦っているアルジェントの声にグリースは振り向いた。
アルジェントとヴィオレがいた。
グリースは疑問を持った。
ここ最近ルリの様子を気にして、必ずどちらかがルリの部屋に居る様にしているはずなのだ。
夜はヴァイスが傍にいる。
なのに、その二人が広間にいるのだ。
「おい、アルジェント? ヴァイスの奴なんか障壁つくったのか? ぶつかって転移失敗してここにいるんだが?」
「違う!! ルリ様の部屋の階層に誰も入れなくなっているのだ!! 真祖様も!!」
「……は?」
アルジェントの言葉にグリースは間の抜けた声を出す。
急いでその箇所を解析する。
――やられた――
限定的な結界を張られたのだ。
条件は「聖遺物、もしくは聖なる物を所持している事」だった。
この国にそんなものはない。
となると、どこかで人間達から「聖人」と呼ばれる輩がそれらを作りだして持たせているという事だ。
――不味い事に、性別でも指定されてやがる、男でも女でもない、どっちでもある俺は入りづらい、ならば――
グリースは手を握り、一本の銀色のナイフを取り出してアルジェントに渡した。
「おい、グリース何のつもりだ」
「それでルリちゃんのいる階層に入れるようになるはずだ、急げ!! 俺はこのクソムカつく面倒なの壊してから行くからさっさと行け!! 早く!!」
グリースの気迫に押されるように、アルジェントは姿を消した。
「グリース!! 一体どんな結界が張られているのです!!」
「――さてな、今頃連中的に言えば『聖人』と呼べる輩が出てきたんだろう、でソイツに城に結界張らせたんだろう、どうやって張ったかはともかくな。ルリちゃんの事をどうにかしたい連中が出引きしてるのは確かだ」
「っ……愚か者達め、何てことを!!」
「――アルジェント、くれぐれも無茶すんなよ」
ルリは朝、目覚めた直後異常を感じていた。
ここ最近、いつもならヴィオレとアルジェントが二人ともルリが起きる前からいてくれるのに、今日はいないのだ。
それに怖さを感じながら、何とか平静を装うと着替える。
「……」
それに今日何故か夢を見なかった、連日ずっと見ていたアルジェントが死ぬ夢。
そんな夢見ないのが一番なのだが、現在の状況もあり、ルリは不安だった。
ガンガン!!
扉を叩く音がした。
ノック音などではない、まるで壊すような音に、ルリは体を強張らせる。
しばらくすると、音は止んだが、黒い扉がどろりと溶けていくのが見えた。
「?!」
「居たぞ!! 確保しろ!!」
武装した人間達が部屋に入り込んできた、
ルリは逃げようとしたが出入口である扉は一つだし、窓は塞がっている。
ルリは人間達の手から必死になって逃げようとしたが、銃声と共に脚に激痛が走り倒れ込んでしまう。
「あ゛ぅ゛ぐ……!!」
ルリは床に倒れ込んでうめき声を上げる。
武装した人間達が身動きが取れないルリの手足を拘束して、担いだ。
「離して!!」
不死人故、傷は治ったが、ルリは上手く身動きが取れない状態のまま暴れ出す。
「頭を吹っ飛ばして黙らせるか?」
「不死人だから死なないでしょう、それがいいわ」
人間達の言葉にルリの血の気が引く。
ゴリっと頭に銃口を押し付けられるのを感じた。
――怖い――
ルリは恐怖のあまりぎゅっと目を閉じた。
「ルリ様に何をしている貴様ら?」
聞きなれた声が――アルジェントの声がルリの耳に届いた。
ルリは思わず目を開ける。
視線を向ければアルジェントが冷たい表情で其処にいた。
直後、ルリの頭に突き付けられていた銃が凍り付き、粉々に砕け崩れ落ちた。
「――ルリ様、申し訳ございません。少しの間だけ、目を瞑っていてください」
アルジェントの言葉にルリは目を閉じる。
生々しい音と同時に体が宙に浮くような感触を感じたが、それでも目を閉じ続けた。
抱きかかえられるのを感じると同時に、断末魔とも思えるような叫び声と、血の臭いがした。
暫くして、ルリの手足の拘束が解かれる。
「ルリ様、目を開けても良いですよ」
ルリが目を開けると、アルジェントが自分を抱きかかえていた。
「アルジェント……何が、何が起きてるの⁇」
「……現状で把握できているのは、真祖様の命を狙う輩と、ルリ様を攫おうとする輩達が此処にいるという事です……お怪我が……」
アルジェントが穴が開いて血の痕が残っているズボンを、ルリの脚を撫でる。
不死人だから、もう傷痕は残っていない、痛みも消えている。
「大丈夫……もう痛くないから……」
「……申し訳ございません、ルリ様を不安にさせ……そして悪意ある者達に傷をつけられるのを防げず……」
「ううん、来てくれて安心したの……有難うアルジェント」
「勿体なきお言葉です……部屋が何処も閉ざされています……申し訳ございませんが少し此処でお待ちを」
アルジェントはそう言ってルリを床にそっと座らせた、そして離れると結晶のような結界がルリの周囲に張られる。
「ルリ様、しばらくお待ちください」
アルジェントはそう言って背中を向けた。
ルリは自分の心臓が酷く五月蠅くて怖くなった。
アルジェントが、武装している人間達を倒していく。
誰もアルジェントには触れられない、一方的に倒されている。
――大丈夫、あんな夢、現実に、ならない――
そう言い聞かせていると、ピキと音が聞こえた。
「え?」
ルリが音をした箇所を見ると何かが刺さっていた。
それが何か理解する前にソレは結界と一緒に粉々に砕け散った。
「?!」
恐怖でルリは体が動けなくなった、逃げようにもどうすればいいか分からず混乱状態に陥る。
「不死人を狙え!! ソイツの弱点だ!! 死ぬことはない!!」
何か音が聞こえた。
「ルリ様!!」
アルジェントの声、自分を守るような彼が視界に入る。
何かを切り落とすような音が聞こえた。
「ある、じぇん、と?」
ルリが顔を上げる。
ごとり
アルジェントの頭部が、落ちた。
首から下の体が、ずるりとルリにもたれかかるように倒れてきた。
血がルリの顔にかかる。
「いやああああああああああああ!!」
ルリは目の前の光景に悲鳴を上げた――
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