色々と考える ~夜更かしをはじめよう~



 夜、ルリはネグリジェを着てベッドに腰を掛けてぽけーっとしていた。


 何か今日はやたらアルジェントがぴりぴりしていたけど何があったんだろう?


 そんなことを考えながらぼんやりと窓の方を見る。

 月がくっきりと見え、星々も輝いている、夜の空が見えた。


 窓から外を眺めると、どうしても外の世界に焦がれてしまう。

 この城の庭にすら最近は出してもらえない。

 外の世界を見るにはあの窓から眺めるしかないのだ。


 グリースも真祖も詳しくは教えてくれないが、ルリは自分の立場が複雑になってきているのを何となく理解していた。

 だから、実家に帰してほしいという駄々をこねるのもなかなかできない。

 ルリは自分の立場が危うくなりやすい理由は何となく理解しているつもりだ。


 真祖の妻という立場、吸血鬼の国の地位や身分を求める女達なら喉から手が出る程欲しいもの。

 きっと、美しく着飾った身分の高い女達が、知恵など富んだ女達が、多くの女達がこぞって真祖の妻になろうと真祖の寵愛をもらおうとした。

 だが、真祖はその女達の誰一人として妻に迎えることも愛することもしなかった。

 そう、「最初の妻」を失ってから二千年――今に至るまで、誰一人として妻として迎え入れなかった。

 二千年が経ち、ある盟約が果たされることが起きるまで、その地位は空白だった。


 しかし真祖の作った盟約「不死人の女を妻とする」という盟約に当てはまる人物――ルリが出てきたことでそれまでの状況は変わった。


 女達が望んでやまないその地位に、ぽっと出の、不死人というだけの小娘がついてしまったのだ。

 その上真祖から寵愛を受けているという。

 女達からすれば嫉妬の対象だ。

 女達だけではない、真祖に仕えていた配下からしても「自分の主がおかしくなった」としか言えない状況になっているのだ。

 それもそうだ、高貴な家の出でもない、知恵に優れた者でもない、何かを成した者でもない。

 人間の国の、平凡な家の、ただ「不死人」になっただけの女、その上「真祖のことを愛していない」というある意味真祖を慕う吸血鬼の国の民から見れば、「なんだこいつは!!」というのがルリへの感情だ。

 ルリもそれは仕方ないと分かっている。


 だが、自分の意思とか完全に無視してルリは「真祖の妻」にさせられたのだ。

 その上産まれてこの方恋愛もしたことがない、よって初恋もまだというのに、好きになれと言われても困る。

 ルリはそういう意味で人を好きになる方法をしならない、どういう風に愛に堕ちるのかもわからない。

 後、困った事に、真祖はルリに「誰を愛するか楽しみだ」とまで言った。


 その理由も今現在ならはっきりしている。

 自分は今三人の存在から愛されている。

 一人は真祖なのは言わずもがな、もう一人は盟約の立役者……といえば聞こえがいいが実際な人間も吸血鬼も滅ぼしかけた危険な力を持つ世界で初めて覚醒した不死人グリース、そして最後はルリの世話役を名乗り出て実際傍で世話をしているアルジェント。

 この三名の内二名は愛の見返りを望んでいる、真祖とアルジェントだ。

 グリースは何故かいらないと言っている。

 ルリからすれば一番気が楽なのがグリースで、そして何故か一番落ち着くのもグリースなのだが――アルジェントがそれを非常に快く思っていない。

 真祖でなく、アルジェントがだ。

 立場として夫の真祖が自分よりも心を許す存在に嫉妬や怒りを覚えるのは納得できる、だが真祖はその件に関しては非常に寛大だった。


 ルリとしては何故こういうのには寛大でそれ以外では心が狭いのかと少しばかり不安になった。


 真祖の配下のアルジェントはそうではなかった、何となくだが、今までの会話や態度からするとアルジェントは「グリースだけは絶対ダメ、あいつだけは愛してはいけない」という風なのがルリには見えたのだ。

 ルリがグリースとなごんでいるのを見ると、アルジェントは非常に殺気立つ。

 殺気の矛先はグリースだ。

 一回部屋の温度がかなり下がって寒い思いをルリはしたことがある。

 グリースから聞いたことだが、アルジェントの得意分野は「氷」に関する魔法、それを使いやすくする為環境を無意識に変えるクセがついているらしい、つまりアルジェントが部屋の温度を下げたのは「氷」をより万全な状態で使いやすくするためであり、言ってしまえば殺せないはずのグリースを殺害するためにそうしたということだ。

 此処まで憎まれるグリース、アルジェントに何かしたなら同情の余地はないのだが、グリースはアルジェントに直接接触するようになったのはルリと出会ってかららしい。

 色んな事を見通してきているからグリースはアルジェントの事を知っていた。

 アルジェントの方はルリが尋ねたところ、彼はグリースの事は真祖からしか聞いていない、接触はルリの世話役になってからが初めてらしい。

 なので真祖にルリは尋ねた、グリースの事をアルジェントになんと教えたのかと。


『何を、と言われても困る。私はグリースは、敵に回すと手に負えないから奴に喧嘩は売るな、私でも奴と本気でやり合ったら次は死ぬ、としか言っておらぬ』


 と困った顔で答えられたのをルリは覚えている。

 何をどうすればグリースを其処まで目の敵にするのかルリにはさっぱりわからなかった。

 グリースにルリはわりと同情した。



「ルリ」

「おういえ?!」

 名前を呼ばれ、ルリは変な声を上げて飛び上がった。

 気が付けば真祖が顔を覗き込んでいた。

「ずっと考え込んでいたようだが何を考えていたのだ?」

「あー……外出たいとか、私の立場やべぇなぁとか、なんでアルジェントはグリースの事殺そうとするレベルで目の敵にしてるのかとか……まぁ色々」

「……なるほど」

 ルリの言葉に真祖は頷いた。

「確かに、ここの所お前を外に――城の庭にすら出しておらぬな。だがそれはアルジェントが申し出たことだ」

「は?」

「……ここでは何だ、私の寝室で話そう」

 真祖はそう言ってルリを抱きかかえると、闇で周囲を包んだ。


 闇が消えると、真祖の寝室へと移動していた。

 真祖はルリをベッドに座らせると、隣に腰をかけた。

「何で?」

 ルリは真祖に問いかける、外出禁止令を出しているのは真祖だから、庭にださないようにしているのも真祖だとルリは思っていたのだ。

「ルリ、お前は自分の立場が危ういのを理解しているな?」

「そりゃね、長い間この国の多くの女性たちが焦がれた地位にぽっと出で、よく分からない、分かっているのは『不死人の女』というだけの輩がその地位におさまったら、普通恨むわな、嫉妬するわな」

「それもある」

 ルリの言葉を真祖は否定しなかった、事実なのだろう。

「――最近アルジェントの行動が目に余る」

「え、世話役として解任するの?」

「グリースにそれを相談した」

「答えは?」

「『解任したらあのムッツリでルリちゃん一筋で盲目状態の大馬鹿は確実に今よりも派手にやらかすぞ』と言われた」

「アルジェント……何か酷い言われようじゃない? 具体的に何をしたの?」

「――言えぬ」

「そこはいってよ」

「グリースから言うなと言われた、言ったらアルジェントがルリに嫌われてあ奴が発狂しかねんと言われたのでな」

「何してるのアルジェントは……いや、嫌わないから言ってよ」

 ルリは渋い顔をした、自分が他者を嫌うというのは相当な事をしている連中に限る、となるとアルジェントはかなりヤバイことをしているのが分かった、何かはともかく。

「……なら良かろう、アルジェントには問いただすな、良いか?」

「うん、分かった」

 真祖の言葉に、ルリは頷いた。

「……お前の悪口やお前を非難した配下を吸血鬼人間問わず、瀕死状態に追い込んでいる」

「……は?」

 ルリはぽかんと口を開けた。

「内容としてはまぁ『真祖様の新しい奥方どうせ性格が悪いんだろう』とか『真祖様の寵愛を受けてるから調子に乗ってるんだろう』とか『不死人風情が真祖様の奥方とは図々しいにもほどがある』……等という悪口なのだが、アルジェントは言った輩を探し出して問いただした上で病院での治療が必要な程の重傷になるまで徹底的に叩きのめしているのだ」

「……まぁ、悪口言われてるだろうなとは思ったけど、それ聞きつけてまさかアルジェントがボコってるとは思わなかったよ」

 真祖の言葉に、ルリははぁとため息をついた。

「……とっくの昔に三桁を超える数病院送りになった」

「は?」

 ルリは目を丸くする、「とっくの昔に」、「三桁を超える数病院送り」になったと言ったのだ。

 つまり今はもっと病院送りになっている可能性がある。

「私が最初に見せしめで大体五桁の民を罰したのだが、それでも言う輩は言うようだな」

 真祖は感心しているように言った。

「いやいやいや、色々とツッコミたい!! けどどこからツッコめばいいのかわからない!! 誰かこの常識ない人……じゃなかった吸血鬼基真祖どうにかして!!」

 アルジェントも大概だが、真祖はもっと酷かったのを知らされ、ルリは思わず頭を抱えて叫んだ。


「本当、お前ら主従余計な行動とか言動が多いよな?」


 呆れたような声、いつの間にかグリースが部屋にいた。

「グリース助けて、この城で私と関わってる連中常識がなんかおかしい」

「……まぁ、吸血鬼とそれに仕える魔術師だもんねぇ。ルリちゃんが生まれ育ったところの常識……は多分通じないよね」

「そんなー」

 ルリはがっかりとした表情をする、それを見てグリースは困ったように笑ってルリの隣、真祖とは反対側に腰を下ろす。

「まぁ、ヴァイスもアルジェントもルリちゃんが可愛くて仕方ないんだよ」

「いや、私顔も生まれもごく普通の一般人で、不死人なっただけですが?」

「……自分の魅力に気づかず生きるってある意味すげぇなぁ」

「はい?」

「何でもないよー」

 グリースが何か言ったような気がするがルリは聞き取れなかった、ルリが聞き返すように言葉を発するとはぐらかされた。

「……何かみんなして私に隠し事してるような……」

「仕方ないよールリちゃんを守るためだからねー」

「……グリース私の台詞を奪うな、そしてルリを自分の方に近づけて頭を撫でるな」

 真祖がグリースの行動と言動を咎めるように言う。

 実際グリースはルリの肩を抱き寄せて頭を撫でている。

 普通の男がやってることならルリは多分ぶん殴ってるだろう、だがグリースだと別にされても平気なのだ、理由は不明だが。

「そういう事をしておるからアルジェントはお前を目の敵にするのだ」

「ははは、アルジェントの奴自分ができなくて羨ましいから嫉妬するのは醜いぞー」

「グリース、アルジェントがそれを聞いたら死ななくとも串刺しにされるぞ」

 真祖がグリースの言葉に警告をする。

「いや、何度か既にされかけてるからへーきへーき」

「グリース……それでいいの?」

 全く気にしてないグリースにルリは若干不安を覚えた。

「さて、この機会だルリちゃんが知りたい情報とかについて話せる限り話すか」

「それもそうだな」

「夜更かしになると思うから、眠たいの少しだけ我慢できるかい?」

 グリースのまるで子どもに対していうような優しい言葉に、ルリはこくりと頷いた。


 夜は、これから始まる。





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