緑の手を持つ花屋の私と、茶色の手を持つ騎士団長

デコスケ

プロローグ

 アレリード王国の王都バルリングの端っこに、「ブルーメ」という小さな花屋があった。


「よう、アン。いくつか花を見繕ってくんねーか?」


「あ、いらっしゃいませ! 中へどうぞ!」


 アンと呼ばれた少女──アンネリーエは、人懐っこい笑顔を浮かべ、花を買いに来た客を迎え入れる。


「今日はガーベラがおすすめです! 色も豊富なので、飾った場所が華やかになりますよ!」


「へぇ。いいねぇ! じゃあ、それを適当に五本頼むわ」


「有難うございます! 少々お待ち下さいね!」


 ガーベラはすらりと伸びた茎の先に、丸く大きい一輪の花弁がついている花だ。しかし同じ長さのままだと花弁が大きい分見栄えが悪い。

 アンネリーエはガーベラの茎を切り、花弁が重ならないよう高低差を付けてバランス良く束ねると、クルッと包装紙に巻いて男性客に手渡した。


「お待たせしました! はい、どうぞ!」


「おう! サンキューな!」


「ありがとうございました!!」


 会計を済ませ、去っていく客を見送ったアンに、別の客が再び声を掛けてきた。


「アンちゃーん! 今日お母さんのお誕生日でね、花束をプレゼントしたいんだけど、どの花が良いかわからないの。相談に乗って貰ってもいいかな?」


「わぁ! お誕生日なんですね! おめでとうございます! じゃあ、お母様の好きな色を教えて貰えますか?」


 アンネリーエが一人で切り盛りする花屋「ブルーメ」は、小さい店ではあるものの、所狭しと鮮やかな花が陳列されていて、店を訪れる客をいつも和ませている。

 朗らかで元気なアンネリーエの気性も相まって、花屋「ブルーメ」はいつも人で賑わっていた。


 アンネリーエが住むこの国、アレリード王国は魔物の住む大森林が近くにあるため、魔物を狩って素材を武器や防具に加工し、輸出する事を主な産業としている。

 常に魔物の驚異に脅かされているこの国は長い間、精鋭揃いの騎士団を始めとした高い戦闘力を持つ衛兵、高ランクの冒険者が集まる冒険者ギルドなどに守られてきた。


 そんなアレリード王国は農地が少なく、大森林があるために作物を育てる土地もないので穀物や野菜など植物系の食料は他国からの輸入に頼っている。

 それは生花も同様で、国に流通している生花の殆どが輸入品だ。


 作物が生産出来ない国の中にあっても、アンネリーエの花屋「ブルーメ」ではいつも新鮮な花が売られているので、王都では知る人ぞ知る隠れ家的な花屋となっている。




 * * * * * *




 西に傾いた陽の光を受け、街中がオレンジ色に染まる頃、花屋「ブルーメ」は少し早い閉店時間を迎える。

 今日も一日の業務を終え、閉店準備を済ませたアンネリーエは店の裏口の扉を開く。扉の先には小さなキッチンとダイニングがあり、更にその先にもう一つ扉があった。


 奥の扉を開くと、そこには色とりどりの花が育てられている花畑が広がっている。

 そこはアンネリーエの店で売るための花々が栽培されている温室で、アンネリーエは花を仕入れるのではなく、自分で育てていたのだ。


 花畑の天井はガラスで覆われており、温度管理がされているため、害虫や気候に左右される事が無く、屋外で花を育てるより安定した生産が出来るようになっている。


 この温室はアンネリーエの祖父の時代から使われていて、アンネリーエの両親が他国に移り住んだ後、彼女へ相続されたものだった。


「さーて。明日はどの子にしましょうかね」


 アンネリーエは花畑を見渡すと、店で売るための花の選別を始める。

 店の敷地の10倍ほどある花畑には、アンネリーエが種や苗から育てた花が区画ごとに分けられ、すくすくと育っていた。

 その花の種類や量は、小さい店で売るには十分だ。


「あ、この子にしよう! きれいな色だしボリュームもあって丁度良いかも!」


 アンネリーエが見つけたのはリシアンサスという花だ。大きめの花弁には枝分かれした蕾が幾つかついているので、しばらく花を楽しむことが出来る。


 それからアンネリーエは頃合いの花を幾つか選ぶと、簡単に下処理をしてから、それぞれの花に合った水揚げを行う準備をする。


 ちなみに水揚げとは、花の茎が水を吸収しやすくなるように手助けをする作業で、「水切り」「水折り」「湯揚げ」などの処理の事をいう。


<我が生命の源よ 清らかなる水となりて 我が手に集い給え アクア=クリエイト>


 アンネリーエが呪文を唱えると、キラキラと光る粒子──魔力が手のひらに集まり、そしてうずまきながら水に変化する。


 大きなバケツに魔法で出した水を注ぐと、アンネリーエは下処理をした花達を入れていく。


 水が大量に必要なこの作業は、普通であればかなりの重労働なのだが、幸運にもアンネリーエは水属性の魔力持っているおかげで、比較的楽に作業を終わらせることが出来ていた。


 明日売る花の準備が出来たアンネリーエは、花畑の隣にある鉢物が置いている場所へと向かう。

 そこには、観葉植物や蘭が植わった鉢が沢山並んでいた。


 アンネリーエは半日陰になる場所に置いている一つの鉢を見ると、喜色の声を上げる。


「あ! 蕾がついてる! やった! どんなお花が咲くのか楽しみ!」


 その鉢は、他国に移住した両親が旅行中に送ってくれた種を植えたものなのだが、発芽するまで随分時間がかかっていた。

 だからちゃんと花がつくか心配だったアンネリーエは、ようやくついた蕾を見て大喜びしたのだ。


 この植物の名前は「マイグレックヒェン」と言い、北の方の国に自生しており、花と根に毒をもっているから注意するように、とアンネリーエは両親から教えられている。

 何故アンネリーエが毒を持つマイグレックヒェンを栽培しているのかというと、マイグレックヒェンはその愛らしく可憐で素朴なその姿が「幸せを呼ぶ花」として北方の国で親しまれているからだ。


 可愛い花でも毒を持つのに「幸せを呼ぶ花」と呼ばれ、花言葉が「純潔、純粋、幸福」というマイグレックヒェンに、アンネリーエは心惹かれるものがあったのだ。


 マイグレックヒェンは紫色で釣り鐘状の、壷状に丸まった花が咲くという。


 アンネリーエは花が開花するのを楽しみにしながら、温室を後にしたのだった。

 



* * * * * *



久しぶりに新連載はじめました。

以前から書きたかったお仕事ものです。(*´艸`*)

今度こそ短めに終わる予定。(中編です)


今日はもう一話更新する予定です。


これからどんどん更新していきますので、

お付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします!


登場している花の名前の紹介です。

❀花の名前解説❀

リシアンサス→トルコキキョウ

マイグレックヒェン→すずらん

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る