【本編完結】実家に虐げられた令嬢は王国一の音楽団で幸せの音を奏でる〜結婚相手の公爵様に溺愛されながら、王国一のピアニストになります〜
希月花火
本編
1.伯爵家の狂った日常
私、アイラ・サートンは生まれてからずっと家族に虐げられている。
手入れする道具も時間も無いせいでボロボロの銀髪に、侍女のような質素な作業服という格好をしていると、つい自分が伯爵家の娘だと忘れてしまう。
押し付けられた事務用の書類をかれこれ何時間も捌いていた。
紙と紙が擦れる音やペンが走る音が私の耳を撫でる。
山のように積み上がった事務的な書類を一枚ずつ丁寧に読んでいく。
集中して作業をしていると、執務室にノックの音が響く。
その音を聞いた瞬間に、私は体を震わせてしまう。
表情は恐怖で吊り上がって、体中の血の気が引いて凍えるような感覚に襲われる。
「あら役立たずの義妹じゃない? ごきげんよう」
「ルージュ姉様……」
弱々しい声で名前を呼んだ相手——義理の姉、ルージュは私の顔を見た瞬間にニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
程よい体型に丁寧に手入れされた長く伸びる金髪、華やかさを強調するドレスは貴族らしい容姿をしている。
「あなたががぼーっと座っている間に、私は社交の場でリストン公爵様に求婚されたわ」
過去に私はルージュ姉様の話途中で欠伸をすると、生意気という言葉と同時に激しいビンタを受けた事を思い出す。
だから、ルージュ姉様の自慢話を出来るだけ無表情を浮かべながら聞く。
「とても気品ある殿方だったので、婚約することになりましたわ」
「そうですか……」
「ええ、あなたみたいな役立たずとは違ってね」
ルージュ姉様は、私はこの家の厄介者で、誰も私のことを必要としていないと何十分もループして言い聞かせた。
小さい頃から聞き続けてきたせいで、酷い言葉を受けても何も感じなくなった。
「不出来な義妹のために、私があなたのやった書類を見てあげるわ」
私が何度も間違いがないか確認した書類を手に取ると、内容を見ずに床に落とす。
「適当にやったに違いないわ。やり直しよ」
口元を歪ませてニヤリと笑顔を浮かべたルージュ姉様は得意げに鼻を鳴らす。
ルージュ姉様に逆らっても意味がないと頭の中で恐怖が染み付いている。
だから、いくら酷い仕打ちを受けても、ルージュ姉様の神経を逆撫でしないように、言いなりになるしか私に選択肢は無かった。
「あら? 床を掃除するついでに顔を洗ってはいかが?」
ルージュ姉様は机に置いてあった水を私の頭の上からかける。
そして、グラスを床に投げ捨てた。
ガラスの割れる音が執務室に響いて、書類の山に水と破片を撒き散らす。
「不出来なアンタが片づけなさい」
ルージュ姉様は鼻歌混じりに執務室を出る。
そんな様子を尻目に私は床に散らかった破片を道具なんて使えないから手で拾う。
私が床を片付け終えて手を見ると、ガラスで切れてボロボロになっていた。
「はぁ……」
「ため息を吐いている暇があるなら、この家のために働きなさい」
「お義母……様」
サートン伯爵婦人——ダイアお義母様は怒りと蔑みの籠った目で私を見つめる。
お義母様の睨むような視線に、私はガクガクと奥歯を震わせた。
「誰がアンタみたいな役立たずを養っている思っているのかしら?」
「すみません、すみません、すみません」
お義母様の機嫌を損ねないよう、私は必死に何度も謝り続ける。
幼い頃から受け続けた虐待の数々を思い出して、体を震わせた。
今日は軽い内容で済むようにと何度も心の中で願い続ける。
「まあ、許してあげるわ」
「ありがとうございます」
私は危機が去る事に安堵して、ほっと息を吐く。
これで気分を良くして去ってくれと、私は心の中で願う。
「その代わり……」
だけど、現実はそう上手くいかない。
お義母様はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「アイラ、今から四つ這いになりなさい」
私は慌ててお義母様の言う通りに両手足を床に擦り付けた。
ドンと鈍い音が執務室を震わせて、背中に強烈な痛みが走る。
「これは良いわね」
お義母様は何度も私の背中を踏みつけて、笑い声を上げた。
私はそれを必死に歯を食いしばって、痛みに耐える。
「ダイア、夕食だぞ」
「あら? あなた今行くわ」
そんな声が執務室に響くと、お義母様は私の背中から足を退けた。
ようやく暴力に耐える時間が終わって、顔を上げる。
「おい、その汚らしい視線で俺を見るな」
私の視線の先にはサートン家当主のカイル・サートン——私のお父様が映る。
私はその様子に体を震わせて、何度も謝罪の言葉で許しを乞う。
お父様は私を無視して、後ろを向く。
「さあ、家族団欒の時間にしようか」
「えぇ」
お父様の言葉に私はどうしようも無い疎外感と虚しさを覚えた。
それでも、厄介者の私に落ち込んでいる暇はない。
とりあえず、今日の夕食を調達しようと調理室へ向かう。
♢♢♢
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