第80話 皆の想い

 明け時の少し前、迎えに来たのはレイリーさんではなく、キュスト隊長だった。


「ナズナ、レイリーから甲冑を受け取っただろう……って、もう着ているのか」

「今日、身に着けるようにと」

「なら話が早い。調整に行くぞ」


 久しぶりに、正規軍の司令本部本棟の廊下を歩く。


 ここはどんな時間でもキビキビと行き交う兵士が多い。


 1階の正面玄関の一番奥を左へ曲がったにつきあたりに、甲冑のメンテナンスを担当する部署があった。


「キュスト殿、ようこそ。そちらがナズナ様ですね?」

「話はきいているな?」

「もちろんです。さぁ、ナズナ様こちらへ」


 通された奥の部屋は、たくさんの甲冑や盾が所狭ところせましと並んでいた。


「こんなに早い時間からすみません」

「滅相もございません。これが我らの仕事ですから」


 さらに奥の小さな部屋へと案内された。


「申し遅れました。私、甲冑師をしておりますサラビです。どうぞよろしく」


 サラビさんは、木目のような白髪交じりのブラウンの髪で、物腰の柔らかな老紳士といった風体だった。


 今は作業用の服を着ているけれど、三つ揃いのスーツなんて着たらとても似合いそうだなぁ。


「ナズナです。どうぞよろしく」

「レイリー殿から伺っております。なんでも、此度のために地下で特訓をなさっていたと」

「えぇ、まあ」

「ありがたいことです。我々も、相応しい甲冑に仕立て上げます」

「でも、調整なんて要らないくらいぴったりですけど」

「ナズナ様、お部屋からここまで歩くのと戦場ではわけが違います。武器を振るったり、長時間ノイに揺られたり、衝撃に耐えるためには、しっかり体に合わせておかなければ取り返しのつかないことになります」

「なるほど……」


 私では感じえない微細な箇所を丁寧に調整するのが、サラビさんの仕事なのだろう。


「では、姿勢をまっすぐにしてお立ちください。あぁ、この後はあちらの鞍に跨って頂きますよ」


 立ち姿のあとは、剣の代わりに棒を持たされて体を動かすように言われ、パーツに直接印をつけていた。


「お使いは両手剣ですよね?」

「あ、はい。両手剣です」

「これでは腕が十分回せませんし、このパーツが邪魔になって視界が悪くなります」

「そうなんですか?」

「前の持ち主は恐らく弓兵か魔導士だったのかもしれませんね」


 え、そんなことまで分ってしまうんだ……。


「直して使い継ぐことで、前の持ち主たちも喜んで力を貸してくださることでしょう」


 死者の想い、ということだろうか。


 戦場には出ないけれど、こうして支えてくれる人たちの仕事は、私たちの体を守るうえで重要な立ち位置だった。


 そしてノイの背に見立てた木馬の鞍に乗っての各所のチェック。


 脛当てからつま先にかけてもきちんと見てくださり、サラビさんの丁寧な仕事ぶりに感銘を覚えた。


「本日中に仕上げますので、しばらくお待ちください」

「よろしくお願いします」


 そして、私たちはピルーコ指揮官の私室へと向かった。




「サラビはここで一番腕がいい職人だ。良かったな」

「そうなんですか」


 腕のいい職人さんか……。


「恐らく、レイリーが手をまわしてくれたんだろう」


 レイリーさんは、毎日時間を見計らって治癒魔法をかけに来てくれたし、夜遅く特訓が終わる頃に迎えに来て、翌日は早い時刻に起こしに来てくれた。


 例え義務であっても、嫌いな相手にここまでできるのは本当にすごいな……。 


 このヨーンのためになるならと、己の心を殺してまでも尽くしてくれている。


 私は、サラビさんやレイリーさんの想いを背負っていかなくてはならない。

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