22.沸騰、復建、意志復活
我は昔から力を持っていた。それを振るい、弱きを守るべきであると他者は言ったが、我はそれに魅力を見いだせなかった。その力をありのままに振るい、他者に見せつけ圧倒することこそが、我に許された特権であると思っていた。その為に我はペリュトナイの軍に入隊し、力を更に高めていくことを決めたのだ。
正直に言って、期待はずれにも程があった。軍と言いながら、その軍には戦いなど無かった。そこにあったのは、ペリュトナイの平和維持の活動だけ。そんな場所に、力を示す機会などありもしなかったのだ。
アウラは猛烈な連撃を避けながら、攻撃の隙を伺う。しかし彼女は動揺していた。リトスをあっさりと下されてしまい、更には目の前の獣が悪意を込めて仲間の声を模倣し、殺しにかかっている。
『どうした! お前はそんなもんじゃないだろう? ……こんな感じで合っているか?』
「……ふざけないで! 貴方にカルコスさんの何がわかる!」
イミティオの攻撃は、先ほどに比べればどこか緩慢であった。しかしその緩慢な攻撃の隙間には、攻撃を仕掛ける隙など微塵もなかった。それはまるで絶対的優位にある狩人が、獲物を徹底的にいたぶって愉しんでいるかのようであった。もっとも、姿だけを見れば逆でしかなかったのだが。
「いい加減に……、倒れて! もうその声を____」
『聞きたくないってか!? まったく悲しいことを言うじゃないか! アウラ!!』
アウラがその怒りと共に渾身の刺突を放つ。まさに突風のようなこの一撃を喰らって無事で済む存在など、いるはずもない。それはイミティオも同じだった。
『……ッ!? 凄まじい一撃じゃないか! だが当たるかそんなもの!!』
しかし、それは当たればの話だ。怒りに身を任せたその一撃は力こそ入っていたが、それを当てるには速度も精度も不十分だった。刺突を横に回避すると、イミティオは剣が握られたアウラの手を思い切り殴りつける。それによりアウラの剣は手から離れて飛び、少し離れた場所に突き刺さる。彼女が加速して取りに行くには、少し遠すぎる位置だった。
「は……なせ……!」
『そういえば、奴の最期をまだ教えていなかったな。……折角だから教えてやろう』
アウラは壁際に追い込まれている。そして初邂逅の時と同じように、その首を掴まれて持ち上げられていた。掴む指を解こうにも、力の差がありすぎた。仮に解いたとしても、もう片方の剣が彼女を逃さないだろう。
『我は正直人間というものを侮っていた……。元々人間だった我がこんなことを言うのは少し変かもしれないがな。まあ、超常的な力を手にした選ばれし者の行く末である、と考えれば悪くは無い。むしろこの上ないことだ』
イミティオは尚も、アウラの首を絞め続けている。相変わらず人が解けないほどの強さだったが、しかしその手の力は何処か緩みつつあった。
『ああ……。やはり力が入りにくいな。……我が両手首に傷があるだろう。普段であればこの程度の傷などどうということは無いのだが、あの男に付けられたこの傷はどういうわけか治らなくてな。まるで焼け爛れたように、今でも微かに疼く……』
忌々しそうに吐き捨てるイミティオをよそに、アウラはこの状況をどうにか打破することを考えていた。
『おっと、そうだった……。あの男の最期についてだったな。あの男は勇敢だった。我に治らない傷をも付けてみせた。しかし生物としての差とは悲しいものだ……。抵抗する奴の左腕を落とし、まずは喰ってみせた。すると奴は叫びと共に奮起し、特攻を仕掛けてきたではないか! ……この傷はその時に付いたものだ。怒りのままに奴の顔の半分を喰ったら、その場に倒れ動かなくなってしまった。そこで、我が束の間の食宴は終わってしまった。……糧は生きているに限るからな。残念だが、食う価値のない物になど興味は無い。配下の獣共の餌として捨て置いた。後は知らん』
その口調は、最初のうちは思い出すようにしみじみと、感情の籠ったものであった。しかし後半、カルコスが動かなくなった様子を話し始めたあたりから徐々に冷め始め、まるで早くこの話を終わらせてしまいたいとでも言わんばかりにつまらなさそうであった。
「ふ……ざ、ける……な……! カルコスさんを……、貴方、は……!!」
『さて……。そういった点においては、貴様は食うに値する。その心意気、及第点と言ったところだ。貴様を食らうことで、我はまた一歩、高みに近付く』
嗜虐心に嗤うイミティオは今まさに、勝利宣言とばかりに目の前のアウラに食らいつこうとしている。ただしその動きはゆっくりと、まるで焦らすようであった。しかしアウラは諦めていない、諦めたくなかったのだ。彼女の中で今燃えている怒りを解き放たなければ、きっと彼女は死んでも死にきれない。その先に待っているのは、永遠にも等しい後悔の苦しみだ。
「もう、絶対、に……、貴方だけは、ここで倒す!! 生かして……、なんか、おけない!!」
「_____そうだ!! ここでこいつを倒さなきゃダメなんだ!!」
それは、この場にいた誰もが想定できていなかったことだった。今まさにアウラの喉元に食らいつこうとしていたイミティオの口に、蒼い塊が突き刺さる。噛み砕けないその硬さに思わずイミティオは仰け反り、その拍子にアウラの首を絞めていた手が離れた。
「アウラ……。大丈夫だよね? さあ立って」
「リト、ス……」
地面に這いつくばり咳き込むアウラの手を取ったのはリトスだった。瓦礫の破片や土埃が付いていながらも、信じられないことに彼の何処にも傷らしいものが無かった。
「どうして……。あんな一撃を食らって、無事で済むはずが……」
「……僕の能力と、魔術で薄い防壁を張って防いだんだ。それでも、しばらく気を失って動けなかったんだけどね……」
アウラはリトスの手を借りて立ち上がる。アウラは先程よりは平静さを取り戻してはいるものの、未だにその怒りを抑えられずにいる。そしてそれは、リトスも何となく察していた。
「アウラ。カルコスを侮辱されて怒りたい気持ちはわかる。…僕だって怒りでどうにかなりそうだよ。でもこんなときこそ冷静になろうよ」
「おのれ……。おのれ……! ゴボアあッ!?」
「悪いけど、もう少し大人しくしててくれる!?」
口に突き刺さった結晶を引き抜き瞬時に傷を再生させたイミティオに、リトスは追い打ちの蒼護壁を思い切りイミティオの口に叩き込んだ。それを食らい、再びイミティオが仰け反って悶絶する。
「……そうですよね。……だったらこの怒りは、全部剣に乗せようと思います。……リトス、1つお願いしても良いですか?」
そしてアウラはリトスに耳打ちする。それを聞いたリトスは一瞬驚いた表情を浮かべたものの、すぐに黙って頷いた。
自身の口に叩き込まれた蒼い結晶の塊を無造作に放り投げ、イミティオは立ち上がる。放り投げられた結晶は既に天素の供給を断たれており、地面に当たる前に霧散して消えた。
「何度も何度も……。我の口を何だと思っている! 食うことに支障が出たらどうしてくれるのだ!」
怒りが収まらないイミティオは、手にしていた壊劫を怒りのままに叩きつける。砕ける地面など気にも留めず、イミティオはその怒りの元凶へ向き直った。そして、怪訝な表情を浮かべる。
「……何のつもりだ? 貴様になど、もう用は無い」
イミティオの前には、リトスが立っていた。既に新しい蒼護壁を展開し、杖の先に薄片刃を形成している。そんな彼の浮かべるその表情は、『1人』で戦うことを覚悟したものであった。そして何よりも異質だったのは、彼の後ろに何かを囲うように建っていた3つの蒼い壁であった。
「……お前なんか、1人で充分ってこと。……僕が相手だ!」
「……いいだろう。そんなに食われたいのなら、すぐにでも食ってやる! 貴様には散々食わされたからな! 口直しと行こうじゃないか!」
牙を剥き、壊劫を構えて吼える獣。それを前にしたリトスの中には、多少なりとも恐怖心があった。しかしそんな恐怖心を押さえつけ、見えなくさせるものが、彼の中にはあった。そしてそれを抱き、リトスの孤独な戦いが始まる。
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