15.狼伐、狼狽、意志流浪

オブリヴィジョン人物録vol.2


スクラ

性別:男

出身:アルカドラ

年齢:不明

肩書:ペリュトナイ抵抗派魔術師

能力:イスティクハーラの煌輝こうき(強い光を放つことが出来る)

好き:人の世話(無自覚)、陶芸

嫌い:見捨てること、ドライフルーツ


ペリュトナイの抵抗派に所属する魔術師の長。かつてはペリュトナイにあった魔術研究所の所長を務めており、魔術を活かして人々の生活を豊かなものにするため、様々な物を開発していた。魔術の始まりの地とされるアルカドラの出身であり、更にはその街の創始者にして魔術の太祖であるエオスの弟子でもあった。


 古めかしいランプが淡く照らす部屋の中で、プリミラが虚空を眺めている。その目は赤く輝いており、それはまるで炎のようであった。


「……まあ上々って言ったところかな。でも……」


目を赤く輝かせながら、彼女は何処か不機嫌そうであった。責務を果たしながらも、そこには彼女が求めていた何かが欠けている。


「何処に、一体何処に、あの男は……」


彼女はふと視線を右へと逸らす。その先には、ひび割れた陶器の杖があった。それはまるで魔術の杖のようではあったが、そこにはあるはずの水晶が付いていなかった。


「……スクラ」


いつの間にか彼女の目は元の藍色に戻っており、その口からは無意識に名前が零れていた。


 太陽が昇り切り、明るく照らされたペリュトナイ。しかしそこにいつも通りの賑やかさは無く、普段と比べて静かであった。例外は、リトスが最初に入れられていた牢がある建物だけだった。そこだけが、襲撃の被害を被っていなかった。


「……成程。大体わかった。……カルコスの件は心配だけど、進軍ルートを書き出してくれていたのは大きい収穫ね」


セレニウスはパラパラと手帳のページを捲り、そのまま横のテーブルで地図を広げていたスクラに渡した。


「それと、セレニウス。カルコスが言っていたんだ。『壊劫は獣が持っている』って」


その言葉を聞いたセレニウスは一気に目の色を変える。彼女だけではなく、周りにいた戦士たちも驚きの表情を浮かべていた。その言葉にリトスが付け加えた、何のことかわからないけど、という言葉は誰も聞いてなどいなかった。


「……わかった。スクラ、なるべく早めに地図を複製しておいて。私達も早く復興を終わらせるから」


それだけ言い残し、セレニウスは建物から出ていく。それに、周りにいた戦士たちも続く。そしてこの場に残ったのは、リトスとスクラの2人だけだった。


「……いよいよここまで来たか。……不思議なものだな」

「……今まで、どうして外地の調査が成功しなかったの?」


当然の疑問である。この事態になってから数年。それまでにルートを割り出して進軍することは可能だったはずである。


「まあ、最初のうちにセレニウスさんがある程度見て回ったらしいんだがな、あれから数年経ってペリュトナイも大きく変わってしまった。当時の地図も全部焼けてしまったし、記憶だけ頼りにするのは不安だからな」


手帳を見つつ、天素ペンを握る右手で紙に地図を正確に書き写しながらスクラは答える。まだ、言葉は続く。


「その後にプロド殿の命令で外地調査に出た戦士たちがいたが、誰一人として帰ってきていない。セレニウスさんが街から離れると色々危ないからな。だから調査が進んでいなかったんだ」

「セレニウス以外にも戦力がいるのに、離れると危ないの?」


セレニウスは確かに強い。しかし彼女以外の戦士たちも、決して弱いはずはないのだ。それは今彼の目の前にいるスクラもそうだ。


「……不思議なことにな、セレニウスさんが外に出た瞬間に、大規模な獣の群れが押し寄せるんだ。実際に抑えきれずに被害が出たこともある。まあ、帰ってきたセレニウスさんが殲滅してくれたんだが……」


溜め息を吐き、スクラはペンを置く。彼の前に広げられた紙には、手帳に書かれていた簡易的なルート付きの地図が、綺麗に書き直されていた。


「……実際我々の戦力の大半がセレニウスさんに依存している状態だ。この状況をどうにかしなければ、と我々は思っている」


ここで唐突に正面の扉が開く。そこにいたのはアウラだった。調査の疲れがあるのか、その表情は差し込む日差しに似合わず憔悴しきっていた。


「あ……。リトス……」

「アウラ? 何か、あった?」


アウラは無言でリトスに歩み寄り、そのまま手を取った。リトスは、少しばかり驚きを隠しきれていなかった。


「……一緒に、来てください」

「ちょっ……。なになになに……」


そのまま引っ張られて、リトスとアウラは扉から出ていった。そんな2人を、スクラは紙を丸めながら見ていた。


 アウラに連れられたリトスは、ペリュトナイの裏路地にいた。そこにいたのは、2人だけではなかった。


「来たか……。待っていたぞ、リトス」

「何かあったの? ……復興作業はいいの?」


戦士たちは現在、全員が街の復興作業に駆り出されているはずである。そんな2人がここにいることに、リトスは疑問を感じていた。


「ああ、それについては心配ない。俺たちはセレニウス様から許可をもらってここにいる。というより、あの人から仕事を1つ頼まれているんだ」


シデロスの顔はいつになく真剣であった。それ故に、これが高い重要性を持っていることは、急に連れてこられたリトスでもわかった。


「呼んでおいて何だが、現場まで行きながら説明をしよう。アウラも来い」


カルコスは振り返って歩き出す。そんな彼の左手は、腰の曲剣に添えられていた。


 壁の中のペリュトナイには、ごく一部の人間しかその存在を認知していないとある場所がある。それはペリュトナイの王族とそれに近い者だけが知っている、地下空間に建てられた旧時代の神殿であった。かつてあった信仰が無くなって久しく、それに伴いほとんどの記憶から忘れ去られたその場所に、いるはずのない影が1つあった。


「……はい。奴らは王城への進軍を開始するようです。恐らくそれで大半の戦力がそちらに向かうでしょう……。……大丈夫です。バカ共にここを使っていることは気付かれていません。……ええ。全ては我らがペリュトナイの為に……」


虚空に向かって何かを語り掛ける男が1人いた。一見気が触れたようにも見えるその男だが、しかしその目には確かな意志を持っていた。最もそれは高潔からは程遠いものであり、その目は燻る炎のように仄かな輝きを放っていた。


「……スクラ、ですか? …申し訳ありません。スクラの動向は私でも掴んでおらず……。……!? いや、それは……」


男の言葉の端に焦りが出始める。聞いた何かが彼の想定していないことであることは明白であった。


「……とにかく、そろそろ戻ることとします。……スクラの件はこちらで手を打ちますので……」


言葉が紡がれ終ると、彼の目が正常なものに戻る。そしてその足が出口へと向いたところで、彼の前に新たな3つの影が立ちはだかった。


「ど、どうして、ここに……」

「……それはこっちのセリフですよ。……プロド殿!」


動揺する男、プロドの前に立ちはだかるシデロスは、既に曲剣を抜き放っていた。その背後には、剣に手を掛けたアウラと杖を構えたリトスが立っていた。この状況において、プロドは完全に窮地に立っていたのであった。

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