【28】バニーガール流唾付け治療法
「……なんて返せば良いんだろう?」みたいな可愛い顔を凝視していたいのも山々だけど、今は生死が関わるからね、ちゃっちゃと戦闘に戻ろう。
踵を
動きで敵を翻弄するのはこちらの領分、敵を煽り殺すのは得意分野だ。
しかし、私が操られた時に積まないよう一つ対策を授ける。
走り始めのわずか0.3秒。
美少年女の横顔を通過する瞬間、アイリの耳もとにコッソリと手段を伝えた。
内容を聞くや、驚いた表情でアイリは名を呼ぼうとしていたが「バニーさん」の“バ”の字だけを聞き取り、私は陽動に出る。
とりあえずは適当に店内を走り回り、敵を翻弄していく。
射出される武器も追いつかず、かと言って足元へも当たらない。
完全に的はこちらに集中している。バカめ、二人掛かりでかかろうとするのが仇だ。
捕まらない理由はもう一つある。客席を縦横無尽に邪魔しながら、逃げているからだ。
テーブルへと駆け上り、客を踏み台にし、自由に走り回る。意外に楽しいんだな、これ。
人様の殺される風景を踏みつけ、私は好きな男と共闘する。これが初恋か。
相手は客に配慮して、そんなことはできないから遠回りするしかない。
まぁ、そればかりじゃ決着がつかないのでそろそろ一体くらいは殺しますか。
「アイリ! ちょっと立ち上がれぇ!」
やかましいほどの聲を上げると、アイリは足を抑えながらゆっくりと起き上がる。
痛いけど我慢してね、協力してくれないと殺せない相手だから。
再び、アイリのいる通路に戻るとその場に立った。
相手を待つ──が、あちらが来るのはもはや秒的問題。
「きた」
声を漏らした刹那。黒服は角から顔を出し、手を頭に翳そうとしてきた。
操れれば何をされるかわかったもんじゃない。
しかし。
「そっちに送るから、焼いて」
すかさず、黒服の横腹に蹴りを入れた。
有無を言わさず操られる前にこちらから脚で操ってやる。
そのまま体を脚に引っ掛け、回転を応用して角からアイリの方角へと蹴り上げた。
通路を飛翔していく黒服の体がアイリへと向かい、降下を始める。
彼の小さな体が押し潰れてしまうという心配はない。なぜならアイリは可愛い天才だからだ。
“焼いて”、この言葉だけでどうすれば良いかは理解しているであろう。
自分の方へと落ちてくる敵をアイリは沈黙し、睨みつけている。
彼の世界──国に存在するという、居合切り……というやつかな。
アイリがそれを無意識でやってるのかは知らない、しかして敵は一直線。
相手は空中で武器を作り上げようとする。──されどもう遅い。アイリは次の攻撃の準備を、もう自らの左髪で済ませてしまっている。
何筋かを数匹の白蛇に変えていき、首や腕、全身へと一斉に噛みつかせ、骨肉を破壊していく。
いつ見ても、背筋が凍りつく攻撃だ。内側からってのが怖いね。
それを黒服が空中を跳んでいる一瞬の出来事としてやってみせたのだ。
倒れ込もうとする赤く膨らんだ黒肉を軽やかに避ける姿は、最早本物の蛇。
床へと黒服が倒れ込んだ瞬間、奴の体が風船が弾け飛ぶように四散し、周りの客席へと無残に部位が飛び散っていく。
その上には左右、白蛇と黒髪のモノトーンヘアのアイリの姿。本当に異様であり美的神秘であった。
だけど、なんだかそれがどうしても──
「アハッ、メドゥーサかよ!」
美しいと感じたのは確かだが、その姿がどうにもツボに入ってしまい吹き出してしまった。
「あはははっ、最高だよアイリ!」
黒服の死亡を確認すると、私は更に吹き出した。
そうしてる間にアイリの左髪は元の黒へと戻り、
そうか、そうか、うんうん、死体よりも仲間の様子優先は私と同じだな。それもすごく嬉しい!
「アイリ! めっちゃ良い気分! アイリ! 生きて帰ったらさ、アイリ! 私アイリを抱いてあげる! アイリがおかしくなるぐらい! 理性が無くなるくらいだ、優等生! 嗚呼、好き好き! 大好き!」
どうしよう、初恋でハイになってる。凄く恥ずかしいこと言ってる。大人ぶることができない。
中身が狂った
「え~~! なに、アイリ! どうしたの~~~⁉ 殺した後にそうなるってかなりヤバいよ!」
バニーガールの脳みそは品のない考えにしか、今は走れない。
ごめんね、アイリの清楚な考えとは真逆で下劣な正反対言葉しか浮かばないよ。
嗚呼、慌ててスカートを抑えている彼が眸に勝手に映り込んでくる。
「大丈夫、大丈夫! 後で私がたくさん出させ……だ、ださ、あ、ああ~、良いところだったのに、もう来たよ」
──早いっつの、しかし今のはこちらが
ハイになってると、碌なことがない。神の使いである下級天使を殺しちゃった時もそうだった。
既に声帯は止まり、体もまるで別のモノののようになって動かすことができない。
後ろから靴音がゆっくりと迫って来て、ちょうど真後ろに止まった。
相手は考えなくても誰かはわかる。
「真砂藍萊様、店内での暴走行為はもうおやめください。失礼ながら、貴方様の思考回路は滅茶苦茶でございます」
「ハイになった私よりかはマシだってーの」……って、聲が出ないから何も聞こえないか。
「死にたいと願ってここにいらっしゃったはずですのに、御嬢様から受け取った薬を飲むや否や我々を襲うのですから。これを滅茶苦茶と言わずして何と言いましょう」
黒服が後ろから語ってくるアイリの異常性、それをアイリは鋭い目つきで見据えながらも謹聴していた。
たった数分の戦いで多少は慣れを感じたのか、慌てている様子はない。達観とするには少々早すぎない? 人間ってそんなもん?
「い、生きたいって心変わりしちゃ、ダメなんですか……?」
震えが残る声色でアイリは返事をし、一粒の汗が頬を伝るのが見えた。
不安はやはり残っているのか、なんだか少し安心した。
「それはご自由ですが、こちらに入店した際には死以外を望むのは厳禁なのです。生きろうとしないでください」
業務的でマニュアル通りに繋げただけの人形言葉が、知性あるアイリに響くはずもない。
その証拠に、黙って見続けている。
「食材を御持参してくださったのに、その食材を救って共に従業員を虐殺するとはどういうことですか? 理解ができません、
「…………最初に言っておくべきでしたね、そちらの女性は僕の友人だって。こちらの不手際でした……お許しを」
そう言って、体を半分に折り謝罪する。
「謝罪されたところで…………真砂藍萊様、今何をお考えに──」
メイドが痛覚を置き忘れた体を動かし、こちらに駆ける。
左脚に刺さったナイフを抜き、走り構えた。
私は黒服の盾にされ右手を前に出される。
あと数メートルでそこのけそこのけ可愛い子が来る。さて、歯を噛み締めるか。
「ごめんなさい」
謝罪と共に出た
親指と人差し指の間が引き裂かれていく痛覚を受け入れ、動かぬ肉が無残に引き裂かれる。
その先にある私の肩をも裂いて、刺し込んだ先は黒服の心臓。
入れた瞬間、焼けるような音が敵の体を内から焦がしていく。
熱を帯びたナイフを吸い込む先はブラックホールのように、痛みを拒否しながらも私以上に受け入れるしかないのだ。
黒服が今どんな顔してるかなんて、興味ないし知ったこっちゃない。
ざまぁみろ、何かあったら私ごと貫けって言ってたんだよ。
要するに愛という名の友情だよ、友愛があるから傷つけても大丈夫なんだよ。平気なんだよ。唾付け治療法万歳。
※
拝啓、殺してしまったお母様、お父様。またも、ピンチでございます。
遂に最後の一体を殺すことに成功しました。
だがしかし、どうしたことでしょう。こんなの予定にありません。
アイリとの顔の距離が、ほんの3センチ程なのです。
近いです、近いです、アイリの悲しそうな貌が見えます。
また美人に嫌な思いをさせてしまいました。
私を傷つけたくはなかったのでしょうに、あなたは誰よりも男らしいです。
嗚呼、あと数秒で良い。
誰か、この痛覚と熱と吐息と快楽を感じたまま、時を止めてほしい。
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