偽りのライアー


教会の中。

ノスフェラトゥは目を開ける。

体、四肢が元に戻っている。

完全に回復したらしい、そして体を動かそうとして、近くにオールドが居た。

ノスフェラトゥの血によって、肉体の回復をしつつあるオールド。

戦禍のウォーによって使用した彼の手は、未だ生傷が絶えず、再生中だった。


「ぅ…ぁ」


声を漏らそうとする。

しかし、彼女は弱い。

あまりの弱さに、顎を動かす力が弱く、さらに声を出す筋肉もない。

だから、あまり、大きな声は出せないし、単語を発するように喋る事しか出来ない。

そんな彼女を、卵を温める親鳥の様に抱き締めるオールドの姿を、彼女は見つめていた。


「…」


ノスフェラトゥは思う。

オールドは優しい人間である。

悪魔である自分を、彼は蔑む事も無く受け入れてくれた。

しかし、その無償の愛を、ノスフェラトゥは恐怖として覚えた。

このまま共にしても、何れは自分を疎ましく感じる可能性もある。


無償であるからこそ惜しげも無く捨てる事が出来る。

無意味に無価値に無慈悲に、ノスフェラトゥを失う事に心は痛まない。

彼女はそう思っている。

この男性の傍に居て、自分を守り、血を提供して、そして愛して欲しいと切に願っている。

オールドを引き留める為ならば、自分の体を捧げても良いと思える程に。

暫く、ノスフェラトゥはオールドを見つめていた。

そして、彼の体の傷を治す為に、彼女は体を動かして、彼の傷口に向けて舌を伸ばす。

彼女の体液は、傷口を癒す効果を持つ。

不死という名前が付く為に、それが彼女の特性だった。


「れろ…れろ…ちゅっ」


オールドの傷。

掌を舐めて、唾液によってオールドの傷が次第に塞がりつつあった。

そして、彼の傷ついた腹部を見る。

戦禍のウォーによって切断されたオールドの胴体。

見てみれば、辛うじて傷口は塞がりつつあるが、うっすらと線の様に、彼の皮膚と皮膚が、未だ癒着の途中だった。


四つん這いになり、服を剥いで、彼女はオールドの腹部に舌を這わせる。

唾液を分泌して、早く治るように舐め始めた。


彼女の舌先に、オールドの血が付着する。

彼の血は、ノスフェラトゥの血や戦禍のウォーの血も混じっているが、それでも人間としての部分であるオールドの味も残っているので、美味と舌先が発していた。

そうして、オールドの治療を終えた後、ノスフェラトゥは近くを歩き出す。

衣服が破れては、寒いだろうと思い、ノスフェラトゥは悪魔たちによって殺された村へと向かった。

すでに焼野原となっていた村ではあるが、死体が転がっている。

森賢のプラントによって吸い殺された死体は比較的綺麗だった。

其処から、ノスフェラトゥは男ものの衣服を剥ぎ取り、そして自分の為に女性用の衣服を身に着ける。


力の弱い彼女でも、骨と皮だけになった人間の死体からは剥ぎ取りが比較的簡単だった。

衣服を身に纏うノスフェラトゥは、再び、長い時間を掛けて教会へと戻る。

オールドは未だに眠っていた、ノスフェラトゥは、歩き続けて疲れた為か、オールドの懐に体を押し付けて暖を取るように眠る。


次に目を覚ました時、オールドが起きていれば、彼女は何をしようかと考えながら眠りについた。


「…る、いん」


ゆっくりと目を覚ますオールド。

近くに、ルインが居ないか探したとき、その場には、ノスフェラトゥがオールドを抱き締める様に眠っている。

彼女の姿に一瞬の違和感を覚えた、だが、それをオールドは拒否する様に首を左右に振る。

ここにいるのは、見ず知らずのノスフェラトゥではない、ここにいるのは、オールドの妹であるルインだ。

そう思い、再び目を開けると、そこには確かに、オールドの愛するルインが眠っていた。


「あぁ…」


良かった、夢だった。

彼女が死んだのは、夢であるのだと。

オールドは言い聞かせて、安堵をしながらノスフェラトゥの頭を撫でる。

柔らかな髪の質。ノスフェラトゥは自分の頭に違和感を覚えて目を開くと、柔和な笑みを浮かべるオールドがこちらを見ていた。


「起きたかい?ルイン」


そういって、オールドはルインと自らの妹の名前を口にする。

ノスフェラトゥは、彼の言葉を理解する。

ルインとは、彼が幻視している女性の名前だ。

ノスフェラトゥは、それを訂正する事なく頷くと、オールドを強く抱き締める。


もしも…オールドがノスフェラトゥを妹のルインではないと気が付いてしまえば…きっと、オールドはノスフェラトゥを見捨てるかも知れない。

それが恐ろしく思えてしまった。

せっかく、自分が存在しても良いと思ってくれる人間がいるのに、ノスフェラトゥは、自分が捨てられる事に恐怖した。


どうすれば、オールドは自分の傍に居てくれるのだろうか。

ルインではなく、ノスフェラトゥとして認識したとき、その後になっても、ノスフェラトゥに依存してくれるか。

そう考えた結果、ノスフェラトゥはある結論に至った。


「う…ぁ」


故に、ノスフェラトゥを捲ると共に、自らの下着に手を付けた。

腰に結んだ紐を解くと、彼女の下着が地面に落ちる。

そしてゆっくりと歩いて、オールドの方に近づくと、彼女は胸をオールドに押し付けた。


「どうした…ルイン、…」


ぐにぐにと、自らの胸を押し付けるノスフェラトゥ。

指先が彼女の股先へと伸びていき、指で自らのものを弄ぶ。

肉体を強制的に発情させて、体液を分泌させると、彼の頬に数度、キスをした。

その行動に対して、オールドは視界が揺らぐ。

妹がこの様な真似をするはずがないと言う解釈の違いが発生する。

眉を顰めて、彼は頭痛を受けた。


「…ああ」


自分を受け入れて欲しいと、ノスフェラトゥは必死になって自分をアピールする。

ノスフェラトゥは、彼を繋ぎ止める為には、自分の体を差し出すことにしたのだ。

どこかで聞いた話、男を篭絡して、自分の虜になってもらう、という方法を実践しているのだろう。


ノスフェラトゥの行動。

本来ならば、オールドの目には、彼の妹であるルインの姿が映っている。

近親相姦など、禁忌に等しい行動だろうが…オールドは、ノスフェラトゥの求愛行動に対して、ゆっくりと、彼女に口づけをした。

オールドとノスフェラトゥの舌先が触れて、口を離す。


先ほどのフレンチキスが、自分を受け入れてくれたのだと、ウットリとした視線を向けるノスフェラトゥに対して、オールドは涙を浮かべていた。

彼女はルインではない、その事実に気が付くとともに、認識を改めていた。

彼女の顔を見て、強く抱きしめると、耳元で囁いた。


「あぁ…リィフ、生きていたのか…良かった、本当に、良かった」


…オールドは、ノスフェラトゥを、ルインでは無く、恋人のリィフとして認識していた。

よほど、二人を失った現実を認めたくなかったのだろう。

ノスフェラトゥと言う少女に、ルインとリィフ、二人の姿を重ねてしまったのだ。


「ぁ、ぅ…き…すき…す、き」


声を漏らして、オールドに求愛し続ける。

オールドの目には、ノスフェラトゥではなく、彼女の恋人であるリィフの姿が目に映っていた。


「そうか、もう夜か、積極的だな、リィフ」


空を見る。

空は未だ曇りで、昼を過ぎた時間帯だった。

彼にとっては、明るい曇りの空が夜に見えるのだろう。

オールドの指先が、ノスフェラトゥの体に触れた。


「わかってる、早く、家族を作ろう、幸せな家族を、なあ、リィフ」


そういうとともに、オールドは、ノスフェラトゥの体を抱く。

絶え間ない嬌声の声が響き、ノスフェラトゥは誰かに依存し、オールドに求められていると思うだけで充足していた。


それがたとえ、オールドが自分を見ていなかったとしても…。

ノスフェラトゥは、それでもいいと、思っていた。







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