第6話 行くべき一つ目の道

 和姫との出逢いを経て、武士たけしとバサラは彼女の父、信功と夕食を共にした。

 夕食には、ハンバーグや親子丼が出るわけではない。白飯に味噌汁、漬物、そして川魚を焼いたもの。そんな、現代の学生である武士たけしたちには物足りない献立だった。

 武士たけしよりも好き嫌いの多いバサラは、一瞬箸を止めた。しかし、この世界は自分たちのいた日本とは違うのだと思い直す。

 目を瞑って苦手な野菜を頬張るバサラに、武士たけしは驚いた。


「バサラ、野菜食べられるようになったのか?」

「苦手なままだけど、食べれるようにならなきゃって思って食べてる」

「そっか」

「うん。だって、ここはオレたちがいた『日本』じゃないもんな」

「……ああ」


 思わず思い出したのは、何気ない家族との団欒。武士たけしにはがおり、両親と四人で暮らしていた。二個違いの弟とは喧嘩することもあったが、男同士ということもあり、おおむね仲が良かったように思う。

 バサラは一人っ子で、両親と共に暮らしていた。両親は共働きだったが、隣の武士たけしの両親が自分たちの子どもと一緒に面倒を見ていた。だから、武士たけしとバサラはほとんど兄弟のような関係だ。

 ゲームもなく、学校もなく、家族もいない。そんな場所に放り込まれたのだと改めて実感しながらも、武士たけしとバサラは互いを支えとして留まっていた。

 何となく箸が止まってしまった武士たけしたちを見て、信功が箸と椀を置いて頭を下げた。


「改めて、オレからも謝る。烏和里のためとはいえ、きみたちのような少年たちを戦の世へ引きずり込んだ。……申し訳ないと言ったところで意味もないのだろうが、ここにいる限り、悪いようにはしない。どうか、力を貸してはくれまいか?」

「お館様……」

「信功様、顔を上げてください!」


 髷を結った頭を下げられ、武士たけしとバサラは困惑し大慌てで信功の頭を上げさせる。それでも「すまない」と苦渋の表情をする信功に、武士たけしは和姫に訊けなかったことを尋ねた。


「お館様。和姫は、おれたちがこの国を救う存在だと言いました。……おれたちがそんな大それた存在だとは思えないです。でも、実際この国に何が起こっているのかお訊きしても良いですか?」

「あ、それ。オレも訊いてみたかった!」

「和がそんなことを言ったか」


 眉間にしわを寄せた信功は、皿を下げに来た侍女に人払いを頼む。侍女が下がると、周囲の人の気配が遠退いた。信功の傍には、見えなくとも何人かが控えているらしい。

 一時瞑目した信功は、ゆっくりと瞼を上げる。そして、頭の中でまとめた言葉を吐き出した。


「烏和里は、ヤマトの中でも小国だ。しかし鉄が取れるために他国から狙われやすく、昼間のような戦は日常的に行われる。……この度はバサラのお蔭で難を逃れたがね」

「助けなきゃって自然に思って体が動いてたんだ。オレは、信功様や姫様のために何が出来ますか?」


 真っ直ぐなバサラの言葉に、武士たけしはハッと顔を上げた。いつの間にか、爪がくい込むほど手を握り締めて俯いていたらしい。

 隣を見詰めれば、いつになく真剣な顔をする幼馴染がいる。日本にいた時には見たことのない表情だった。


「バサラ」

武士たけし。オレさ、ずっと憧れてたんだ。何かを守るために戦う戦士に。あの戦場を見た時、底知れない怖さと同時に憧憬を覚えた。オレにもあそこにいる理由があるなら、誰よりも強く戦いたい」

「マンガの読み過ぎだ。甘くない世界だって、お前もあの時知っただろう?」


 それこそ、血で血を洗う死を目の前に、肌に感じる戦場だ。バサラは目を輝かせていたのかもしれないが、武士たけしは違う。人を殺してまで叶えたい願いなど、今までに持ったことはない。

 武士たけしの言葉に、バサラは「そうかもしれないな」と肩を竦める。


「だけど、オレたちはもう逃げられない。姫様の口振りじゃ、この国を救わないと元の世界には戻れなさそうじゃん? だったら、オレにやれることをするよ」

「バサラ……」

「だからさ、信功様。オレに何が出来ますか?」


 ニカッと笑ったバサラは、くるっと顔を信功へ向けた。

 信功は少し驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直す。こほん、と一つ咳をした。


「ありがとう、バサラ。きみは幾分、若い頃のわしに似ているようだ。無鉄砲で不器用だが、人を惹き付ける……などと言えば、自慢に聞こえるかも知れんがな」


 クックと笑った信功は、パンパンッと拍手かしわでを打った。静かな館に響くそれを聞き、誰かが襖の前へと控える。襖を開けて控えていた若武者に信功から何かが伝えられ、彼は足早に去っていく。

 それから数分後、武士たけしたちの前にガタイの良い男がやって来た。


「克一。来てくれたか」

「ええ、克一です。お館様」

「入れ」


 信功の許可を得て、克一がのしのしと部屋に入ってくる。そして信功とバサラたちの真ん中程に腰を下ろし、両方が見える位置で胡座をかいた。


「お前たちの泊まる部屋は確保してある。広くはないが、二人部屋だ。後で案内しよう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます、克一さん」

「何てことはない。……それで、御用とは何でしょう?」

「うむ」


 自分の方へ体を向けた克一に、信功は頷く。そして、ちらりとバサラに目を向けた。

 信功の視線を辿り、克一もバサラと目を合わせる。


「実はな……バサラをお前の下で育ててはくれまいか、と頼みたいのだ。わしを助けた時の身のこなしといい、心構えといい、克一に学ぶのが一番だろう」

「宜しくお願いします、克一さん!」

われこそ、頼む。今日は疲れただろうから、明日から始めよう。明日の朝、迎えを寄越す」

「はい!」


 満足げに微笑んだ克一が去り、部屋には三人だけが残る。

 幼馴染に先んじられてしまった武士たけしは、言い知れない焦燥感を募らせた。焦りがそのまま口から転がり落ちる。


「あ……」

「どうかしたか、武士たけし?」

「いえ」


 口をつぐみ、武士たけしは首を横に何度か振った。戦うことを決めたバサラとは違い、武士たけしには決意がない。腕力に覚えのない自分には何も出来ない、と膝の上で手を握り締めた。

 そんな武士たけしをじっと見ていた信功だが、それ以上彼の態度に対して何かを言うことはない。ただ、少し考えた後で一つの提案をした。


武士たけし。明日バサラが出掛けた後、光明を訪ねよ。きっと、お主にとっての答えが見付かるだろう」

「光明さんのところへ? ……わかりました」


 きょとんとしつつも、武士たけしはしっかりと頷く。武士たけしとしても、光明は気になる存在だった。

 武士たけしの反応に微笑むと、信功は集まりをお開きにした。若武者を一人呼び、武士たけしとバサラを部屋まで案内させる。


「では、また明日。ゆっくり休め」

「はい、ありがとうございます」

「おやすみなさい」


 武士たけしとバサラはあてがわれた部屋に着くと、着替えることもなく布団に沈んだ。日常とかけ離れた境遇に、精神がもたなかったのだろう。

 二人が目を覚ましたのは、明け方になってからだった。

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