怪盗レイナと白銀の異変

仮面

 季節は秋の終わりで、日が昇ってもあまり暖かくならない。建物の外壁は古いコンクリートで、直に外気の温度を伝えるせいで、室内なのに暖かくない。そんな怪盗レイナのアジトで、花牟礼はなむれもんを名乗る仮面の男は堂々と座っていた。

「お茶とか出せないけど、いい?」

「構わない」

 都内某所、人通りのない裏通りの、さらに端にある寂れたビル。その2階の、本棚くらいしかない殺風景な部屋の中。みさき玲奈れなは不機嫌そうな顔で、紋と机を挟んで座っていた。

「私の居場所を追いかける手段がある、って、本当だったんだね」

「うん。樫本かしもとかえでと住んでるマンションの部屋も、三宅みやけいつきがそこで生活していることも把握している」

「三宅樹……。あの子に手を出すつもり?」

「まあまあ、落ち着け」

 熱り立つ玲奈に、紋は猛獣を鎮めるように手振りを交えて対応する。

「今日は、この間の無礼の詫びと、今後のことについて話しに来ただけだ」

 紋は玲奈とは目を合わせず、何か手遊びをしながら話していた。

「詫びだって?なら、楓に直接言ってほしいね」

「だから、その件は済まなかった。僕は女性を痛めつける趣味はないからね」

「一言多いな……」

「でも、彼女の傷はもう治り始めている頃だろ?深い傷にならないように撃ったから」

「楓を痛めつけるつもりはなかったと?」

「そう。半ば仕方がないことだったんだ。だって、あの時ああでもしなければ、君は僕のこと追いかけて来てただろ?あれが、君の追躡を撒くのに一番手っ取り早かったんだ」

「どうだかね」

「まあそういうことだ。本題はこれじゃない」

 紋は手遊びをしていた手元から玲奈に目線を戻した。

「多分、君が思っている以上に、僕ができることは多い。そのことを伝えに来たんだ」

 聞いて、玲奈は眉を顰めた。

「この間だって、君は疑問に思ってたはずだ。鍵がかかっていた金庫の中に、何故僕が居たのか。簡単さ。あの金庫の施工業者は、僕の息がかかっている。あの金庫を開けられるのは吉原修司と、セキュリティ会社……および、それの管理者にあたる僕だったと、そういうわけだ」

「あの金庫、内側から鍵の開閉をできる機能が隠されてたけど。あれって、あんたが鍵のかかった金庫の中に居るっていう小芝居するためだけの仕組みだったわけ?」

「その通り!他に入口がないのに、中に人間がいる。面白くない?」

「じゃあ、私にあの金庫を狙わせたのも、私の腕を確認したかっただけとか?」

「そうそう。よく分かってるじゃないか」

「私が盗んだ金を横取りするとかでもなく?」

「だって、そんなもの売っ払っても金にしかならないじゃないか。金なんて集めようはいくらでもある。そんなものより、かっこいいかどうか。そうだろう?怪盗レイナさん」

「そう……。だけど」

「何か?自分以外に、ロマンだけを行動原理に、利益にならない行為に手を出す人間が居ることが信じられない、とでも?」

 玲奈は沈黙した。ただ、紋の仮面の奥の瞳を睨んでいる。その目は、大きく見開いて、爛々と輝いていた。

「先日の美術館の件、見させてもらった。君は恐らく気付いているだろうが、あの山水図は暗号を示している。美術館に運び込まれる展示品の数々。その展示日に暗号のヒントを忍ばせる。君は、これに面白さを見出すセンスを持っていると期待する」

「全部、あんたの企みだったって?その調子じゃ、暗号を忍ばせること自体が重要であって、暗号を伝えたい相手は存在しないとか言い出しそう」

「よく分かってるじゃないか。その通りだ。情報を伝えたいなら、もっと手軽な秘密通信の手段はいくらでもある。だからこそ、僕はそれをやりたかった」

「あの事務員くんはどこまで知ってたの?」

「事務員……?ああ、どこかの下請けのスタッフのことかな。多分、展示品の動向をコントロールするためのスタッフだ。協力者の暴力団のどこかに脅されてるだけで、何も知らないだろうね」

「樹くんに爆弾を投げ込ませたのは?」

「それは……まだ、言えない」

 玲奈はすぐに何か言おうとしたが、結局口を噤んでしまった。紋の仮面の奥の瞳は、そんな玲奈を黙って見つめている。

「他に、質問はないかな?……そうだ、この間もらった金の延べ棒は君に渡すよ。本来は君が盗むものだったんだし」

 紋はポケットから金色に輝く塊を取り出し、机に置いた。玲奈がそれを持つと、ズシリと重たい。本物のようだ。

「それから、これも」

 続いて、紋は机の上に紙切れを置いた。都内の住所が書かれている。

「……これは?」

「連絡先だよ。そっちから連絡をとりたくなったら、いつでもここを訪ねると良い。それじゃあ、また」

 紋は徐に立ち上がり、帰ろうとするので、玲奈は引き止めた。

「待って、用があったんじゃなかったの?」

「用は済んだ。謝罪して、僕がして来たことの答え合わせをした。まだ何か?謝罪の言葉が足りない?質問がある?それとも……単純に、僕とお茶をしたいとか?」

「じゃあ……どこかでお茶しよう!お茶!」

「喜んで」

 紋は、仮面を外して振り返った。仮面の下の紋の素顔は、黒髪で……恐らく、大抵の人間から“イケメン”と評されるであろう整った顔立ちだった。

「仮面、外してもいいの?」

「どこかの店でお茶したいんだろう?仮面のままじゃ怪しまれる」

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