サムライ青春物語

きゃんあめ

かくれんぼ

美女からの依頼

「最近、ウチの近くに不審者が出るのよ」


 その言葉に水戸みと宗太郎そうたろうは端正な顔をしかめた。

 ここは鉾山ほこやま学園、2年B組の教室。一日の授業を終えた学生たちは家に帰ったり、部活に行ったり、教室でゲームをするなど、思い思いに過ごしていた。

 水戸宗太郎も剣道部の部活に向かおうとしたとき、同じクラスの氷高ひだかアンナに呼び止められた。話があると宗太郎のとなりの席に座ると唐突にこの話を切り出したのだ。


「ふぅん」


 宗太郎はそれだけいうと椅子から立ち上がり教室を出ようとした。しかし、アンナに腕を掴まれて動きを止められる。


「ちょっと、最後まで聞いてよ」


 アンナの空を溶かしたような青い瞳が、宗太郎を睨む。彼はめんどくさいオーラを全力で出しながら席に座る。


「はぁ……どうせいつものストーカーでしょ? 僕じゃなくて警察に行きなよ」


 宗太郎はため息を吐く。

 彼の目の前にいる少女──氷高アンナ、彼女は学年でもトップクラスの美少女として有名である。その美貌は街を歩くたびにスカウトに声を掛けられるほどであるとか。

 ウェーブのかかった茶色い長髪をポニーテールにし、左右に分けられたセンターパートの前髪、東洋人にしては彫りの深い端正な顔立ち、それらは異国情緒あふれる雰囲気を放っている。それは、彼女にフランス人の血が半分入っているからであろう。 

 そのクールな佇まいから男はもちろん女子にもモテる。ストーカーが出てくるほどだ。


「警察にも行こうとしたわよ。けど、ストーカーっていう明確な証拠がないとあの連中は動いてくれないでしょ」

「まぁ、そうだね」

「今の私にできることはなるべく一人で行動しないってことくらいね」

「だったら、なるべく友達と一緒に行動したほうがいいよ」

「なら、私と一緒に帰りましょ」

「いやだ」


 取り付く島もないとはこのことで、宗太郎は笑顔で拒否の言葉を吐いた。


「なんでよ」

「僕は君の友達じゃないから」

「そう……よね、私たちってもう……恋人だものね」


 顔を赤らめるアンナ。


「ふざけるのもそのくらいにしたら?」


 ありえないものを見るような宗太郎の目。


「……とにかく、宗太郎。あなたには私の用心棒をしてほしいの」

「い・や・だ」


 一音ずつ丁寧に発音する宗太郎。昔から彼女に関わると面倒なことになるということを、長くない付き合いの中で悟ったのだ。

 自称彼氏によるストーカー、嫉妬に狂った女の嫌がらせ、駅前でのナンパ、それらからアンナを守ってきたのが宗太郎だ。


「お願い、あなたは私が出会った人の中で一番強いのよ。かわいい顔してるからナンパよけには使えないけど、かなり便りになるわ」

「その口、縫い付けてあげようか?」


 宗太郎は微笑むが口元が笑っていない。綺麗な顔をしているぶんその表情は迫力がある。クラスメイトに宗太郎という名前を名乗ると意外そうな顔をされるのだ。男にしては長いウェーブのかかった黒髪につぶらな黒目、キメの細かい白い肌にやや華奢な体は女子といっても通じそうなほどだ。


「とにかく、一人じゃ不安なのよ。だから、今日から一週間、一緒に帰って欲しいの」

「一緒に帰る?……まあ、それくらいならいいけど」


 宗太郎とアンナは家が近い。しかし、宗太郎は剣道部、アンナはバレーボール部。帰る時間が少しずれてしまう。


「剣道部は結構ギリギリまでやるから、それまで待ってくれる?」

「わかったわ」


 こうして、二人は一緒に帰る約束をして、それぞれ部活の準備をするのだった。


「あの二人ってお似合いだよね~」

「うん、あの二人だけキラキラした雰囲気出てるよね」

「あれで二人ともフリーとか考えられないんだけど」


 そんな話は宗太郎とアンナには聞こえていなかった。





 鋒山学園の男子剣道部は全国大会に出場するほどの強豪校だ。団体戦でも個人戦でも、全国ベスト8以内に入るような結果を残している。


「おい、宗太郎」


 部活が終わり、部室で剣道着から制服に着替えを終えて出ようとしたとき、日野谷ひのたに陽真はるまが部室のドアを開けて話かけてきた。

 彼は宗太郎と同じ、剣道部の2年生だ。クラスはA組。

 さらさらとした黒い髪に青い瞳、色白の肌にさらりとした黒髪。長い手足とすらりとした体はまるでファッションモデルのようだ。


「なに? 陽真?」

「武道館の前でB組の氷高さんが待ってるんだが、お前に用事か?」

「そうみたいだね」

「……なんでそんな嫌そうな顔をしているんだ?」

「別になんでもないよ」


 宗太郎は面倒そうにため息を吐きながら、部室を後にした。

 靴を履いて、武道館を出ると、すぐ横にアンナがいた。


女性レディを待たせるなんて、無粋な男ね」

「はいはい、さっさと帰るよ」


 二人は武道館を後にした。


「帰りにパフェ食べにいかない?」

「遠慮しておくよ、さっさと帰ろう」


 二人はそんな会話をしながら、校門を出た。


「詳しい話をしたいから、私の家に行きましょう」

「え、いやだ」

「いいから来なさい」

「……はいはい」

「はいは一回」

「……」


 何とも言えない表情の宗太郎。

 オレンジ色の夕日が、歩いている二人を優しく照らしていた。




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