1.ゴーストハウス(28回目)(5)
レバーの側部から、金属の輪が出ていた。
レバーの上下と手首の締め具合は連動しているらしく、上にゆくほど、拘束もきつくなる。上から三割ぐらいのところで痛くなって試すのをやめた。たぶん、完全に力を抜いたら、手首を食いちぎられるのだと思う。反対にレバーを引けば拘束はゆるむのだが、いちばん下まで引いても、手錠を抜けられるほどにゆるむことはなかった。
拘束された。
それは、まぎれもない、ゲーム開始の合図だった。
床の一部がみるみるせりあがってきた。すぐ、天井に到達した。
神経にひどく障る音が聞こえた。
発生源は天井だった。
丸鋸が天井から生えてきていた。
三角形に沿う形で、一つ二つ三つと生えている。あまりに高速で回転しているものだから、それに刃がついていることを
それらは、徐々に、
止めなければならない。
壁に縛られたこの状態で、それでも、なにかしなければいけない。
「
どんどんと壁を叩く音があった。
「のこぎりが! 丸いやつが降りてきます!」
「わかってる」
冷静に
さて。私たちはなにをすればいいのだろう。答えは〈ある〉のが前提だった。〈ない〉のなら、これがミスしたプレイヤーへの処罰という位置づけななら、なにをやったところで無駄だからだ。だから考えなかった。レバーを適当にがちゃがちゃやりつつ、
側面に、鍵穴らしきものがあるのを発見した。
鍵穴。
鍵で開けられる。
即座、空いているほうの手が鍵束をつかんだ。メイド服のエプロンのポケットにあった。取り出し、黄金色のリングについている鍵の本数に顔をしかめ、でもやらないわけにはいかなくて、視線を高速で左右にしながらひとつひとつ鍵を選った。
穴に合いそうな形を見つけたのはだいぶ最後のほうだった。挿す。ひねり、気持ちいい音がしたのとともに手錠が外れた。それと同時にひどい音がややひどさを減じた。見ると、
そういう仕組みか。
丸鋸が止まったのにもかかわらず、音は、まだ続いていた。止まったのはここのやつだけだ。ほかの四人についてもこれをしないといけないのだ。
しかし──どうやって?
三角形の部屋を見渡しながら
三角形の頂点、もともとの部屋の中央に位置する壁に、切れ目があった。
押した。抵抗なく外れた。向こう側に落下した。壁の中ほど、六等分されたケーキの真ん中、六枚の壁の合流する地点に、ポストの投函口ほどの隙間が生まれていた。
「部屋の真ん中!」
丸鋸に負けないように
「そこからさっきの鍵束を渡す! それでみんなの手錠は解ける! 手錠を解いたら天井の丸鋸は止まる!」
事実をただ並べただけの下手な言葉だった。だが仕方ない。緊急時なのだ。一回ではうっかり聞き逃してしまうということもありえるので、似たようなことを繰り返し叫びながら、
次の瞬間、
「いっ──」
四つの手がいっせいに
ぞわりとする感触に
鍵を奪い合っているのだ。
ただひとつの鍵に四人の手がからみつくそのさまに、
「奪い合うな! 一人減ってるんだから、全員分の時間の余裕はある!」
〈一人減ってるんだから〉とつい口走ってしまった。でも事実だ。人数が減ったのに合わせて制限時間が再設定されている可能性も否定はできぬが、どちらにせよ、うまくやれば、全員が生き残れる設定になっているはずなのだ。
こんなふうに潰し合ったりしなければ、全員が。
ひとつの手が鍵束とともに消えた。
それを受け、ほかの手も姿を消した。
鍵を勝ち取ったのが
いちばん最初が
がちゃがちゃという音がまた聞こえだした。身をかがめて隙間をのぞくと、四本の手が、また、うごめいていた。──四本。
彼女は、ひいきをしていた。
なんともいえない気持ちに
見てたからって未来がよくなるということもないのだが、それでも、
あるいは、このゲームの〈観客〉も、同じ気持ちなのかもしれない。
結論からいえば争いは起こらなかった。
それまで手の先が触れるばかりだった壁の隙間に、突如、手首が通った。
手首どころか前腕の中ほどまで入ってきた。隙間を通り過ぎ、向こう側の、
その点については、すぐわかった。しかしわからないのはその腕がそこにある理由だ。距離がおかしい。こんなに余裕があるはずはない。
これ以上はないという速さで腕が引き返してきた。一瞬のことではあったが、その手が
そして、
小さく、壁を叩く音があった。
「──っ」
弱い音だった。だがはっきりと聞こえた。それは、向こう側にいる人間の自由意思を示していた。
それと同時、だった。
「あ──」
それは、
「ああああ!! ああ※※※※※※※※※※※※※※※※※※あ※※※※※!! ※※※※※※!! ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※!! ※※※※※※※※※※あ※!! ※※※あ※※※※※※※※※※※※※あ※!! ※※※※!! ※※※※※※※※※※※※※※※※あ※あ※※あああああ※ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
それは、誰も、耳にしたことのない声だった。
無理もない。なにしろ彼女は、ここに至るまでほとんど声を出してこなかったのだから。叫び声はおろか、聞き取れる音量の声でさえ、聞いたのはこれが初めてという娘さんもあっただろう。
無口なメイドさん、
それは、彼女のようやく放った、一世一代の全力の咆哮だった。
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