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 とある金曜日の夜、短期間で明らかにげっそりと痩せ、見るからに肌がガサガサしはじめた真琴を心配した会社の同僚が、彼女を食事に誘った。

「澤田さん最近どうしたの? いきなり痩せて、なにか病気でもしてるの?」

「いえ……最近太ってきたので、ダイエットです」

「そうなのー? だったらいいけど。良いダイエット方法あるなら教えてほしいわー」

 そう言いながら同僚は唐揚げをかじる。真琴は彼女に気を遣わせてはいけないと思うが、固形の食べ物は喉を通る気がせず、唐揚げを旨そうに頬張る姿を見ながらビールを流し込んだ。

 アルコールには強い方の真琴だが、さすがに体調不良に片足を突っ込んだ状態では体がもたなかった。食事会もとい同僚による上司の愚痴大会が終わったとき、真琴は泥酔ほどではないにしても、すっかり酔っぱらってしまっていた。


 雑踏の中、ひときわ緩慢な動きで歩く真琴に、クラッチバッグを持った、白いカッターシャツと細身のスラックスを身に着けた、茶髪の男が声をかけた。

「おねーさん、夜の仕事に興味ありません?」

 街を歩いているとよく見かけるけれど、話しかけられるのは初めてだなと真琴は思った。

「よるのしごと?」

「そうです。経験ないですか?キャバクラとかラウンジとか、ソープとかもあります。なんでも紹介できますよ」

 大きな身振りと見かけに似合わず腰の低い話し方だけを見ると、やり手の営業マンのようだ。しかし、そのやたらに遊ばせた茶髪とスラックスの細さが、普通のサラリーマンではないことを如実に表す。

「私なんかが、そんなことしたことないし、できるわけないですよ。可愛い子がやるやつでしょ」

「お姉さんどちらかというと可愛い系よりキレイ系ですよ! 背が高くてめちゃくちゃスタイル良い!」

 見た目はいかにも軽薄そうだが、何となく愛嬌があるのは否めないタイプだと真琴は思った。

「あ、これは、ちょっと色々あってかなり痩せたというか」

「まー、色々あるっすよね。とりあえず、お姉さんみたいなキレイな人逃しちゃったら僕めっちゃ悲しいんで、話だけでも聞いてもらえません?」

 普段の真琴なら、無視するか、すみませんと足早に逃げるところだが、アルコールと言われ慣れない褒め言葉の力で、怪しげな男の言葉を無視する警戒心はすっかり失われていた。


 男はツヅキと名乗った。いろいろな夜の仕事を紹介する『スカウトマン』なのだという。いろいろというのは、キャバクラやラウンジのような水商売から、ソープなどの風俗、またAVなんかもあって、とにかく『そういう』仕事なら何でも紹介するということだった。

 普段なら、尻尾を巻いて逃げるような、未知で恐怖の対象でしかなかったが、酔って判断力が鈍った上に自暴自棄になっていた真琴は、「キャバクラなら」と口走った。

「お、ほんとすか! 未経験でも週一の出勤で月五万は固いっす。お客さんついたり出勤回数を少し増やすだけで、昼職しながらでも二十万、三十万稼いでる女の子もいるんで」

 真琴の脳は、アルコールと栄養不足で計算力をほとんど失っていた。

 皮肉にも空き時間なら今はいくらでもある。空き時間にお金がもらえるなんて、悪い話じゃないなと真琴は思った。

「一度面接行ってみません?最近できたお店で、未経験の方でもやりやすいとこ紹介できますよ」

「はあ…」

「今日はもう遅いし別日がいいな…いつあいてます?」

「いつでもあいてます」

「おー、いいすねー。じゃ明日とか面接行けるか、お店に聞いてみます。そのあとおねえさんにも連絡したいんで、LINE教えてもらってイイすか?」

 男は真琴に携帯を出させ、慣れた手つきで真琴のLINEのQRコードを読み取った。

「今スタンプ送ったんでー。また明日連絡しますね」

 猫がお辞儀するスタンプを送ってきたユーザーのアカウント名に「tuduki 」とあった。

「トゥドゥキさん…?」

 ボソリと真琴が呟いたのをきいて、男は二、三度大きく肩を震わせて笑った。

「おねえさんおもろ!そんな感じで行けば面接も余裕すよ!じゃ、今日は気を付けて帰ってください!」

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