本当に困った時に鶴は恩返しをしてくれない!

須賀和弥

ツルの恩返し Dモード

 昔々、あるところに貧乏だが正直者の若者がいた。

 彼は親切な若者で先日も旅の途中で足を挫いた女の子を助けたり、近所の柵を直したりと日々人のためになることを行っていた。

 若者は畑で採れた野菜を売りながら細々と生活していた。

 決して裕福ではないが若者はそれなりに充実した日々を過ごしていたのだ。


 ある日の事である。

 

 若者は薪を集めに山の中に入っていた。

 秋も深まり木々の葉は紅く染まりつつある。


 秋の空、紅に染まる夕日かな

 

 その時、山の奥でバサバサと鳥の羽ばたく音が聞こえた。 


「おや、あんなところに罠にかかった鶴がいるぞ」


 見れば獣用にと若者が設置していた罠に鶴がかかっていたのだ。


 ――しめしめ、今日は鶴鍋が食える!


 鶴の肉は至極の味だと聞いたことがある。

 男は胸の高鳴りを押さえながら鶴を捕まえようと罠を外す。

 すると鶴は翼を広げると大きく羽ばたいたのだ。


「おい、こら待て! 逃げるな!」


 若者の手をするりと抜け出し、鶴は空へと舞い上がり逃げ去ってしまった。


「くそっ! せめて先に縄で縛ってから罠を外せばよかった」


 正直な若者は素直にそう思た。

 ぎゅるぎゅると腹の虫が鳴いた。


 ――仕方ない。今日も野菜の煮汁で我慢するか。


 若者は空きっ腹を抱えながらとぼとぼと山を下りて行った。


 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 ある日の夜のこと。


 コンコン。


 少ない夕食を終え空腹のままウトウトとしていた若者は家の戸を叩く音に目を覚ました。

 

「もし……もし……どなたかいませんか?」


 声からすると若い女のようだった。

 若者が戸を開けるとそこには白い髪の娘。

 可愛らしく、まるで雪原に咲く一輪の花のような娘だった。


「娘さん、こんな夜更けにいったいどうしたんだい?」


 若者が尋ねると。


「私は先日あなたに助けていただいたツルと申します」


 娘は透き通るような声でそう言ったのだ。


「えっ!」


 若者は驚きつつもとても喜んでいた。


 ――あの食い損ねた鶴がオレに食われるために舞い戻ってきた!


 いや、しかし目の前にいるのはどう見ても普通の娘だ。鶴には見えない。


「夜に女の一人歩きは危険だ。さあさあ、とにかくお入りなさい」


 若者は娘を家の中に招き入れる。


「失礼します」


 娘は警戒することもなく家に入った。

 娘の荷物は背に負った包みが一つ。

 それ以外には何もない。


 ――さて、どうしたものか……


 若者は困り果てる。

 娘の言うことが本当なら、彼女は鶴が化けた姿だということになる。

 しかし、もし違っていたなら……


「娘さん……あんたは本当にこの前助けた鶴なのか?」


「はい」


 娘の答えは淀みない。


「では、相応の覚悟でこちらに来られたと?」


「……はい」


 娘の頬は仄かに赤らんでいる。


 ――なんという覚悟だ。


「素晴らしい!」

 

 若者は感動のあまり娘に抱きついてしまった。

 普段であれば女にそのようなことをすれば悲鳴を上げ「不逞!」とののしられることだろう。

 しかし、娘は身じろぎもせず、若者の目をしっかりと見据えている。


「助けて頂いた際に感じたのです――あなたが【運命の人】だと」


 うるんだ瞳で告白する彼女に若者は心動かされた。


「なんと……義理堅い」


 若者は囲炉裏に火をつける。

 パチパチと小枝の爆ぜる音が響いた。


「何も食べるものはないが、せめて白湯でも」


 若者の言葉に娘は「それではこれをお使いください」と包みを開けた。

 そこにはつやつやとした野菜が入っていたのだ。


「実家で採れた野菜です。今の私にできることはこれくらいですが……」


 恥ずかしそうに言う娘に若者はいやいやと首を振る。


「どれ、野菜は私が切りましょう」


 台所に立とうとする娘に若者は優しく声をかけた。

 娘の手から包丁を取り上げ、野菜を切る。

 その間に娘は火をおこし鍋を温めている。

 鍋に刻んだ野菜を入れた。

 

「あの……私は何を?」


「そこにいるだけでいい」


 若者は娘に笑いかける。


「できれば……背を向けていてくれないだろうか」


 若者は包丁を握る手に力を込めた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 翌日の朝。

 若者は気持ちよく目覚める。

 なんだか体が軽く、力がみなぎる気がした。


「おはよう」


 外に出ると顔見知りの男に出会う。若者はよく彼の所の手伝いなどしていた。


「よお、お兄さん。昨晩はいい夢見れたんじゃないかい」


 意味深な男の問いかけに若者は「分かるかい?」と顎をさする。

 そのまんざらでもない表情に男はにやりと笑った。


「そうかいそうかい。そいつはよかった。昨日隣の村のおツルちゃんがお前さんの家はどこかって探し回っていたのさ」


「…………えっ…………」


 男は若者の様子に気づくことなく話を続ける。


「えらく一生懸命なんで理由を聞いたら、ほら、つい先日お前さんが足を挫いた娘さんを助けたとか言っていたじゃねえか」


「…………ああ…………」


 ガクガクと若者は震える。


「そん時に娘さんはお前さんに惚れちまったんだとオレは思ってんだが……おい、どうしたんだい。そんなに顔色悪くして……悪いもんでも食っちまったんじゃないだろうな」


「いや……大丈夫だ……」

 

 顔面蒼白なまま若者は答えた。


「そうかい。それならいいんだが……」


 男は若者の様子を心配しながら話を続けた。


「まあ、その様子だと娘さんとの話はうまくいきそうだな」


 若者はなおも話を続ける男を背に家の中へと入っていく。男が何事かを言っていたが一切耳には入ってこなかった。

 男は囲炉裏を前に座り込むと膝を抱えてうずくまる。

 

 彼女の瞳に若者の姿が映る。


 うっすらと煙漂う家の中。

 囲炉裏の上には冷え切った鍋が置かれていた。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 その日の夜のことだ。

 

 コンコン。


 膝を抱えたままウトウトとしていた若者は家の戸を叩く音に目を覚ました。

 

「もし……もし……どなたかいませんか?」


 声からすると若い女のようだった。

 若者が戸を開けるとそこには白い髪の娘。

 可愛らしく、まるで雪原に咲く一輪の花のような娘だった。


「娘さん、こんな夜更けにいったいどうしたんだい?」


 若者が尋ねると。


「私は先日あなたに助けていただいた鶴です」


 娘は透き通るような声でそう言ったのだ。

 

「夜に女の一人歩きは危険だ。さあさあ、とにかくお入りなさい」


 若者は娘を家の中に招き入れる。


「失礼します」


 娘は警戒することもなく家に入った。

 娘の荷物は背に負った包みが一つ。

 それ以外には何もない。


 ――さて、どうしたものか……


 若者は暗い目で静かにそう思ったのだった。

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