第40話:人材

1627年5月16日:江戸城中奥:柳生左門友矩14歳


「上様の御尊顔を拝し奉り、恐悦至極でございます」


「急に呼び出して悪かったな。

 今日は和泉守に頼みたい事があって来てもらったのだ」


「上様が私に頼みたい事とは何事でございますか?」


「うむ、将軍家として誠に情けない事なのだが、余の耳目となって働いてくれる忍者がいないのだ」


「……伊賀者や甲賀者が役立たずになっているのですか?」


「そうなのだ、本来耳目となってくれるはずの伊賀甲賀、根来者が鉄砲にばかり力を入れてしまい、忍びの技を失ってしまったのだ。

 和泉守は忍者の里と言われる伊賀を治めている。

 未だに忍者の技を伝えている者がいるなら余に譲って欲しいのだ」


「……我が領内にいるのは伊賀者でございます。

 確かに二千人弱の伊賀者が郷士として領内におります。

 されど上様求めておられるほどの技を持っているかと申されますと……」


 藤堂和泉守殿が躊躇う気持ちもよく分かる。

 徳川家が天下を取ってから誕生された上様は世情に疎い。

 忍者の技を人の技とは違う特殊なものだと勘違いされている可能性がある。


 上様は旗本の次男として生まれ、門弟達と一緒に鍛えられ拙者とは違うのだ。

 百姓の裏柳生衆と共に汗にまみれて鍛錬した拙者は、忍びの技はとても地味で忍耐が一番重要な技だと知っている。


 人並外れた剛力や跳躍力などがあるのではなく、よくいる何の変哲もない只人として世間に紛れ込めるようになるのが忍者の技なのだ。

 上様の期待外れになったらどのような罰を受けるか分かったものじゃない。


「義父上、そのように気を使われる事はありません。

 伊賀者達は直接上様に召し抱えられるわけではありません。

 先に召し抱えた伊賀者や甲賀者の愚を繰り返さないように、愚弟の家で義父殿と同じように郷士として迎えます。

 藩士として召し抱えられるのは、頭だった者だけでございます。

 多くの者は義父上と同じように半農半武の郷士として召し抱えます」


 藤堂和泉守殿の領地から伊賀者を拙者の家臣とする話だが、上様が強制的に話せば断られる事はない。

 だが恨まれる事になっては、家臣にした伊賀者に寝首をかかれかねない。


 円満に伊賀者を譲ってもらうのなら、義理の父子となった兄上に間を取り持ってもらうのが一番良い。

 上様も心から同意してくださったので、四人で話し合う事に成ったのだ。


「待ってくれ、十兵衛殿。

 我が家では今までの事もあり仕方なく無足人としているが、それでは伊賀者の生活がとても大変なのだ。

 伊賀ではこれまで耕してきた農地があるから何とかなるが、他の土地に移住するとなると、一から田畑を開墾しなければいけなくなる。

 とても扶持や領地なしでは生きていけない。

 実際我が藩でも農地の少ない者には適当な役目を与えて暮らせるようにしている」


「その点はご安心ください、義父上。

 愚弟とは十分に話し合っています。

 新田開発や耕作放棄地の開墾ができるまでは俸禄を支給します。

 江戸や京大阪のような町で商売ができる者には元手を渡します。

 寺子の師匠ができる者、歌舞音曲の師匠ができる者、野鍛冶としてやっていける者、猟師としてやっていける者、医師としてやっていける者。

 一流の忍者として潜入する技を持つ者なら、直ぐに家臣として取立てられます。

 幸か不幸か愚弟の家には、新規の家臣を数多く召し抱える余裕があります」


 兄上の言っておられる事は間違いではない。

 無足人という言葉も藩によって待遇が違っている。

 我が藩の無足人を藤堂家と全く同じにする必要はない。


 藤堂家での無足人は扶持をいただけない半農半武の郷士扱いだ。

 基本農民で、人足年貢だけは免除されるが他は百姓と同じように年貢を納める。

 ただ百姓と違うのは、苗字帯刀を許されている事だ。


 伊賀でも代表的な名家で、槍甲冑を揃えて戦に参加できる者五人を無足人頭とし、俸禄を七俵から十三俵与え、百三十人の鉄砲無足人を指揮させている。


 二十六人一隊編制なのだが、各無足人の俸禄はたったの二俵だ。

 それも自分達が納めた年貢を返してもらうだけという情けない状態だ。

 幕府の鉄砲百人組よりも少ない扶持で鉄砲組を維持している。


「……どれくらいの間、扶持を援助してもらえるのだろうか?

 出羽上山はとても雪深い所だと聞いている。

 伊賀で百姓をしていた時と同じようにやっていけるのだろうか?

 伊賀なら先祖代々培ってきた知恵と経験があり、殆ど扶持がなくても飢えることなく暮らすことができても、上山では暮らしていけないかもしれぬ」


「兄上、これからは拙者が話しをさせていただきます。

 拙者は国入りした事もなく、上山の事をよく知りません。

 しかし家中の者の話しでは、雪深くはあるものの農作業に困る事はないそうです。

 伊賀の隣にある柳生の百姓だった者の話ですから、間違いありません」


「そうか、それなら安心だ」


「それと、藤堂家では鉄砲の使用に厳しい制限がかけられていますが、上山では自由に使えるようにします。

 鉄砲上手なら、上山の深い山野で自由に狩りができます。

 鉄砲の技を維持するには格好の条件だと思います」


「しかしながら、近隣諸藩と争いに成ったりしないか?」


「その心配はない、和泉守。

 上野介は余の大切な護りじゃ。

 江戸御府内であろうと自由に鉄砲を放つ許可を与えておる。

 領内でどれほど鉄砲を使おうと、近隣諸藩に文句は言わせん」


「そうでございますか、鉄砲無足人なら生活に困らないのですね。

 しかしながら、上様は鉄砲の技ではなく忍の技に優れた者を手に入れたいはず。

 その者達の扱いはどうなされるお心算ですか?」


「その点に関しても拙者から話させていただきます」

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