第29話:能見松平家
1626年4月6日:江戸城中奥:柳生左門友矩13歳
裏柳生の拷問は身の毛のよだつほどのものだった。
右手首を斬り落とされた松平丹後守と妻妾を庭に引き据えた。
その目の前で、婿養子重直の生爪を剝がしていったのだ。
松平丹後守のような卑怯下劣な奴に、婿養子に対する愛情などない。
頑として黒幕の名を口にしようとしなかった。
だが見捨てられた婿養子重直は、恨みもあったのか直ぐに白状した。
「大御台所様でございます。
黒幕は大御台所様でございます。
養父の元に大御台所様の使者が何度も参られました!」
「さて、養子の証言だけでは心許ない。
御正室と愛妾の方々にも証言していただかないといけない。
素直に証言していただけないと、同じように生爪を剥がさなければいけない。
素直に証言していただけますか?」
妻妾は裏柳生衆の脅しに直ぐに屈した。
卑怯下劣な松平丹後守も、もう逃げきれないと思ったのだろう。
少しでも罪を軽くしてもらおうと、大御台所様の命令でやったと言いだした。
「上様、能見松平家の縁者を全て捕らえました。
大番頭を務める松平重則と松平勝隆はこの度の謀叛に加担していたようです。
留守居役の松平昌吉と普請奉行の小沢忠重には知らせていなかったようです」
兄上が上様に報告している。
大番頭を務める二人は、大番組という油断ならない兵力を持っていた。
実際に上様と大御所様が戦う事になっていたら、確実に敵となっていただろう。
だが今回は手向かうことなく素直に縄についた。
ここで手向かったら、徳川家に謀叛した家として子々孫々罵られる事になる。
自分達が勝手に謀叛したわけではなく、大御台所様の命じられた事にしたいのだ。
松平昌吉と小沢忠重が何も知らされていなかったのは、同じ能見松平家といっても、別れた代が古く血が薄いからだろう。
捕らえられた者達は、松平忠輝公を裏切った松平重勝の子供や孫だ。
松平重勝は松平重吉の四男で、松平昌吉は松平重吉の長男重利の家系だ。
小沢忠重は松平重吉の三男十平の家系だ。
今回の件は、能見松平家の謀叛というよりも、松平重勝家の謀叛だ。
だが大御所様に近い旗本を潰すという意味では、能見松平家の連なる者は全て連座させて、処刑するか放逐した方が良い。
問題は松平重忠の娘婿となっていた松平重直の処分だ。
松平重直は小笠原秀政の四男なのだ。
小笠原秀政と長男の小笠原忠脩は大坂夏の陣で戦死しているが、次男の忠真が跡を継いで播磨明石藩十万石の藩主となっている。
連座を適用して取り潰したいところだが、問題がある。
実家を継いだ兄を処分するとなると、他の兄弟姉妹も処分しなければいけない。
長姉が阿波徳島藩二十五万七千石に嫁いでいて、今の藩主は息子なのだ。
次姉は肥前小倉藩三十九万九千石に嫁いでいて、夫が藩主なのだ。
特に肥前小倉藩の細川家は、当主細川忠興殿が父上と親交がある。
嫡男の忠利殿に至っては父上の弟子となり新陰流を学んでいる。
強引に厳しい処分をすると、父上は友人と門弟の処分に手を貸した事になる。
坂崎殿の件は兄上や門弟達から聞いている。
もうあの時のような嫌な思いを父上にさせたくないというのが、兄上や古くから仕えてくれている者達の言葉だ。
本当なこのような事に衆道を使いたくはないのだが……
やりたくはないが、寝所で上様に頼まなければいけない。
「能見松平家」
松平重忠:出羽上山藩四万石
重直:小笠原秀政の四男
松平重則:大番頭六千五百石
松平勝隆:大番頭六千五百石
松平昌吉:留守居役千六百三十石
小沢忠重:普請奉行千五百石
「縁者」
小笠原忠真:松平重直の次兄・信濃松本藩八万石
蜂須賀忠英:松平重直の長姉の子:阿波徳島藩二十五万七千石
細川忠興:松平重直の次姉の夫:肥前小倉藩三十九万九千石
小笠原忠知:松平重直の三兄:書院番頭五千石
小笠原忠慶:松平重直の長弟
小笠原長俊:松平重直の次弟
溝口政房:松平重直の三弟
原昌行:松平重直の四弟
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