第22話:仮病
1626年4月3日:江戸柳生左門家屋敷:柳生左門友矩13歳
「左門様、百人組の方々が来られています」
上様の前で忠義を示さず、激怒された連中が今さら何の用だ。
上様の寵愛を一身に受けているという噂の拙者にとりなしてもらう気なのだろう。
不忠者など首を刎ねられればいいのだ!
「拙者は不逞の者共に襲われて寝込んでおる。
早々に引き取ってもらえ」
「はっ、そのように申し伝えさせていただきます」
兄上から護衛に付けられた裏柳生の者がそう答えて部屋を出て行った。
一応柳生左門家の用人なのだが、その忠誠心は兄上に向いている。
拙者もできるだけ早く忠誠を誓ってくれる者を育てなければいけない。
それは分かっているのだが、兄上とは条件が違い過ぎて直ぐには無理だ。
兄上は元々柳生家を継ぐ身だったから、幼い頃から忠誠が集まっていた。
だが拙者は、兄上の家臣に下るか他家に養子に行くかの身だった。
そのような部屋住みに忠誠を誓ってくれる者などいない。
そもそも俺自身が剣で身を立てる気だったから、家臣を得る気などなかった。
こうして独立した五百石の旗本に成れるとは思ってもいなかった。
上様の寵愛を得て、その気になれば万石の大名にも成れる立場となった。
だが、拙者にとっては、衆道で得る大名の身分など何の意味もない。
剣の腕で得る十石の指南役の方が遥かに価値がある。
などと言ったら、父上や兄上に激怒される事だろう。
兄上なら、慰めた上で軽いお小言を言うくらいで済ませてくれるかもしれない。
だが父上からは、殺意の籠った罵声を浴びせられる事だろう。
祖父の代で一度柳生荘を失い、領主から牢人に転落した父上の領地対する執着心は、寒気を感じるほど恐ろしいものがある。
小姓の衆道で簡単に万石大名と成った兄上に愛する複雑な心境と態度は、裏柳衆から伝え聞く話しだけでも危険を感じてしまう。
父上にすれば、豊太閤に奪われた柳生荘を命懸けの奉公で何とか取りかえしたが、死をかけた奉公が三千石に過ぎなかったのだ。
その命懸けの奉公が、上様の寝所に侍る衆道よりも劣ると言われているも同然だ。
父上の複雑な心境は、徳川恩顧の譜代衆も同じだろう。
先祖代々徳川家に仕えて、駿河で今川家の下にあった頃の苦労。
三方ヶ原や姉川での命懸けの戦い。
同じ徳川家に仕える者同士が、一向宗に扇動されて血で血を洗う同士討ちの戦いになった頃の事を考えれば、子孫が拙者達に怒りを感じるのも当然だ。
幾ら上様のお気に入りでも、与えていい褒美と与えてはいけない褒美がある。
「左門様、病気で頭も上がらないと申したのですが、何としてでもお目通り願いたいと言って門前から動きません」
「上様の寵愛は拙者ではなく酒井殿と堀田にあると伝えてくれ。
拙者を殺そうとした者を捕らえることなく罰せられないようにするには、酒井殿か堀田に付け届けした方が良いと伝えてやってくれ」
「それでも帰らず、左門様にお会いしたいと申したらどうすればいいですか?」
「酒井殿と堀田に頼むのが嫌ならば、襲撃犯を捕まえる以外に上様の怒りを解く方法などないと伝えてくれ。
手段を問わず、周囲の事を気にせず、自分が生き残る事だけを考えて襲撃犯を捕まえるしか生き延びるすべはない。
そう伝えてくれ」
「承りました」
兄上の忠臣がそう言って百人頭達の相手をしに戻っていった。
たかだか五百石の用人に過ぎない者が、五千石以上の家格を持つ百人組頭を門前払いするのだから、良い度胸をしている。
いや、度胸だけでなく、剣の腕も相当なものだ。
今の拙者ではとても勝ち目がない。
拙者自身はひとかどの武芸者になったつもりだったのだが……
上様の小姓奉公で鍛錬の時間が減ってしまった。
このままでは剣で身を立てると決めた自分への誓いを破ってしまう事になる。
兄上の忠臣とは言え、農民上がりの平侍に負けていられない!
今勝てないのなら勝てるまで鍛錬すればいい。
拙者よりも強いのなら、その技を盗めばいい!
「組太刀を行う、相手をしてくれ」
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