第17話:密談
1626年3月13日:江戸柳生隠岐守家上屋敷:柳生左門友矩13歳
「いや、はや、上様の衆道癖の悪さにも困ったものだ」
三枝殿が心からため息をつくように口にされた。
拙者も同じ思いだ。
同時に自分がやった事に対する自己嫌悪の嵐が押し寄せてきた。
「三四郎の性根の悪さは分かっていたが、五郎八も性悪とは思わなかった」
朽木殿も金森殿のしたたかさに驚いているようだ。
拙者も正直驚いたから、お二人の気持ちはよく分かる。
「いや、待たれよ御両所。
五郎八殿からすれば、我らが先に抜け駆けしたようなものだ。
遅れを取り戻そうと必死になったのかもしれぬ。
我らには堀田を抑えるという大切な目的がある、
手を結べるのなら、五郎八殿とは話し合うべきだ」
兄上はそう言われるが、本当に手を結べるのだろうか?
確かに、金森殿からみれば、自分だけ仲間外れにされたと思うだろう。
だが、あの時点で上様の要求を拒まなかったのは、拙者を含めて三人だ。
その三人の中で、何の邪気もなく上様の望みを叶えていたのが五郎八殿だ。
邪気や野心がないのなら、堀田に目をつけられないようにすべきだと思った。
下手に拙者達と徒党を組めば、堀田に目をつけられて殺されると思ったのだ。
それくらいの事は金森殿にも分かると思うのだが?
ちゃんと口にしなければいけないものなのだろうか?
「う~む、そう言われてみれば、我らが五郎八殿を仲間外れにしたように見える」
「ですが兄上、三枝殿。
拙者達のように、堀田と刺し違えてでも上様を護る覚悟があるとは思えません」
「左門、そのような覚悟ができるかどうか、その時になってみなければ分からない。
どのような勇者豪傑も、心身の状態によっては弱者になる。
柳生の秘伝書にもそう書いてあっただろう?」
「それは、その通りでございますが……」
「五郎八殿は、戦国の世で豪勇をうたわれた金森一族の末裔だ。
今はまだ小姓勤めだから武勇の才が表に出ないだけかもしれない。
書院番頭として役目を果たしている間に、その才能が表に出るかもしれない。
それに、武勇の才があろうとなかろうと上様の秘密を握っているのは間違いない。
味方に引き入れて、常に監視しているくらいでちょうどいいのだ。
味方に引き入れる以上、徹頭徹尾信用する。
味方に引き入れた事をきっかけに、敵対するようなことあってはならぬ」
兄上も申される事は分かるが、それを金森殿に当てはめても大丈夫か?
拙者には、金森殿には芯がないように思える。
兄上も同じように感じているはずなのだが……
「左門殿、そのように不信な顔をされるな。
そのように、簡単に内心を表に出すようでは小姓の役目は務まらないぞ」
「これは、汗顔の至り、言い訳のしようがございません」
朽木殿の申される通りだ。
上様の小姓を務める以上、何時何処でどのような事を見聞きするか分からない。
天下を揺るがすような現場に居合わせる可能性もあるのだ。
その時に、一切の動揺を顔に出してはいけないのだ。
何があろうと、ただ上様の盾となり剣となる事だけを考える。
その場にある置物のように振舞うのが小姓の役目だ。
「まだ前髪を下す前の小姓だから、仕方がないと言えば仕方がない。
だが左門、お前はただの小姓ではないのだぞ。
天下を治める上様を護る小姓なのだ。
もう我らは小姓ではなくなり、常に上様の側にいる訳にはいかないのだ。
これからは左門が中心となって上様も護らなければいけないのだ」
兄上の申される通りだ!
上様の小姓なれば、前髪を下す前だなと言い訳などできない!
金森殿に芯がないなどと言っている前に、自分が一人前に成らなければ!
「申し訳ありません、兄上、三枝殿、朽木殿。
もう二度とこのような醜態をお見せしないようにします。
天下の将軍を護る小姓として恥ずかしくない言動をいたします。
どうぞお許しください」
「十兵衛殿、そのように厳しく申されるな。
左門殿が頑張ってくださったから、我らはこのような若年の身で大名に成れた。
左門殿が頑張ってくださらねば、我らは三四郎を羨んでやけ酒を飲んでいたかもしれないのだ」
「そうですぞ、十兵衛殿。
御貴殿も父上に厳しくしかられていたかもしれないのですぞ。
そしてこのように立派な屋敷を賜る事もなかった。
左門殿に感謝こそすれ、叱れるような立場ではござらぬよ」
「確かに、御両所の申される通りだな。
自分がやりたくない事を、左門に押し付けたのは俺でした」
「「「わっはははは!」」」
自分がやりたくない事を拙者に押し付けた自覚はあるのですね、兄上!
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