第15話:折檻

1626年3月3日:江戸城中奥:柳生左門友矩13歳


 ぱーん!


「ひぃいいいいい、もっ、もっと強く叩いて!」


「上様、いったい何を考えておられるのですか?!

 あれほど、もうこれ以上役職を与えたり領地を与えたりしないでください!

 そう強く諫言させていただきましたよね?!

 兄上や他の小姓の方々にも与えないと約束されましたよね?!」


ぱーん!


「ひぃいいいいい、でも、 三四郎にお願いされたから……」


ぱーん!


「何度拙者に言いたくない事を言わせるおつもりですか?!

 そのような事をされたら、譜代衆の心を失うと申しましたよね?!

 もう東照神君はおられないと申しましたよね?!

 忠義の士の諫言と奸臣佞臣の甘言を同列に扱わないでください!」


ぱーん!


「ひぃいいいいい、もっと、もっと痛くして!」


「上様を喜ばすためにやっているのではありません!

 しっかりと聞いていただき為に、しかたなくやっているのです。

 兄上や他の方々が嫌がったから、しかたなくやっているのです!

 言葉では分かっていただけないので、身体に分かっていただいているのです。

 好きでやっている訳ではありません。

 上様が分かってくださらないので、しかたなくやっているのです」


 ぱーん!


「ひぃいいいいい、いい、嫌々でもいい!

 左門の打擲が一番気持ちいい!」


「だったら、三四郎の加増を取りやめてください!

 わずか十六歳の小僧を大名にするなど正気の沙汰ではありません」


「でも、三四郎は上手にぶってくれるから……」


 うっがあああああ!

 上手にぶってくれるだと?!

 それでも天下の将軍か?!


 拙者が駿河大納言様の手の者なら、間違いなく殺している。

 このような女男に天下を任せる訳にはいかない。

 主のため天下のため、命を捨てて上様を斬り殺していた。


 ああ、何たる不幸、何たる不運。

 このような暗主が拙者の主とは。

 このような者に忠誠を尽くさなければいけないのか……


 誓約書を書いて提出する前に、上様の正体を知っていたら仕えていなかった。

 一生恨みますぞ、父上、兄上。


「止めないで、お願いだから止めないで!

 もっと激しく責めて、もっと強くぶって、お願い!」


「くっ、なぜ拙者がこのような破廉恥な真似をしなければいけないのだ!」


 ぱーん!


「ひぃいいいいい、きもちいい!

 おしりが、お尻の穴がいたくて気持ちいい!

 左門も加増してあげるから、もってぶって、もっと痛くして!」


「では、三四郎の加増を取り消してくださいますね?!」


 くそ、くそ、糞、いやだ、本当に嫌だ、こんな事はしたくない。

 いっそ親兄弟を捨てて浪人するか?!


「ひぃいいいいい、むりよ、昼に将軍として言った事は取り消せないわ!

 ああ、やめないで、お願いだからやめないだ!」


「続けて欲しいのなら、三四郎の加増を取り消してください!」


 ……武士たる者、一度誓った忠誠を軽々しく反故にはできない。


「それだけは無理よ!

 将軍として約束をした事を取り消す事だけはできないわ。

 他の事なら何だって聞いてあげる。

 左門を大名に取立ててあげるから、止めないで続けて、お願い。

 途中で止められたら気が狂ってしまうわ!」


 よく分かった、上様の性根はよくわかった。

 どれほど強く約束していても、寝所での頼み事は聞いてしまうのだな。

 取り消させるのは、昼に将軍として口にする前だけ。


 今回の堀田への五千石加増はどうしても中止できない。

 中止できないとしたら、次善の策はどうする?

 上様の評価を落とさない方法は何だ?


 上様の抜擢が間違っていないと証明するしかない。

 とはいえ、上様の親衛隊である書院番と小姓組には手柄をあげる機会がない。

 上様を護る事や一番の役目だから、江戸城から離れる事ができない。


 いや、それ以前の問題だ。

 戦のないこの時代に、手柄を立てる事はほぼ不可能だ。

 そうなると、役型の奉行となるしかないが……


 三枝殿や朽木殿は分からないが、兄上に行政能力はない。

 それは堀田も同じだろう。

 まあ、そもそも奴に武官として戦う度胸などないだろう。

 

 やれることがあるとすれば、堀田の馬鹿にだけ大名旗本の目を向けない事だ。

 陰間の相手を務めるしか能のない堀田が目立つから上様に批判が行くのだ。

 他に能力がある者が抜擢されたら注目度が低くなる。


「分かりました、ではこうしていただきましょう」

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