第10話:打擲

1626年1月17日:江戸城中奥:柳生左門友矩13歳


「うううう、ああああ、きぃいいいい!」


 拙者の激しい攻めを受けて、上様の呻き声が一段と強くなった。

 最初は布団に手をついていたが、今では肘で身体を支えている。

 もう少し強く責めたら、顔で身体を支えるようになる。


「上様、聞いておられますか?」


「聞いているから、もっともっと強く責めて!」


「よくそのような勝手な事を言われますね。

 拙者の願いを無視して、堀田に役目と領地を与えられました。

 そのような悪い主君のお願いは聞けません」


 拙者の主義には反するが、今回ばかりは仕方がない。

 生き残ってこそ武士、という兄上の言葉の重みがようやく分かった。

 

 怪我を負った新次郎伯父上は、長男にもかかわらず柳生荘を継げなかった。

 五郎右衛門伯父上が、暗主によって死ぬことになったと教えてもらえた。

 それでようやく兄上が冷めた目で上様を見ている理由が分かった。


 暗主の上様に無策で殺されるようでは、とても武芸者とはいけない。

 どれほど卑怯下劣な策を用いられても生き残るのが武芸者だ。


 その方法として衆道を利用するのは卑怯ではない。

 ようやく心からそう思えるようになった。

 父上も、柳生家の汚点だと言って五郎右衛門伯父上の死に様を隠すなよ!


「あれは、あれは左門が余の願いを叶えてくれないから、しかたなく……」


「それは、堀田が上様を打擲した褒美ですか?

 拙者が上様に暴力を振るう事を断ったのに、忠義の心など一切ない堀田が、このように上様に暴力を振るった褒美ですか?」


 ぱーん!


「ひぃいいいいい、いい、きもちいい!

 もっとよ、もっとぶって、もっと強く余の尻をぶって!」


 ぱーん!


 本当にどうしようもない暗主だ!

 家臣の尻の穴を責めさせながら打擲されるのを望むとわ!


 夜の衆道で言われた事は、昼になっても唯々諾々と従う。

 国を危うくする暗主とは上様の事だろう。


 拙者と兄上だけでなく、朽木殿と三枝殿にも諫言されていたのに。

 あの若さで小姓組番頭の役目に就けるなど、異例過ぎて上様の評判が悪くなる。


 少しでも武芸ができるのならまだ言い訳できる。

 だが堀田にできるのは上様に媚び諂い寝所で願い通りにする事だけ。

 上様の尻の穴を責めて尻を打擲した褒美が小姓組番頭の役目と五千石。


 徳川恩顧の譜代衆が聞いたら血の涙を流して悔しがるぞ。

 堀田と同じ新参者である拙者も兄上も怒りを覚えたくらいだ。

 真実が表に出たら旗本御家人の忠誠心が地に落ちる。


「いや、いや、いや、止めないで、お願い、左門!」


「続けて欲しければ、拙者と兄上にも役目を与え加増をしてください」


「無理よ、いくら何でもそれは無理過ぎるわ!

 三四郎でも十七になるまで役目も領地も与えられなかったのよ。

 十三の左門には、小姓以外の役目も領地も与えられないわ」


「兄上は十九歳だから、堀田と同じ役目と領地を与えても大丈夫ですよね?

 私に与えられないのなら、兄上に与えてください」


「十兵衛は本家の跡継ぎだわ。

 それに、余の相手を務める事を拒んだわ。

 柳生家の跡取りだから許したけれど、そうでなければ重い罰を与えていたわ!」


「だから拙者の代わりといっているでしょう!」


 ぱーん!


「ひぃいいいいい、気持ちいい、もっとよ、もっとぶって!」


「もっとぶって欲しかったら、兄上に小姓組番頭の役目と五千石を与えてください。

 そうでなければここでやめますよ!」


「分かったから、分かったからもっと激しく強く痕が残るくらいぶって!」

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