大谷翔平を恨まずにいられない

坂本 光陽

大谷翔平を恨まずにいられない


 大谷翔平はすごい。


 二刀流の夢をメジャーリーグという大舞台で実現し、メジャーリーグでMVPを獲得した上に、WBCでもMVPを獲得したのだ。大谷翔平は世界の閉塞感を吹き飛ばしたと言っても過言ではない。


 しかし、俺は大谷翔平のために、多大な迷惑をこうむっている。例えば、病院や銀行で氏名を呼ばれる時などは、周囲の視線を集めてしまう。クスリと笑われることも少なくない。この気持ちは、有名芸能人や人気タレントと同姓同名の人しかわからないだろう。


 こう言うと、俺もオオタニショウヘイだと思われるかもしれない。だが、そうではない。まったくの無関係というわけではないが、もうワンクッション入るのだ。


 大谷翔平のせいで迷惑をこうむっているが、決して憎んでいるわけではない。そもそも好感度の塊のような大谷翔平を嫌うことなど、普通の人間には不可能だろう。


 大谷翔平が二刀流として歴史に名前を刻みつけることは間違いない。


 世の中を見渡せば、いたるところに二刀流は存在する。企業に勤めながら専門知識を活かした講演活動を行っていたり、複数の畑違いの職場で働いていたり。サラリーマンとして働きながら幼い子供の父親をしていたり、幼い子供の母親をしながらパートタイマーとして働いていたり、大学生をしながらアルバイトをしたりするのも、言ってみれば二刀流である。


 俺の家は貧しかったので、奨学金がなければ大学に進めなかった。進学してからも学費と生活費を稼ぐのに、いくつものアルバイトを掛け持ちしていた。今では到底できない無茶な働き方をしていたと思う。大学を無事卒業して、念願の公務員になることができたことは、自分でも誇らしく思う。


 もちろん、大谷翔平の大活躍と同一視をするには無理があるだろう。だけど、世間の方々がそれぞれの現場で、懸命に働いていることは間違いない。誰も彼も立派な二刀流だし、大いに評価されていいはずだ。


 ぜひ、胸を張って二刀流を宣言してもらいたい。

 いや、二刀流が一般的になると、ますます俺の立場がまずくなるのか?


 病院や銀行で、氏名を呼ばれる可能性がある時には、細心の注意を払う必要がある。名前を呼ぶ時は名字だけにしてほしい、と担当者に伝えなければならない。些細なことだが、それで不愉快な目に合わずに済むのだから、俺は努力を惜しまない。


 今日も歯石をとるために歯医者に来たのだが、名字だけで呼んでくれと伝えておいた。なのに、担当者がうっかりしたのか、

「ニトウさん、さん。第一治療室へどうぞ」と言われてしまった。


 そう、俺の名前はというのだ。


 いつものように周囲の視線を集めてしまう。クスクスと笑っている人もいる。もし大谷翔平が登場しなかったら、二刀流という言葉が今ほど普及していなかったら、こんな目にあうこともなかったろうに。


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