第11話 流されて

 季節は初夏を迎えていた。

 婚姻届を出したことで、三人の関係は微妙になっていた。

 形だけの結婚、と光も頭では分かっているが、冬馬の凪子を見る目が気になる、なれなれしいと感じてしまう。正式な妻なのだから仕方ないが、寄り添って冬馬の実家に向かう姿に、光のイライラは募る。


「早く離婚してよ」

「まだ二か月だろ」

「四か月もたってる!」

 今日は凪子は不在だ、不調だと病院に行っている。凪子がいないこともあり、光は冬馬に怒りをぶちまけた。

 冬馬の携帯が鳴り、応答すると、

「えっ」

 と言ったきり、冬馬は黙った。

「わかった。うん、すぐ迎えに行く」

「どうしたの、凪子。そんなに悪いの?」

 何か深刻な病気か、と光は心配したが、冬馬は答えない。

「ねえ、なんなんだよ」

 玄関まで追いかけていくと、冬馬は光の顔を見ずに言った。

「凪子。子供が、できたって」

 光の足元の地面が無くなった。

「ウソだ」

 聞き間違いであってほしい、だが、冬馬は無言だ。

 訳の分からない恐怖に、足が震える。

 そんなこと、してたんだ。

 俺に隠れて、冬馬と凪子はそんな関係に。

「あとで、ちゃんと話そう。とにかく迎えに行ってくる」


 どうしよう、どうしよう。

 冬馬はパニックになっていた。

 まさか、こんなことになるなんて。

 婚姻届を父に見せに行った夜。

 香苗は冬馬を詰ったが、廊下の隅で訳を話すと、ほっとして、うまくいくといいね、と言った。

 夕食時、父は上機嫌だった。

「凪子ちゃんも一杯。少し早いけど三々九度だな」

 と豪快に笑う。

 父が日本酒を勧めると、凪子はふいに涙ぐんだ。

「どうしたの」

 冬馬の母の声に、

「うれしくて」

 凪子は声を詰まらせた。

「本当に、冬馬さんと結婚、できるんだと思ったら、うれしくて」

 白い指で涙をぬぐう。

 冬馬はドキッとした。凪子、こんなに綺麗だったのか。

 いつの間にか凪子は、成熟した女になりかけていた。知り合った頃の、やせっぽちの少女の面影はない。

「ありがとう、凪子ちゃん。うちの冬馬を、そんなに思ってくれて。

 冬馬、凪子ちゃんを大事にするんだぞ」

「はい」

 どぎまぎしながら応える冬馬。


 その夜、二人は客間でやすむことになった。

 部屋の真ん中に二組の布団が敷かれている。冬馬は一組を部屋の隅まで引っ張っていって、頭から布団をかぶった。

 夜半、凪子が冬馬の布団に滑り込んできた。

 火照った体を押し付け、抱きしめて、

「お願い」

 とささやく。

「ダメだって、凪子」

 慌てて制したが、

「お願い、今夜だけ」

 揉み合ううちに凪子の浴衣の前がはだける。

 なめらかな肌、甘い髪の匂い。

「大好き、ずっと好きだったの」

 首筋に凪子の息がかかった。

 何も変わらない、と凪子は訴える。

「明日になったら、元通りよ」

 そうだ、今夜だけ、今だけだ。

 冬馬は自分に言訳した。

 明日は、すべて忘れて光の元に帰ろう。

 だいじょうぶ、ばれやしない。

 熱い息が耳にかかり、冬馬の理性は吹き飛んだ。



【あとがき】


 ドラマ「モアザンワーズ」で最も疑問に感じたのが、美枝子(本作では凪子)の妊娠のくだりです。

 父に関係がばれて打開策を話し合うのは同じですが、美枝子はなんと、「私が二人の子を産む」と。

「おじさんが言ってるのはそういうことじゃないだろ」の槙雄(本編では光)の言葉にも絶対産む、と決意は固い、ハア、ですよね。

 許しがたいのは二人の男と肉体関係をもってしまうこと、結果、永慈(冬馬)の子を妊娠するのですが、「槙雄の子だ」と嘘をついてみたり、めちゃくちゃです。

 恋人同士である男性二人と寝てしまう、この発想はどうなんでしょう、私はイヤですね、応援する立場のはずが、なんでこうなるの。

 二人の応援より自分の欲望の方が強かったってことですか。美枝子は母子家庭で、家庭を持つことにあこがれていたようです。



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