第85話 出発日にこれかよ

 村に帰る前日に、ゴタゴタ面倒な事も色々あったが、王城に泊まった翌朝、日が昇る前に城門を馬車で出ると、人通りのない大通りを冒険者ギルドに向かう。


 御者台には俺が座って手綱を握り、アンラ以外のみんなは荷台に乗ってもらってる。


 アンラはまた幌の上に乗り、見付けてきた『悪魔に魅いられた花嫁』の続きを読んでやがるから大人しい。


 夜にどこからか勝手に持ち出してきんで、ちと怒ってやったが宰相様に聞くと『構わん、道中時間があるからな、ここの本なら好きな物を持っていって良いぞ』と言われ、図書室から色々と借りてきた。


 貴族街の門を抜けるとまだまだ暗いってのに、何人かの冒険者も、俺たちが向かう方に歩く姿が見える。


 薄明かるくなる頃に、門近くの広場にある冒険者ギルドへ到着し、馬車を止めた。


 ここでは俺だけが降りて、公爵様から請けた依頼の手紙を預かる予定だ。


「ちと待っててくれっか、さっさと依頼の手紙をもらってくっからよ」


 背中越しに荷台へ声をかけておく。


 御者台から飛び降り、馬を繋いでギルドに入ると、思ったより人が多いんで驚いたが、流石王都だな、冒険者の数も桁違いだ。


 依頼書が貼られた壁際と、受け付けは足の踏み場もねえほどだが、俺はそれをスルスルと避けながら、受け付けの一番端に向かう。


 そこには誰も並んでなくて、厳ついおっさんが腕組みをしてギルドの様子を見ているようだ。


 俺は聞いた通りだと思いながらおっさんのところに向かい、公爵様から預かった手紙と割符を取り出す。


「おはようさん、これ頼むぜ」


「ん?」


 ギロリと俺の顔を見てから手紙と割符に目をやると、懐から割符を取り出し重ね合わせる。


 ぴったりと隙間なくくっついた割符を見て、懐にしまうと、くいっと顎をしゃくり、カウンターから出てきて小さな声で『ついてこい』と言う。


「おう」


 おっさんについていくと、扉に執務室と書いてあるから、どうやらギルマスの執務室に案内されたようだ。


 中に入ると、窓もない壁の全てが本棚で、申し訳程度のソファーと、仕事をやる場所なのかデカい机が置いてあり、色んな紙束や、本が山のように積まれていた。


(ほー! いっぱい本があるよ♪ ねえねえちょっとだけ借りても良い?)


 やめとけ、ってかいつの間についてきてたんだよアンラ、手紙をもらうだけだから待ってても良かったんだぞ。


 ちと驚いたが、念話でそう言った時にはもう本棚を物色してやがる。


(待ってるつもりだったんだけどね~、あのルテニウムとか言う王子と従者がいてね、私達の馬車をじろじろ見てたから教えに来たんだよ)


 王子様が? なんの用だ?


 本棚を漁るアンラを見ている内に、おっさんは机の下から四角い鞄を取り出した。


 それをソファー前のテーブルに持ってきて乗せ、止め金をひねり、パチンと音を立てて鞄を開けると、中には沢山の手紙に地図と村や街の名前が書かれた紙切れが入っていた。


「聞いているとは思うが、この手紙を街のギルドや村の長に渡して、受領の署名をもらってくる事が今回の依頼だ」


「おう、聞いた通りだ、なんか注意しねえと駄目な事はあるんか?」


「そうだな、手紙の裏に街や村の名と、渡す相手の名前が書いてある、必ずその者に手渡す事くらいか」


「どれどれ、お、これだな」


 俺が住んでた二の村のもある見てえだし、なるほどな。


「うっし、預かるぜ、受領の署名してもらったものは、ここに戻ってきてあんたに渡したら良いんだな」


「その通りだ、この鞄ごと渡しておく、話は以上だが、何かあるか?」


 鞄を閉めて、渡してきたから受け取り、考えたが……。


「特にねえな、んじゃ行ってくるぞ」


 アンラ行くぞ、本は返しておけよ、泥棒なっちまうからな。


 しぶしぶ本を手放し俺の後をついてくるアンラを連れて執務室を出て、沢山の冒険者がいる場所に戻ってくると、中より表の方が騒がしい。


 ギルドの出口に近付くと、なにやら言い争いが起きてるみてえだ。


 騒ぐ声を聞きながら外に出ると、俺たちの馬車の前に人集りができている。


「見下ろすとは無礼な! すぐに馬車から降りて跪くのだ! 今はこの様な姿だが、気軽に話ができるような身分ではないのだぞ! 大人しく我々に従えば良いのだ!」


 は? ルテニウム王子と怒鳴ってるのは従者だろあれ? なんでアシアとエリスに突っかかってんだ?


 人集りをかき分け馬車までたどり着いたんだが、今にも御者台にいるアシアを引きずり下ろそうと手を伸ばしていた。


「触らないて! なぜあなた達に馬車を明け渡さなきゃならないのよ! 跪け!? 馬鹿じゃないの!」


 伸ばされてきた手を避けるように身を引くアシアだが、奥にはエリスがいるから避けられたのもギリギリ――いや、従者が装備する鉄で補強された手袋がアシアの手を掠めた。


「痛っ!」


「アシア!」


「くそったれが! 俺の友達に何しやがる!」


 地面を蹴り、一気に手を伸ばしていた従者の手を取り、捻りながら馬車にぶち当てるよう体をぶつけてやる。


「うらっ!」


「ヘグッ!」


 ドンと御者台の足場へ顔からぶち当たり、変な声を出した従者の足を蹴り払い、体勢を崩したところに腕は捻りあげたまま体重をかけて、背骨に膝を当て地面に押し付けた。


 捻りあげてる手に、ゴキンと鈍い音が伝わってきたからコイツの腕の骨は折る事ができたようだ。


「グボアァァ!」


「やかましい! 誰か衛兵を呼んでくれ! 馬車を奪おうとした奴を捕まえた!」


 俺は折れた腕の手首と、バタバタと暴れる足を素早くロープで繋ぎ、余ったロープで地面をダンダンと叩いている無事な手もギャーギャー騒ぐが繋いでおいた。


「おい貴様! 命令だ! その者を解放しなさい!」


 縛り終わった俺の肩を掴んでそんな事を言ってきたが、その手を叩き払ってやる。


「うるせえ! てめえもコイツの仲間だろ! 捕まえてやんよ!」


「なっ! お、お前は!」


 振り向いたところにいたのは、俺の顔を見て驚く王子様だった。

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