第55話 家名

「兄さん、軽々しく王が頭を下げちゃ駄目でしょうが、まったく」


 ギルマスは『はぁ』と肩を落として王様を見ている。


 少し考える時間の後、俺と、ガチガチに緊張しているプリムを見て、何か思い付いたのか、ポンと手を叩いた。


「兄さん、これはケントだけでも私は良いと思うが」


 王様は頭を上げ、腕を組んで俺を見る。


「うむ、それもそうだな、分かった」


 王様はお酒のカップを手に取り、くいっと一気に飲み干すと、メイドに目をやり、おかわりをそそいでもらっている……。


「ふう、では、コバルト宰相・・、ケントとプリムへの褒賞だ」


「誰が宰相だよまったく、それより兄さんは飲みすぎるなよ」


 王様は二杯目の酒が入ったカップを持ち上げギルマスを宰相と呼び、俺達の褒賞が書かれているだろう紙を懐から出し、読み始めたギルマス。


 教会のグールにスタンピードの事、リチウム達の暗殺ギルドの事、それに旅の途中で遭遇したレッドボアとリチウムを奪還しに来た暗殺ギルドの捕縛まで、事細かに読み上げる。


 俺の両隣でアシアとエリスが『え? ワイバーン?』『ケントがそんな事を』と小さい声だが呟いているのが聞こえた。


 エリスの向こうでは、緊張が解けたのか、プリムがふんふんとなぜか興奮気味に鼻息荒く両手の拳を握りしめている。


(ねえねえケント~、そろそろロープをほどいてくれない? 王様が今飲んでるお酒は取らないからさ)


 お前な、まあほどくのは良いが、お酒は諦めろよな。


 背中側に手をまわし、結び目をほどいてやると、そ~っと足をおろして立ったアンラは、俺の首に回していた手をほどき、ローブから出ていった。


(ふんふふ~ん、このメイドが持ってたやつね、どれどれ……)


 ギルマスがなんか言ってるが、アンラの行動が気になりすぎて全然耳には言ってこねえ。


 アンラはメイドがいる壁際まで行くと、お酒やお茶のポット、カップなんかを乗せている、車輪のついた台車から酒の入っていた瓶と、予備で置いてあるカップを、ひょいっと掴み取り、栓を抜いて手酌で飲み出した。


『アンラ、あなたは後でお仕置きです、覚悟しておきなさい』


 クロセルが小さくカタっと震えてアンラに忠告した。


(え? 王様が今飲んでるお酒じゃないじゃん、駄目だったの?)


 あのな、王様が今持ってるやつじゃなくても駄目だろ……鞘付きで五回のケツ叩きだな。


(うそうそうそうそ! ほ、ほら、もう返しておくからね? 神剣で叩くと本気で痛いんだから!)


 カップに注いだ分は、飲みきってから台車に戻し、瓶も栓をしてから戻している。


 そして急いで俺のところまで帰ってきた。


 ……二発増やすか。


「――以上が二人の功績に対しての褒賞です」


 あっ……全然聞いてなかったじゃねえか……。


 アシアにエリス、プリムも口をポカンと開けて、なんでか俺を見ている。


 な、なあ、どんな褒賞をもらえるんだ? とんでもない物じゃねえよな?


『ケントを準男爵に叙爵するそうですよ。一代限りの貴族位ですね』


 は? なんでだ? んな大した事……でもあんのか、スタンピードだもんな。


『はい、ですが、洗礼を受けて間もないケントに授けるなど、異例ではあると言っていました』


 だよな、でもまあ、貰えるもんは貰っとくか。


 クロセルが聞いていてくれたお陰で、驚きはしたが、なんとか話の内容を知る事ができた。


 王様を見ると、三杯目の酒は、それまでの早さからゆっくり味わうように飲んでいる。


「…………うむ、コバルトの承認があるんだ、多少異例ではあるがこのままの褒賞で承認しよう」


 王様は読み終えた紙を受け取り、数枚あった紙に書かれている文字を目で追った後、深く頷きその紙をテーブル乗せ、いつの間にかメイドが持ってきていたペンでサラサラとサインをしているようだ。


「まずはケントだが、大金貨五枚と、各領地へ入りやすいように準男爵の爵位を授ける」


「おお! 滅茶苦茶大金じゃねえか! で……俺を準男爵か、俺を貴族にすんのは良い事があるみたいだから良いが……なんでだ?」


「ああ、領地によっては、ただの冒険者では門の出入りが厳しいところがあるのでな、準男爵とはいえ、貴族になっておけば、入門時に止められることはない」


「コバルト、その事は後で詳しく話してやれ」


「そうだな、次にプリムの褒賞は――」


 その後、先にプリムが大金貨を受け取り、カタカタ震えながら大金貨を握りしめている。


 俺も受け取ったが、一枚でもやはりズシっとくる重さで、聞くと、王都でも小さな家なら買える金額だそうだ。


 そりゃ震えもくるぜ。


「続いてだ、ケントの叙爵もやってしまおう」


「兄さんの名で叙爵してくれるか、私はギルマスの肩書きがあるからな、冒険者に肩入れする訳にはいかない」


「それもそうだな、よし」


 貴族になる手続きもやっちまうようだ、よく分かんねえが、まあそうだな、色んな所に行くんだ、入れねえ所があったら嫌だしな。


「ふむ、家名はどうするか……」


 今度は紙じゃなくて羊皮紙になんか書いている、それに家名か、そういや貴族になると家名が付くんだよな、格好いいのが良いんだが……。


 ペンが止まり、王様は俺をじ~っと見て、羊皮紙にまた目を戻してペンを走らせる。


 そして書き終えたのか羊皮紙を手に取り姿勢をただすと内容を目で追っているのが分かった。


「よし、ケント、お前は今日からケント・フェンサー準男爵とする」


「ケント、返事は『はい』だけで良いぞ、公の場でやるならまた作法があるがな」


「ありがとうな、ギルマス。王様、俺の返事は……はいだ」


 どう答えて良いもんか分からなかったが、ギルマスの援護でなんとかなった。


「くくくっ、コバルト、王様の私に恐れもなく、こう言える奴がいるとはな。だが、それが良い」


 こらえきれないって感じで笑う王様と、苦笑いのギルマスだが、やはり言葉遣いもちっとは練習しないといけねえな。


 話は終わったのか王様は立ち上がり、入ってきた扉に向かいながら、背中越しに声をかけてきた。


「ケント・フェンサー準男爵よ、後はコバルトと話を進めてくれ。期待しているぞ」


 そしてメイドが開けた扉の向こうに消えた時、俺も緊張していたのが分かるほど、肩の力が抜けた気がした。

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