第5話 洗礼前夜

「賑やかな子達ね、それより早く私の服をちょうだいよ、いつまで裸でいさせる気? あっ、あなた本当は見たいんでしょ? うりうり」


「引っ付くな! 女の裸くらいあいつらと川で遊びまくってたから見慣れてるぜ! まあ服か、アンラは俺より小せえからな、去年着れなくなった服があるはずだ。付いてこい」


 まあ、村外れの林の中にある教会なんて、畑仕事が無い暇な子供しか来ねえから裸で放っておいても俺は困らねえけどな。


 それにアシア達にはアンラの事も見えてねえみたいだし、あれ? 服なんか無くても良くね? 着ない服だからまあ良いけどよ。


 俺は教会の中に入り、地下への穴が開いてる礼拝所を抜け、奥の部屋に向かう。


 一番奥の倉庫へ入ると、乱雑に置かれた木箱から、去年の服を探す。


「おっ、これ良いんじゃね? 教会でクソ爺の手伝い用に作った一番綺麗な奴。シャツと黒のズボンにベストだ、ほれ、これで良いだろ? 穴とか開いてねえのはそれしかなさそうだ」


「おお! 中々良い物じゃない! 封印される前はこんな白い服なんて中々見る事もなかったし~、よいしょ~あれ? ボ、ボタンが······よし! ねえパンツは無いの? ······無くても良いか、ズボンだし。よいしょっと」


 アンラは真っ白なシャツと、黒のズボンを履き終えて、ベストも羽織った。


 よくよく見るとアンラって黙ってれば可愛いのにな。


 透き通るような白い肌に、雪に日の光が当たってキラキラ輝いてるような銀髪で、真っ赤な目も大きくくりっとしているから、吸い込まれそうだ。


 それに、エルフと同じような長く尖った耳も、ぴこぴこ動いているから思わず掴みたくなるよな。


「ねえ。ベルトはないの? ズボンがずり落ちそうなんだけど。あっ、この靴もらって良い? 良いよね? も~らい」


「おう。ベルトとかもどっかにあるはずだ、適当に探しとけ。俺は掃除してくっからよ、良いの探して使わない物は適当に木箱に戻しておいてくれれば良いからな」


「ほ~い」


 そして俺は木箱を漁り、出しては戻しを繰り返し、ストンとズボンが落ちたアンラを倉庫に残して教会の大掃除だ。


 忘れかけてた礼拝所の真ん中に空いた穴だが、裏の物置小屋から扉を外してきて、蓋をしておいた。


 明日の『洗礼の儀』が終わった後にちゃんと直せば良いだろうと思う。

 場所も、机を置いていた真下だから、多少盛り上がっていても誰も気付かないだろうしな。


 そして虫干しした絨毯を戻して敷き詰め、外に出した椅子や机も礼拝所に戻した後、アシアの父ちゃんがやってる、村唯一の飯屋に向かうことにしたんだが、なんか忘れてるような······。


 教会を出て、薄暗い中を村の中心に向けて歩いてると。


「こらケント! なんで置いてくのよ! それに神剣もほったらかしじゃん! 可哀想だと思わないの!」


「あっ! そうか、お前がいたんだったな。すまんすまん。でも剣は村の中じゃ持ち歩かないぞ」


 アンラは俺に剣を押し付けてくる。


「にゃに! 私は眷属だし、神剣も普段から手元に置くのが当たり前でしょうが! それより早く受け取ってよ! 私悪魔だから持ってるだけで神剣は結構ピリピリってするんだからさ!」


「なんだよそれ。しゃあねえな。んじゃ行くか」


 ぐいぐいと押し付けてきた剣を受け取って腰だと引きずってしまうから背中に背負って歩きだす。


 アンラも俺の横を歩いて、少しすると村の中心の、朝には市が立つ広場に到着した。


 まだ入口が開いたままで、明かりが漏れているところに足を進め、近付くと賑やかな声が漏れ聞こえてくる。


「おじさん来たぞ。飯二人前頼む!」


 明かりが漏れてた入口をくぐり、中に入ってすぐに俺は、いつも通りに声をあげ、奥のカウンターで料理しているアシアの父ちゃんに俺とアンラの分を注文する。


「おうケント、二人前も頼んで食えるのか?」


(言っておくけど私の姿はケント以外には見えないよ~。それに私は人族と同じ食事は食べられるけど~、普段はケントの魔力か、魔物から取れる魔石を吸収すればしばらくは大丈夫、かな?)


 そうなんか、じゃあ二人前はちと多すぎだな、こりゃすぐに言っとかねえと――。


「おじさんやっぱ、一人前大盛りで頼むよ。教会の大掃除してよ、腹ペコなんだよ」


「おう。任せときな。アシア! 旦那が来たぞ! 早く持っていってやれ!」


「お、お父さん! な、何言ってるの! 違うからね! 変なこと言わないでよ!」


 アシアは客に飯を運ぶ仕事をしているんだが、おじさんにからかわれて、顔を真っ赤にしているのが見えた。


 それでもカウンターに置かれた料理を手に取りながらもちゃんと言い返して怒ってる。


 そんなに怒んなよ。アシアは可愛いんだから良い旦那が見つかるはずだ、心配すんな。


「ケント君! こっちだよ! 席が空いてるよ!」


 それを見ながら店の真ん中まで来た時だ、奥の方でぴょんぴょん飛び跳ねながら、両手を振るエリスの奴を見付けた。


 俺はそこに向けて足を進め、四人が座れるテーブルを取ってくれていた事が分かった。


「おう。エリス、もう来てたんだな。席を取ってくれてありがとう、良いか? 座らせてもらうぜ」


 座ろうとして気が付いたんだが、まだテーブルの上は空っぽだ。


「ん? お前、まだ頼んでなかったのか? おじさん! エリスの分も頼むぜ!」


「おう! 聞いてっから心配すんな。アシアも一緒に食べるから三人分持っていかせるぞ。ケントこの色男が。村の若いべっぴん二人に囲まれて、憎いねえ」


 俺がカウンターの置くに向かってエリスの分を注文をすると、よく分からん返事が来た。

 まあ二人が可愛いんは分かってるけどな。


「お父さんうるさい! 早く準備しちゃってよね!」


 だが、それを聞いたアンラが怒り、店内がどっと笑いに包まれた。


 その笑い声の中、おじさんは三人分の飯の用意ができたのか、料理を運ぶ盆に皿を三人分乗せてアシアに手渡した。


「怖い怖い。ほらよ、旦那に持っていってやんな。お前みたいな乱暴な女はケントしかもらってくれねえからよ」


「な□◇っ☆■っ!」


 声にならねえ声でおじさんに噛みつくが、盆を渡されたアシアは仕方なく受け取り、俺達のところに向かってくる。


「うふふ。べっぴんって言われました。良かったですねケント君。私を含めモテモテですよ」


 ほんのり赤くなった顔で、柔らかく笑うエリスだが、モテモテじゃねえっての。


「何言ってんだよまったく。お前らは可愛いんだから俺みたいな孤児とは釣り合わねえよ」


 料理を運んで来たアシアも席について、さあ食べようって時にアンラのやろうが店の中をうろうろしてやがる。


(ケント! このおっさん頭のてっぺんがハゲてるよ! ってか美味そうだね、お肉も~らい♪)


 アンラのやろう、あろうことかおっさんの頭をペチペチ叩きながら、おっさんの皿から一切れ肉を摘まんで口に放り込みやがった。


「おい! 何やってんだよ!」


「え? ご、ごめんケント」


「ケント君。アシアはお肉を一切れケント君のお皿に入れただけなんだから、怒らないであげてね」


「え? 肉? アシア······好きだから心配すんな、ありがとうな」


 見るとアシアがオークと野菜の炒めた物を、自分の皿から俺の皿にオークの肉を移そうとしているところだった。


「好き! わ、わ、私もケントのことが――」


「はいはい、アシア落ち着いてね、今のはお肉の事を言ったと思うよ。ほらほらケントもよそ見してないで冷めちゃう前に食べちゃいましょう」


 アンラは俺達が食べ出した後も、店の中をうろうろしながら『おっ、コイツにもレイスが一匹ついてるよ、えい!』とか『こっちもか、ほりゃ!』とか言いながら、レイスを伸ばして剣のようになった爪で掴み、ぶっ刺し、切り裂いて浄化していく。


 こんなにいっぱいいたのかよ。こりゃ、俺が村中やっつけて回るしかないな。


(ん~、まあ私は気まぐれにしかやらないから頑張ってね~。ほりゃ!)


 まあ、いたずらは駄目だが、モヤモヤをアンラが勝手にやっつけてる分には放っておく事にするか。

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