18. 眠れぬ夜明けのその日のユメ 後編
私は図書室にいた。
いや、学校の図書室ではなく、もっとこう、すごいところというか。
天井は3階くらいの高さまであって、高い壁についた高い本棚には本がぎっしりつまっている。
柱は古代ギリシャのそれを思わせる装飾がされている。さらに大理石でできた、読書している女性の像が飾られている。まるで西洋の王宮の中にある図書室のようだ。
わーかっこいい!
豪華な装飾品や貴重そうな本の数々に見とれていると、どこからか聞き覚えのある、フルートを思わせる、軽やかで美しい声が聞こえる。
「来てくれたのですね、魔法使いコト。」
コト、って私のこと? だよね?
「私はサクラ・ウィステリア姫。魔王タンジェントにさらわれて、本の中に閉じ込められてしまいました。本を守っているのは双子の使い魔、サーインとコサーインです。彼らを倒し、私を助けてください!」
サクラ・ウィステリア姫の声は藤枝先生にそっくりだった。
つまり私は藤枝先生にそっくりなお姫様を助けに来た魔法使いってこと!?
「サクラ・ウィステリア姫。貴女を助けに参りました、コトです。しかし、私には何も武器がありません。どうやって戦えばよいのでしょう?」
「貴女には強い武器があります。念じれば、貴女の手元に現れるはずです。さざ波のユーフォニアムが。」
さざ波のユーフォニアム。ものすごく最近聞き覚えのある言葉が冠されている気がする。
とりあえず念じてみる。
「来い! さざ波のユーフォニアム!」
すると私の目の前の床から突然水が湧いた(図書室に水って絶対大丈夫じゃないでしょ!)。その水の中から、私にはとても馴染みがある、いつものユーフォニアムが青い光を纏って現れた。
私が青く光るユーフォニアムを手に取ると、水は跡形もなく消えていった(本にも影響は無いみたい)。
「貴女なら使い方はわかるでしょう? ……ああっ! サーインとコサーインが来ます!」
ええー! いきなり本番!? ちょっと!?
サーインとコサーイン。見た目は赤鬼と青鬼で、角がθになっている。
「グへへ……。お前を赤点にして、サクラ姫と二度と会えなくしてやる。」
変なところでリアリティ出さなくていいよ! そして藤枝先生に二度と会えないなんて絶対嫌だ!
「俺たちに逆らう気か。ハハハハハ。どうせ今のお前では俺たちに手も足も出ないのは知ってるぜぇ。」
だから変なところで現実見せないで! ほんとーに名前も性格も嫌な奴ら!
「赤点なんて取らないわよ! そのために勉強してるんだから! なんとしても櫻子……サクラ姫は取り戻すわ! かかってきなさい!」
「ほお。口だけは達者だな。なら、そのユーフォ―ごとぶっ潰してやる!」
「ユーフォニアム吹きが一番腹立つセリフよそれ! もう頭に来た! どっちがサインでコサインか知らないけどどうでもいいわ!」
サーインとコサーインが飛び掛かってくる。
私はさざ波のユーフォニアムを抱えたまま後ろにジャンプでさがり、「水辺に願いを」の冒頭数小節を吹く。
するとユーフォニアムのベルから水が湧いてきて、私の周りに水の衝撃波が発生した。
サーインとコサーインは水の衝撃波に当たると断末魔を上げて消えてしまった。
するとどこからかおどろおどろしい声が聞こえてきた。
「サーインとコサーインを倒したか。ぐふふふふ。よかろう。ならば、俺は倒せるか?」
私の目の前に、真っ黒で巨大な鬼が現れた。角は5本あるが全てθになっている。こいつが魔王タンジェント…!
「諦めろ。お前に俺たちは理解できまい。」
「何をー!!!」
魔王タンジェントは三角形のビームをブーメランのように飛ばしてくる。
弾速が早い! これは避けるのに専念しないと!
さざ波のユーフォニアムを抱えて必死に避けているが、全くらちが開かない。
隙を見ては水の衝撃波を放つが、衝撃波がタンジェントに当たってもびくともしない。
「どうした。さっきまでの威勢はどこに行った。ん?」
「うるさーい!」
と言っても、銀色に輝くさざ波のユーフォニアムに映る私の顔は泣きそう……映る……反射……もしかして!
「来なさいタンジェント! 撃ってみなさいよ!」
「ほお。覚悟ができたか。ならば、出来るだけ楽に行けるようにしてやろう。」
タンジェントが大きく構え、特大の三角形のビームを撃ってくる。
「食らえええええ!」
「それはこっちのセリフよ!」
啖呵を切るとすぐ、「水辺に願いを」の冒頭数小節を吹いて衝撃波を出す。
水の衝撃波は三角形のビームを跳ね返し、それはタンジェントを切り裂いた。
「そんな……馬鹿な……。この俺が……。」
タンジェントは黒い粒子となり、消えてしまった。
タンジェントは倒したけれど、櫻子姫……もといサクラ姫は一体どこに?
図書室を探索していると、貸し出しカウンターと思われる場所に、一冊の本があった。
その本は、黒い皮で出来た表紙に、無数の数式が刻まれていた。
サクラ姫が捕らわれているのは、たぶん、この本だろう。
本を手に取り、開く。
すると、開かれた本はピンクの光を発した。
まぶしくて目がくらみ、目を一瞬閉じてしまった。
「ありがとう。魔法使いコト。私がサクラ・ウィステリア姫です。」
目を開くと、藤枝先生にそっくりで、服は薄紫色のイブニングドレスを着た女性がいた。
肌は白くて透き通ってるみたいで、鎖骨がくっきりと浮かんでいる。
艶のある黒髪はまとめられて白い首筋が見える。
普段の藤枝先生はブラウスで隠しているその首筋と鎖骨の美しさに、目を奪われてしまう。
首にはピンクサファイアだろうか、桜色の宝石のネックレスが輝く。
唇はいつもの藤枝先生と同じローズピンク。
可愛い! 藤枝先生がおめかししたらこんな感じなのか!
「藤枝先生……じゃなくてサクラ・ウィステリア姫、ご無事で何よりです。貴女のお姿を見たら……ほっとして……眠く……ふわああああ。」
眠くてふわふわふらふらする私をサクラ・ウィステリア姫が抱きとめて、膝枕をしてくれた。
あ、もう私、これでいいです。これが最大のご褒美です。
「魔法使いコト! 起きてください!」
眠りに落ちていく私をサクラ姫が揺り起こす。
魔王タンジェントは倒したのですからもう少し貴女の膝で眠らせて……。
「コト! コト! 起きて……。」
「琴葉。琴葉。起きて……。」
「サクラ姫……。貴女はお美し……。」
「琴葉……。」
琴葉……?
はっ!!!!!!!!!!
ここは! ……いつもの高校の図書室だった。
どうやら勉強中に寝てしまっていたらしい。
「美しいサクラ姫、だなんて。一体どんな夢を見ていたのかしら。清永さん?」
え。顔を上げると目の前にはサクラ姫……ではなく藤枝先生がいた!
「ふ、藤枝先生!!! ……先生がお姫様になって、私が魔法使いになって、さらわれた先生を助けに行く……そんな夢でした。楽しかったです。」
「まあ。一寝入りしたなら勉強も捗るでしょうね。ふふ。また休憩の時にでも、夢の話を聞かせてちょうだい。」
……最後のほうの膝枕は恥ずかしいから端折ろう。
「そのお話は明日にでもゆっくりします。ごめんなさい。図書室で寝てしまって。今から真面目にやります。」
「まあ、ここはあくまで自習の場だからとやかくはいわないわ。休憩は、必要だものね。」
「そういえば先生も時々、図書室でうとうとしてるって言ってましたね。」
「まあ、変なことまで覚えているのね。清永さんらしいわ。」
「えへへへ。大好きな藤枝先生だからですよ♪」
「まあ。ふふ。それじゃあ……頑張ってね。」
「はい。」
時間は17時半。1時間勉強して30分くらいは寝てたことになる。
さて、サーインとコサーインと魔王タンジェントの討伐に向かいますか。
教科書とチャート式を開きなおし、私はさざ波のユーフォニアム……ではなくユーフォニアムのマスコットが付いたシャープペンと消しゴムを持って討伐に向かった。
今日も、藤枝先生と同じ空間に長く居たかったが、眠気と疲労感が酷かったので、今日は早めの18時半に帰路に就いた。
<後書き>-------
(2022/11/04 追記)
作者はサインコサインタンジェント全くわかりません。
あと数列もわかりまちぇん。
作者の数学の成績は毎回赤点すれすれでした。
(いいもん! 現代文だけ良かったもん!)
……中学なら一度だけ国語で学年1位取ったことあるんですが(本当です)。
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