15. 中間テスト対策は図書室で、そして思わぬ甘い罠? 3

 藤枝先生は本とバーコードの紙と背表紙のシールと、ハサミと定規と、ウラ紙のついたカバーフィルムもといブッカーを持ってきた。

「座ったままでいいわ。机の上を片付けてちょうだい。」

 出しっぱなしだった英語のノートや単語帳を片付ける。

 藤枝先生は私の前にブッカーとバーコードの紙と背表紙のシール、本とはさみと定規とを置く。

「バーコードは……この図書室では下から約2センチで中央寄せね。このあたりかしら。」

 指示されたところへバーコードを貼る。

「分類のシール……これは日本の小説だから913.6なの。なんで小説が913.6なのかは、日本十進分類法にほんじっしんぶんるいほうに基づいているのだけれど、その話だけで最低1時間はかかるからとりあえず、日本の小説は913.6ということにしておいて。これは背表紙の下から5ミリね。」

 ジッシンブンルイホウ、また今度教えてもらおう。

 シールは指示通り貼る。

「まずブッカーを本に合わせて切るわ。天地……本の上と下ね、が均等な幅になるようにブッカーの上に本を置いて、小口……本の外側ね、が3センチくらい余るように置くわ。」

 藤枝先生は椅子に座っている私の後ろに立つと、右手で私の右手を、左手で私の左手を掴み、私の頭の上越しに自分の頭を出して机を見る格好になった。

 私の頭に時折、柔らかい何かが当たる感触がある。

 先生! 先生! 先生の白くて綺麗な手で私の手を掴まれているのもドキドキしますが、その、その……私の頭に当たってませんか! 先生の……胸……。

 決してそう大きいわけではないはずである。それでも……ああ、全校生徒を探しても藤枝先生の胸の感触を知った生徒なんて私以外にいるはずがないでしょう!

 いつか、コッペリアの本を探した時、先生の上着から嗅いだような甘い香りに私は包まれる。

 心臓の鼓動が激しくなっていく。顔はどんどん火照っていく。

 せんせい、これは、わざとですか。

 「左右の小口がそれぞれ3センチくらい余るようにブッカーの大きさを決めていくわよ。今決めた位置から本を反対に倒して、反対の小口からも3センチになるように測ってブッカーを切るわ。」

 藤枝先生は私の手を取り、作業をする。

「この位置ね。さあ、ハサミで切ってちょうだい。」

 藤枝先生は私の手を離し、私の後ろから私の横へ移動する。

 私は過去数分間の出来事を反芻し、深呼吸し、心を落ち着ける。

「すう……はあ……はい。」

 私はハサミでブッカーを必要な長さに切り取る。

「次は本のカバーの折り返しの角を三角に切るわ。こうすると本の本体とブッカーの貼り付く面積が増えるのよ。」

 指示通り日本のカバーの角を切り落とす。

「ブッカーを半分に折って位置を決めるわ。折ったら……ブッカーの端を4センチくらい剝がして。」

 指示通りブッカーを追って印をつけ、ブッカーの端を指紋がつかないように剥がす。

「さっきの真ん中の折れ目に本の背を置いて。置いたら、さっき剥がしたところに向けて本を倒して、ブッカーと本をくっつけるの。」

 指示通り、少しだけ剥がしたブッカーと本とをくっつける。

「あとは定規で手前から奥に向かって押し付けながら貼っていくわ。少しだけ私がやるわね。」

 藤枝先生は慣れた手つきで、定規でブッカーを本の表紙に貼り付けていく。私は藤枝先生の後を真似して貼っていく。

「貼れたら次は、ブッカーの角を三角に切り落として、小口と、天と、地とに端を折り込む。小口が先ね。このとき、本を開きすぎると本が閉じなくなるから、あまり開かないで。」

 指示通り、角を切ってブッカーを折り込む。

「次はブッカーを引っ張って、背表紙に貼り付けるわ。気泡入りやすいから気を付けて。」

 慎重に貼り付ける。やった! 綺麗に貼れた!

 綺麗に貼れてニッコリする私に藤枝先生は微笑んでくれる。

「反対側の表紙もさっきと同じ要領ね。今度は最初から貴女がやってみて。」

 定規を使い、慎重に、裏表紙にブッカーを貼っていく。

「今度もさっきと一緒よ。背表紙の上下の余るところは切り取るわ。これで完成よ。」

 ブッカーの角を切り落とし、小口と天と地とに端を折り込む。そして背表紙の上下で余ったブッカーを切りとる。

 やった! 初めてだけど綺麗にできた!!

「やったー! 綺麗にできました!」

「うっふふふふ。初めてでこれは素晴らしいわ! 本当に貴女に時々手伝ってほしいくらい!」

「えへへへへ。先生に頼ってもらえるなんて嬉しいです!!! これからアンサンブルコンテストで、金管8重奏に組まれたのでまた忙しくなりますが、また部活が休みになったらやりに行きますよ!」

「そういえばそんな季節ねえ……。私もバスクラだったからクラリネット重奏に呼ばれていたわ。懐かしい。また余裕が出来たらお願いするわ。」

「それにしても……時間かかりますねこの作業。」 

「だから一人でやるのは大変なのよ。時々、手先が器用な他の先生にお願いするくらいだわ。」

「うわー……。」

「と、いい息抜きにはなったかしら?」

「ちょっと疲れましたけど、勉強と違うところで頭を使ったのでいいリフレッシュになりました! 今…18時半ですね。」

「あらいやだ。思ったより時間使ってしまったわ。テスト期間中の貴重な時間を使ってしまって、ごめんなさいね。片づけは私がするから、貴女は勉強の続きをしてちょうだい。」

「いえいえ。私がやりたいって言いましたから! それじゃあ、古文単語の暗記やります。」

 古文単語集を開いて暗記用赤色シートをいじりながらぶつぶつ言う私の横で藤枝先生はブッカーやらハサミやらを片付ける。

 さきほどまで藤枝先生と過ごした夢のような時間のおかげで、とても今は気分よく古文単語と向き合える。

 ふと、私は藤枝先生に気になったことを尋ねる。

「先生……香水か何か、付けてるんですか?」

「ええ……。髪と胸元に、ラベンダーの練り香水を、ね。きつく匂い過ぎないから、練り香水は好きなの。ごく少量にすれば、図書室の本にもにおいは移らないから。自分だけわかるくらいの、ほんのかすかな香り。でも……今日の貴女には、わかったようね。」

「いつか、先生の上着を届けに行ったとき、あの上着からも同じ香りがしたんです。先生のこの香り……甘くて、好きです。」

「ふふふ。本当に、貴女は可愛いわ。……ちょっとだけ、貴女にもつけてあげる。」

 藤枝先生は上着のポケットから練り香水を取り出し、人差し指に少し取って、私の左手の手首の内側を優しく撫でる。

 私は、左腕から感じる藤枝先生の指の感触にうっとりしてしまう。

 今日はなんて幸せなのでしょう。こんなに長い時間、貴女藤枝先生に触れていられるなんて。

 私はすぐ香りを確かめる。先生とお揃いの、甘い香り。

「もし他の先生に何か言われても、ハンドクリームだと言い張ればいいわ。さっきのレベルまで近づかないとわからないと思うからよっぽど大丈夫だと思うけれど。……お揃いね。」

「はい、ありがとうございます。……先生とお揃い。すごく幸せです。」

 お互いの香りが確かめられる位置のまま、私と藤枝先生はそれぞれ勉強と仕事とをこなしていく。

 気が付けば、既に19時を回っていた。

「あら、いけないわ。貴女は帰りなさい。……本当に、気を付けて。貴女に何かあったら私……立ち直れないから。」

「……はい。また、明日もここで勉強します。……さようなら、藤枝先生。」

 藤枝先生とお揃いの香りを纏い、うっとりと、幸せに包まれて、私は帰路についた。

 帰宅した後、私は手を洗うのも入浴するのも、すごく惜しかった。



 琴葉を帰した後、藤枝櫻子は手に残ったラベンダーの香りと琴葉に触れた感触をいとおしみながら、自らの行いを思い返していた。

「ええ、貴女の手に触れ、貴女に近づいたのは全てわざとよ。私は……貴女に触れていたいわ。教師として許されざる行為だということも承知の上。私は……貴女が好きよ、琴葉。私から貴女に好きと伝えることは、決してしないわ。それが……私の義務だから。ああ、琴葉。私は、貴女を苦しめているのかしら。」



<後書き>-------

(2022/11/04 追記)

 櫻子さん司書としての本領発揮。作者も司書資格を持っているのでこのシーンは書いていてすごく楽しかったです。


 ブッカーの貼り方はこちらを参考にしました。


https://www.booker.co.jp/user_data/service.php


 琴葉と藤枝先生は、恋に落ちたのをそれぞれ自覚したようです。

 いちゃいちゃし始めた2人。やっぱりいちゃいちゃシーンは書いていて幸せです!

 書いてたらどんどん筆が乗って甘々に……。というか櫻子さんが本気を出し始めた。

 この2人、まだ付き合ってすらいませんよ……!

 櫻子さんは真面目な教師なので、琴葉の前では一いち教師、藤枝先生であり続けようとしています。

 琴葉もまた真面目なので、藤枝先生を好きにはなっても、好きと明言したら教師と生徒の関係が崩れてしまい、藤枝先生と一緒にいられなくなると思っています……が、今回の話でその状況は変わってきているようです。

 真面目ゆえに堅物で、不器用な2人の恋の行方をどうぞ見守りください。

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