第10話 危ないホームシック

『ねえ聞いて? 私旅に出てから毎日食事作ってるのよ?

 だから料理スキルがどんどん上がってるの。

 カナイ村へ戻ったらマールにも食べさせたいし、覚えたレシピを教えてあげたい。

 でもまだ目標には届いていないからもう少し待っていてね。

 もうすぐレベル4になれそうだからまだ頑張りたいの。

 ちなみにお酒はあんまり飲んでないし、もちろん元気にやってるから心配しないでね

 マールに会わせたい人もいるから、村へ戻る時に連れて行くね』


『ミーヤ、元気そうでなによりです。

 まさかお料理の楽しさに目覚めていたなんてビックリよ。

 早く一緒にお料理が楽しめると嬉しいわね。

 街で流行のレシピ、どんなものか楽しみにしています。

 私に会わせたい人と言うのはどんな方なのか楽しみよ。

 そう言えばリグマさんと言う方はまだ到着していません。

 コラク村は大部遠いのでまだかかるのでしょう。

 こちらへ着いたら相談したいので連絡しますね』


 マール…… ああ、マールに会いたい。この数日は毎日のようにマールの夢を見ている。スキルもレベルも順調だけど、同じことの繰り返しで飽きてきちゃうし、もしかしたらミーヤには向いてないのかも、なんて考えてしまう。


 こんなに弱気になるのも長いことマールに会えていないからだ。チカマもレナージュも、イライザだって優しくてそれぞれにいいところがあるけど、やっぱりマールだけは特別だ。


 この世界で一番最初に手を差し伸べてくれて抱きしめてくれた優しいマール…… 会いたいよ……


「ミーヤさま、だいじょぶ?

 もう起きてるの? 泣いてるの?」


「あらチカマ、おはよう。

 ないてなんかいないわよ、ちょっと寝ぼけていただけ」


「それならいいけど…… 飴玉舐めて元気出る?

 まだいっぱいあるよ?」


「ありがとう、でも平気よ。

 さあ、顔を洗ったら朝ごはんの支度しようかな。

 チカマも顔洗ってあげるわよ?」


「自分でできるもーん。

 でもお水だけおねがい」


 もう、仕方ない子ね、なんて言いながら表へ出て鍋に水を張った。ミーヤとチカマで交互に手を入れて顔を洗っていると、長年こうして過ごしてきた姉妹のように感じる。だから別に寂しくなんかない。


 夢のことで少し落ち込んでいたが、チカマと話していたら大分元気になってきた。そこへイライザとレナージュもやってきた。


「昨日チカマもレベル3になったことだし、今日から三合目から四合目の間へ行こう。

 そろそろレナージュも何とかしないといけないだろ。

 四合目を超えると魔獣ばかりになるから、十分注意してはぐれないようにな。

 三合目から山肌を進んだところに湧水が出ている場所があるから、そこを中心に探っていこう」


「光る苔が生えているところね、持ち帰ったらいい値段で売れるわよ?

 それにしても、チカマは思っていたよりもセンスいいわねえ。

 隠れたり切り付けたりの押し引きが良いって言うのかな、まあそんな感じ

 私はもっとのんびりでも構わないけど、今の二人なら四合目以下なら余裕でしょうね」


「ボクお姉さんだからミーヤさま守る。

 頑張って強くなりたいの」


「チカマったら、いつも私の嬉しいことばかり言ってくれるのね。

 うれしいわ、期待してるわよ」


 こうして今日の目的地が決まり、戦乙女四重奏はローメンデル山を登って行った。



 一時間ほど経ったころ、三合目にある湧水地点へ到着した。ここまでは小型の魔獣がいたくらいで順調な道のりだ。今や鎧鼠も簡単に倒せるようになっている。


 少しだけ休憩することにして、各々でのどを潤したり干し肉をかじったりしていた。チカマのほっぺたは丸く膨らんでいて、飴玉を転がしているのが丸わかりだ。


 その時メッセージが届いた。まさかマール!? 思わず顔をゆるめながら確認すると、リグマからだった。どうやらカナイ村へ向かう途中で馬車が使えなくなり、一部の人たちが立ち往生しているらしい。乗り捨てて歩いていくため、到着までまだ日を要するという連絡だ。


 そのことを村長へ連絡すると、すでに家を建てる場所は確保してあるので、いつ到着しても問題ないとのことだ。まったくこの世界の人たちは本当にいい人ばかりだ。いつか頭のいい悪人でも生まれることがあったらすぐに騙されてしまって大変だろう。


 リグマへは村長へ連絡しておいたので、道中十分注意してゆっくり確実に向かうようにと言っておいた。当面の食糧に問題は無いそうなのが安心材料だ。


「さてと、そろそろ行きましょうか。

 ねえミーヤ? そのナイトメアには何かさせないの?

 使役している生き物だってレベルやスキルの上昇があるから鍛えた方がいいのよ?」


「でもこの子を戦わせたら私たちの分が残らなくなるわ。

 ぜいたくな悩みだけど、この辺りでナイトメアは強すぎちゃう」


「そうなんだよなあ、いっそのこと四合目の看板まで行って、その先へ放牧するのも手なんだけど……

 魔鉱は全部無駄になるしマナー違反でもあるわな」


「でもまだ一度も他の冒険者に会ってないし、誰もいないなら構わないんじゃない?

 先に入ってるらしい人たちは八合目とかその辺らしいしさ」


「でも下ってくるかもしれないだろ?

 相手の素性や予定がわからないから、あんまり勝手な事や無茶はできないな」


「レナージュ? イライザの言う通り、誰かに迷惑かけてまで自分たちを優先するなんてダメ。

 戦乙女の名に恥じる行為は避けないとね」


 二人に諭されてレナージュがしょげてしまった。良かれと思って言ってくれたことだし、責めているわけでない。そのことはすぐにわかってくれたのだが、やっぱりこの付近では歯ごたえがなく、少し退屈なのかもしれない。


 そんなことがあった後も散策は進め、湧水ポイントから四合目へ向かう獣道を歩いていた。するとカーキ色の岩肌が見えてきた。


「この辺りは石巨人(ストーンゴーレム)の住みかだからな。

 ミーヤは普通に殴ればいいけど、チカマは関節を狙って剣で刺すんだ。

 切ってもなかなか攻撃が通らないから注意しなよ」


「わかった、やってみる」


「OKイライザ、レナージュも援護よろしくね」


 片手を上げて返事を返してきたレナージュは、今まで背負っていた矢をしまい、先端が鉄球になっている矢のセットと交換していた。なるほど、こういう刃が刺さりにくい相手に使うこともあるのかと、以前武器屋で買っていたときのことを思い出していた。


 そろりそろりと慎重に進んでいくと、突然岩肌が動き出した。


「なんで!? 気配ない

 いるのわからなかったよ?」


「こいつらは生物じゃないからな。

 動いていない時は探知にかからないんだよ」


 驚き焦るチカマへイライザが単純明快な答えを教えている。なるほどそう言うこともあるのか、また一つ勉強になった。と思いつつも、何のための勉強なんだろうとミーヤの頭に疑念が浮かんでしまう。


 その一瞬が命取りになるのが戦闘だ。かわすのが遅れてしまったミーヤは、岩巨人の振り回した腕に跳ね飛ばされて大きく吹っ飛び岩肌へ叩きつけられる。


 視界には砂煙ばかりが映り、他には何も見えない。早く動かなくては、横か、上か、身体を動かす前に頭で考えてしまって反応が鈍る。


「ミーヤ!」


 イライザから魔法が飛んできてHPが回復するのがわかる。しかしそれでも体が動かない。足元が痙攣しているようで身動きが取れないのだ。


 その時目の前の砂煙がスッと晴れた。いや違う、岩巨人が両腕を広げ十字のようなポーズをしながら回転しているのだ。その風圧で砂煙は晴れてくれたが、あんな一撃を喰らったら大ダメージ間違いなしだろう。


 万事休すかと思ったその瞬間、レナージュの矢が岩巨人の頭を直撃した。回転を止めた巨体は矢を放ったほうへ向きなおるとノシノシと歩いていく。その隙にチカマがものすごいスピードで岩巨人の膝辺りを切りつける。すると巨人は膝を折って地面へ倒れ込んだ。


 立ち膝のまま動かなくなる岩巨人だが、どうやら防御の構えの様で攻撃がそれほど通っていない。それでもレナージュの鉄球矢が頭に当たるとかばうようなそぶりを見せる。


 ようやくしびれが取れたミーヤは、遅ればせながら戦闘へ参加し、弱点らしい頭を蹴り飛ばした。やはり頭が弱点の様で攻撃を嫌がっている。


 ミーヤがもう一度頭をけった瞬間、悶絶しながらミーヤへ向かって振り返ろうとした岩巨人の頭は、チカマの得意な空中から滑空切りを受けて胴体と切り離された。


 岩巨人を倒したそのままの勢いでチカマが駆け寄ってきて抱きしめてくれた。レナージュはホッとした顔をしながら矢を拾っている。イライザはその場に残された魔鉱を回収しながら一声かけてくれた。


「油断か考え事かわからないが、不意打ちをもろに喰らっちまったな。

 ダメージはそれほどでもなかったかもしれないが、巨人系の打撃には気絶効果があるんだよ。

 意識があっただけまだマシってところか」


「心配かけてごめんなさい、まさかそんな攻撃があるなんて……

 でもイライザの指摘通りで少し注意力が散漫だったのは確かよ。

 ちゃんと集中していないとダメね」


「無事でよかったわ。

 でもちゃんと頭が弱点だって分析できたのは偉かったわね」


「そうだな、やっぱり経験して覚えることも大切だしよ?

 万が一にもあの程度にやられちまうこともないだろうさ」


「イライザ試した。

 僕わかってるよ?」


 チカマの言葉を聞いたイライザとレナージュは、顔を向き合わせてから知らん顔をした。そうか、どんな攻撃があるのか、どうしたら倒せるのかを自分たちで考えさせる目的があったということだろう。


「それにしてもチカマの最後の攻撃凄かったわね。

 空中から両手でこう、スパーンって感じ?」


 ミーヤはうまく説明できなかったので、先ほどの攻撃を真似して胸の前で腕を交差させた。チカマは得意顔でそれを見つめている。


「あれは剣術の武芸技だろうな」


「知っているの!? イライザ!?」


「アタシは棒術使いだから詳しくないが、おそらく斬撃衝撃波(ソニックスラッシュ)だよ。

 それを滑空して出すのはチカマのオリジナルだな。

 料理と違ってレシピみたいな旨みは別にないが」


「チカマすごいわね!

 オリジナルの技だって!」


「ボク頑張った? えらい?」


 偉いに決まってる。もう偉すぎてかわいいと言いながら、チカマをいつものように抱きしめて頭をクシャクシャにかき回すミーヤだった。

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