クロの日課
朝はまず、ご近所集会だ。猫のな。
あいつら知性はちょっと足んねえけど、フットワークが軽いぶん情報網はバカにできねえ。
それになんだかんだ言って、猫社会の
そこで得た情報をもとに、本日の餌場分担を決定する。
今日は商店街の魚屋の裏が狙い目だとか、でもご主人は昨夜の夫婦喧嘩で気が立っていて危険なので猫数が必要だとか、そんなハナシだ。
賢明なるオレは、ここじゃ目立たないよう大人しくしてるから、貧乏クジで我慢しといてやるぜ。「能ある猫は爪を隠す」ってな。
そこらの猫を見てみろよ。
そんなわけで、昼メシは大抵カラスと奪い合うか、公園のベンチで寂しい背中をしているサラリーマンに話しかけて、おこぼれちょうだいできたらラッキーってなもんだ。
まあ、オレは野良じゃないからがっつかなくても平気だしな。ただこういうのは、仲間意識を示しとくのが大事なんだよ。
昼飯が済んだら、公園横の茶色いマンションに向かう。
二階端っこの住民は、この時間になると三種の神器をそろえて修行中だ。
なんでも昔の偉い人をリスペクトして、形から入る修行らしいけど……
オレはいつも、昼ドラが終わったところを狙ってベランダに侵入する。おばちゃんが修行を一時中断して「トイレ、トイレ」と唱えながら奥に消えるからだ。
おばちゃんが神器を補充して修行を再開する頃には、オレも室外機の特等席にスタンバイ完了。ワイドショーをご一緒する。
でもこの特等席、イイ感じにあったかいんだよなあ……。微妙な振動といい、アレは反則だ。
おっと、気づけばもう、スポーツコーナーか。
オレはスポーツやんねえから、ここらでお
そうこうするうちに、子供たちの下校時間。その日、足の空いてる猫たちで分担して通学路を見守りだ。
ただし、オレたちは不審者から子供たちを守るわけじゃない。そっちはニンゲンの担当な。まあ、いざとなったら爪くらいは貸してやるけどさ。
こっちはこっちで、仔猫なんかがうっかり通学路に出てきちゃわないか、それのほうが心配だぜ。見つかったら最後、何をされるかわかったもんじゃない。
特に危険なのは雨上がりだ。あいつらの傘が凶器と化す。
(あと、たまにお菓子持ってる子供もいる。そういう時は、仔猫たちGOだぜ!)
通学路の賑やかパレードが終了すると、猫たちも三々五々帰っていく。野良は住処へ、飼猫は飼い主の元へ。
だけどオレは、姉ちゃん帰ってくるまでまだまだ時間あるしなあ。
今日は、どうしよっかな。
タケシん家で新作ゲームやるみたいだったし、観戦しに行ってやろうか。それとも、今のうちに学校とか忍びこんじゃう?
駅前の商店街もいいな。あそこの美味そうなコロッケ、誰か分けてくんねえかなあ。くうぅ。オレもこっちの世界で、先立つものが必要だぜ。
「…………ロ、……クロ」
「うう~ん、もう食えねえよぉう」
「クロ、起きて。平野くん、帰ったよ」
「ふぁ!? 寝てない寝てない! 大丈夫、ちゃんと聞いてたぞ。アレだろ? データ蒸し焼きにして、群馬のナスビをチョビっと抽出して……」
「フフッ、お見送りできなくて残念だったね。あんたが気持ちよさそうに寝てるから、起こすの忍びないってそっと帰っていったんだよ」
姉ちゃんは容赦なく起こしてっけどな。
「平野くんが持ってきてくれたおやつ、ちょっと食べてみる?」
「食べる~!」
「そうだね、それより向こう行って夕食にしようか」
うにゃあ~、オレの話を聞けぇ!
姉ちゃんがオレの脇の下に手を入れてひょいと抱き上げる。そうするとオレは自然と、両手を前に出すカタチになる。
迫り来る谷間。そのまま「何のこと?」ってしらばっくれると、頭から突っ込むハメになる(経験済だ)。しゃあねえ、肉球ハンコ押してやるか。ポスッとな。
扉をひらいて、すぐさま姉ちゃんの手から逃れる。飛び降りるときにふと、窓の外が見えた。
街灯がポツンポツンと夜の街を寂しく照らしている。
そういや最近、お散歩行ってねえなあ。
みんな、どうしてっかな。
「クロ? 先行くよー」
わわ、待て待て! そこはキャット・ファーストだろ!!
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