Q.E.D.


「さあ~さあ、寄ってらっしゃい、酔ってらっしゃい! 美味しいお酒があるよ! なんと今なら、タダで飲めるよォ~!」


 屈強な戦士アクスの大声が、広場に朗々と響き渡る。吟遊詩人ぎんゆうしじんリュートは即興で、軽快な音楽を奏でて場を盛り上げる。

 つられて足を止めた通行人たちを、待ち受けるのはアナログ・ヒラノ。


「はいはい、一人一杯ずつですよ! 各種類一杯ずつ飲んで、どれが美味しいか比べてみてくださーい! あ、ケイオウさん、早く空いたグラスさげて」


 機動力が売りの弓使いアーチャーは、遠方までビラ配りに出かけている。

 そして名高き大魔術師ケイオウは、


「うへへ、ネエチャン、ちょいと二人で抜け出して、ええ~コトしようや」

「ダメですよっ! 先輩はこの実験の総監督なんですからね。ていうかケイオウさん、もしかして飲み残しのお酒、全部飲んじゃったんですか!?」


 ケイオウはまあ、いいとして。


「ほれ、見習い。おまえもシャキシャキ手伝えよな」

「くっ……。なぜ僕たちが、こんなことを」

「いつまでもイジけてたら、カッコ悪いぞ」

「イジけてなんていませんから! だいたい、僕たちは……」

「おうおう。大人たちは、文句言わずに働いてるぞ? ガキは口先だけで、なぁ~んにもできねえのか?」


 文句どころか、嬉々として手先になってやがるけどな。


「フ……、いいでしょう。そこまで言うなら、仕方ありません。今の言葉、後悔させて差し上げますよ」

「お、何だ? やるのか!?」

「師匠直伝のこの秘技を、ついに使うときが来たようですね。口先の力を思い知るがいいですよ」


 メイジは何やらブツブツ言いながら立ち上がると、道行くおばちゃん三人衆のもとへ直進した。


「あの、こんにちは! 美しいお姉さんたち。あのね、僕、ちょっとお姉さんたちにお願いしたいことがあって……。ダメですかぁ?」

「あらまあ! お姉さんですって」

「美しいですって、オホホ」

「どうしたの、坊や? 困ったことがあるなら、に何でも言ってごらんなさい」




 こうしてスラッしゅの街頭試飲会は、盛況のうちに幕を閉じた。

 そして広場が夕焼けに包まれる頃――


「さあさあ、魔女どの! こっちも飲んでみてくれ。最近王都で流行りの果実酒だ」

「ああ、麗しき魔女よ。貴女にはこの、清らなる聖酒を捧げよう」

「魔女にそんなモノ飲ませるやつがあるか! ワシは断然、このどぶろくがオススメじゃな」

「ありがとう。どれも美味しそうだ」

「グヘヘ、お礼はカラダで……」

「お触り禁止ですっ!」


 まぁた酒宴になっちゃったよ。


 みんなが周りのお店で買ってきたお酒を、一通り平らげたところで、姉ちゃんは冒険者たちに訊ねた。


「そういえば、聞きたいことがあるんだけど」

「おお、なんなりと」

「法律関係に詳しい人、知らないかな。特に酒造とか、販売について」


 そういや姉ちゃん、言ってたな。酒を造ったり売ったりに関する法律を調べなきゃいけないって。


 するとアクスのおっさんが、いきなり豪快に笑いだした。


「法律? 法律ですかっ! ガハハ、法律ならば、このリュートにお任せあれ」


 細っこい吟遊詩人の首に、ぶっとい腕を回して引き寄せる。うえぇ、見てるだけで苦しくなりそうだぜ。

 そうしてホールドした頭を、反対の手で指差して言う。


「なんてったって、王国の法という法は全て、ココに詰まっているからな!」


 おお、意外な人材が転がってるもんだ。


「コホン。ええ……それでは」


 リュートが、みんなの前へ進み出た。

 そして大きく息を吸い込むと――


「アアア~、王国法第二十八条~……。王の晩餐会にィ~きょうする酒はァ~……」

「ほえっ? なんだ!?」

「ああ、すまん、すまん」


 アクスのおっさんが、またガハハと笑いながら詫びる。ていうかそれ、言葉と態度が全然一致してねえんだぞ。


「リュートは全ての法律を暗記しているが、歌わないと思い出せないんだ」


 その横で吟遊詩人は歌い続ける。歌声は広場によく響き渡った。


 さっき、試飲で余った酒を姉ちゃんとおっさんたちで平らげて、おまけに追加で酒盛りだからな。喉の開きがいいんだろう。


「さあて、それではワシが一つ、舞を披露しようか。それ……アガッ!?」

「ううっ、いい歌だよ、リュート。いい歌だよぉおおぉうおおーんっ」


 いい歌って……中身法律だけどな。


「うへへ、ネエチャン、ええ~チチしとるやないか……」


 うおい、番犬平野くん、出番だぞ! 仕事しろ……って、反対側でスピーしてるや。


 そして姉ちゃんは、空きグラスの林を植林し続けている。


「なんか……、ちょっと、同情するぜ」


 端っこで一人ポツンとふて腐れた顔しているメイジを見つけて、オレは隣に座った。


「いえ。いつもは、こんなんじゃないんですよ。尊敬する冒険者のみなさんです」

「うん」

「ていうか、魔女のせいですからねっ!? あの人が全ての元凶じゃないですか」

「なんだとっ! 姉ちゃんはべつに、強要とかしてねえだろ。おっさんらが勝手に飲んで酔っ払ってるだけじゃねえか」


 姉ちゃんは、恐ろしい魔女なんかじゃねえ。ちょっとイカれただけの、ただの天才科学者だ。


「師匠が言ってましたもん! イイ女は、男を狂わす。酒がいつもの何倍も美味しくなって、つい飲み過ぎてしまうんだって」

「そりゃ、おっさんがアホなだけだ。姉ちゃんは悪くないやい!」

「いいえ! すべて、魔女の陰謀に違いありません。ていうか、あのチチは反則ですよ! あれはもう、世界の半分を破滅に導く凶悪な兵器です! ひいぃっ。これだから、魔女ってやつは!」


 そういうメイジだって、魔術師の見習いだよな。


「魔術師と魔女って、同じじゃねえの?」

「ち、違いますっ。一緒にしないでください! 僕や師匠に、あんな恐ろしい武器が付いていますかっ!?」


 あ、そこなの?


 吟遊詩人が節をつけて法律をそらんじる。戦士が野太い涙声ではやしたて、弓使いがテーブルを叩いて拍子をとる。

 魔術師は独り野球拳を踊りだし……。


 そうしてまた、異世界の平和な夜は更けていった。



  

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