レッツ・パーティー!


 ドンドコ・ズッシン!

 ドンドコ・ズッシン!


 いえーい、週末が来たぜ。みんな、盛り上がってるかぁーい?


 ドンドコ・ズッシン!


 腰の太鼓を打ち鳴らす。

 オーガさんも、ノッてるかぁーい?


 ドンドコ・ズッシン・ズシンズシンズシン……


 わわっ!? 勝手にアップビート禁止ぃ!!


「姉ちゃんっ! どうしよ! オーガがやる気なっちゃったよ!?」

「そのまま、ポイントⅮに誘導。そこからは一定の距離を保って」

「うえぇ。んなこと言われても!」

「音は続ける!」

「ひぃん」


 仕方なく、太鼓を鳴らしながら指示されたルートをひた走る。


 姉ちゃんの推理によると、オーガはほとんど目が見えてないらしい。

 これまでの遭遇でも、見える位置にいても襲ってこなかったりして、すぐ反応するのは音を立てたときとか、風上にいるときが多かったんだってさ。


 つまり、オレが腰にくくりつけたこの太鼓を叩けば、オーガはやる気アップするってワケだ! ドンドン!


「……って、そんな頑張らなくていいってば。気楽にいこうぜ? な? わわっ、ハナシ聞けよ!」


 鼻息荒いよオーガさん。る気出しすぎて、拳ハンマーのアップ始めちゃったじゃねえか!


 巨大な腕をブン回し、ズシンズシンと迫ってくる。


 うあーん。早く何とかしてくれえええぇーっ!!


「クロ、こっち!」

「お、おう!」


 姉ちゃんの声に従って岩場を回り込む。その上に姉ちゃんは立っていた。そんなとこいて大丈夫? そこじゃ、拳ハンマーの射程圏内じゃねえの。


「姉ちゃん、危な――」

「クロ、さがって! コボボ、行くよ!」

「ハイッ」


 何かが頭上をヒュンッと飛んで、オーガの顔面にべちっと当たった。


 皮がはじけて、中身がとろーと流れ出す。


 そんなんじゃ、痛くも痒くも……って思ったけど、オーガの足が止まったぞ?

 醜い顔をさらに歪めたと思うと、それから、酔っぱらいダンスみたいにフラフラ・ズッシン、フラフラ・ズッシンし始めた。


 姉ちゃんとフリフリゴブリンは容赦なく、続けざまに水風船みたいなのを投げつける。

 次から次へと顔面スプラッシュ!


 漂ってくる香りは、お花畑と、みずみずしい果実と……あと、なんかいろいろ混ぜたのを、強烈にしたやつ。


「某有名メーカー数社の洗剤をかけ合わせた『特製・人工香料爆弾』だ! 化学薬品に慣れないこっちの世界の生物には、キッツ~イだろ」


 岩の上から姉ちゃんの高らかな声が降ってきた。こういうの、マッド・サイエンティストっていうんじゃなかったっけ?


 いつの間にかゴーグルと、防護マスクまでしてやがる。

 たしかにこういう香料って、人間でも頭痛とか起こすことあるらしいもんなあ。……って、オレは? オレ無防備なんですけど!?


「ココボ、今だっ!」

「ハイッ」


 姉ちゃんの合図で、ミノムシゴブリンがピョーンと宙を舞った!


 小さな体は巨大なオーガの頭上を軽々飛び越えていく。

 音と気配に反応したのか、オーガはゴツイ腕を振り上げた。オーガからすりゃ、ゴブリンなんてハエみたいなもんだろう。当たっただけでペシャンコにされちまいそうだ。

 だけどもう、そこにゴブリンはいない。


 とっくに向こうの木陰に避難して、震えてやがるよ。


 強烈な香料に嗅覚をやられているオーガには、そんなことはわからない。目が見えていないってのは本当らしくて、まだそのへんを飛び回っていると思っているのか、両手をめちゃくちゃに振り回している。


 そうして腕を高く振り上げたとき、無防備になった脇を狙って小さな粒々が襲撃した!


 ズバババババッ。


 ゴブリンの豆竜巻と、姉ちゃんの豆バズーカの挟み撃ちだ。

 うん、こないだのやつ、再利用したんだってさ。ちなみにちょっと改造して、威力が増している。


 それでもオーガの硬く分厚い皮膚には、何のダメージも与えられない。弾かれて、パラパラと足元に落ちるばかりだ。


 だけど、まあ、うっとうしいよなあ。そりゃあ、うっとうしいよ。

 オーガは腕をぐわんぐわん振って地団太を踏む。


 おっと、いけねえ。オレの出番だ!


 ドンドコドン! ドンドコドン!

 オーガの正面に立って、ひときわ大きな音で腰の太鼓を打ち鳴らす。オーガはすぐに反応して、巨大な手をオレのほうへ伸ばしてきた。

 あんなのに捕まっちまったら、ひとたまりもねえや!


 一歩下がってドンドコドン。


 オーガがさらに手を伸ばす。

 そこからは、あっけなかった。


 前に進もうとしたオーガは、足元に大量に散らばった豆に足をすくわれた。ズリッと滑ってそのままオレのほうへ倒れ込んでくる。

 そして、ミノムシゴブリンの残していった仕掛けが発動した。


 ゴブリンはオーガの頭上を跳び越えるときに、ロープの輪っかを落としていったんだ。

 その先は、後ろに伸びて枝分かれして、背の高い岩や大木にくくりつけられている。この仕掛けをはるとき、姉ちゃんはベクトルがどうこうっていうやたら長い呪文を唱えていたけど。


「グォウ…………」


 最後は声にならない音を漏らして、オーガの腕がだらんと落ちた。


「やった……のか?」


 オレはまだ信じられない。

 こんなに巨大で、剣も魔法も効かないオーガが、目の前でグッタリしている。……フリじゃねえよな? いきなり起き上がって、襲ってきたりしねえよな?


 十分に距離をとりながら、頭頂を回って姉ちゃんのもとに合流する。

 オーガはやっぱり動かなかった。


「ゴブリンたち、どんな魔法使ったんだ?」

「トドメを刺したのは彼らじゃない」

「え、じゃあ誰? 姉ちゃん?」

「まさか。だよ」

「ほえ? どゆこと?」

「絞首というのは、何も足が宙に浮いている必要はない。体重を効率的にかければ、膝をついた体勢でも致死ダメージになる。ましてこんなに重たそうな体ならね。オーガは、殺されたんだ」


 殺された――その言葉が、今更ズシンときた。


 オーガのハゲた後頭部。オレを握りつぶそうとして、伸ばしたままの右手。追いかけ回してきた太い短足。

 ついさっきまで、全部が憎くて、一刻も早く倒したかった……はずなんだけど。


「けど、なにも殺さなくっても……」

「それは、二足歩行生物だから?」

「え?」


 横を見ると、姉ちゃんはゴーグルを額の上までずり上げて、黒い瞳をオレに向けた。


「クロだって、鶏肉や魚をいつも食べてるでしょ。あんたまで、平和ボケした現代人みたいなキレイごとを言いなさんな」


 風が吹いて、その黒髪と白衣の裾を揺らす。人工香料爆弾の強烈なニオイが少しずつ和らいでいく。


「生物は元来、自己やしゅの存続のために他者の命を奪うもんだ。生きるために他の動物を捕食するし、生存を脅かす外敵を攻撃する。交尾相手を取り合って、仲間を殺すことだってある。それが自然界ってもんじゃないの」


 揺らぎのない強い瞳。

 冷たいだなんて思わない。これがオレの姉ちゃんだって、とっくの前からわかってたじゃないか。


「もし、神が動物を創ったのだとしたら……自分が生きるために他者を犠牲にすることもまた、神が我々に運命づけたことだと思うよ」


 神だなんて、また科学者らしくないことを。

 だけど、応えるように一陣の強い風が吹き抜けた。


 姉ちゃんもオレから視線を外して、風に向き合う。


「あたしたちだって、研究のためにたくさんの動物を犠牲にしてきた。でも、だからこそ、その研究をちゃんとカタチにしたいし、世の中の役に立てたいと思ってる」


 風をはらんだ白衣がバサバサと音を立てる。それはまるで、オレの知らない言葉で、こことは違う次元で対話してるみたいだ。


「動物実験をする人は、動物の命を何とも思っていない……なんて思われがちだけどね、動物の命を軽んじる者こそ、動物実験なんてすべきじゃないとあたしは思っているよ」


 白い背に負うのは、姉ちゃんの研究者としての覚悟だろうか。

 オレの立ち入るスキなんて無かった。


「というわけで、この貴重な犠牲を最大限に有効活用させてもらおうじゃないか。あんたたち、あとはよろしく!」

「はえっ?」


 最後は、ゴブリンたちに向けた言葉だった。


「かしこまりました」


 ゴブリンたちはオーガの周りにわらわらと寄ってきて、ちっこい体で数十倍ある巨体を持ち上げた。運んでいくのは、屋敷の方角だ。

 うおい! そんなパワーがあるなら、おまえらだけで倒せたんじゃねえの!?


「オーガの肉は、美味しいんだってさ」

「へっ? ……なんだよ。もしかして、目的はそれかよ」


 くそう、オレのしんみりを返せ。


 でも、そうだよな。ただ殺すよりも、有難く食べてやるほうがいいよな。


 飲まず食わずじゃ生きられない。これからも、オレは命を食って生きていくんだ。

 だったらオレは、オーガに感謝しながらその肉を食おう。

 それから、鳥さんや、お魚たちにも。



  

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