こんばんは、ボク平野です
「こんばんは~。おじゃましまぁす」
姉ちゃんの部屋で、男の声がしている。
「あっ、これ、コンビニのやつですけど、どうぞ! よかったら」
「え、ありがとう。わざわざ悪いね。お、このプリン、あたしの好きなやつだ」
「そっ、そうですか! 良かった! あの、こちらこそ、遅くにおじゃましちゃって……」
まったくだぜ。だいたい、いつまでそんなとこで社交辞令やってるつもりだよ。めんどくせえなあ。
さっさと用事済まして、帰ってくれよな。
そしたら、あのプリンを向こうに持ってって、姉ちゃんと分けっこするんだ!
プリンは、大丈夫だよな? プリンは液体にならねえよな?
プリンが液体になったら、何だ? 卵液?
「どうぞ、入って」
「ハイッ! お、おじゃましま……あわわわわわ」
わわっ、なんだ!? 真っ白デカい目の化け物が現れたぞ? 奇妙な声をあげながら近づいてくるぞ?
もしかして平野くんって、現代版ゴブリンだったのか!?
平野くんは立ち止まり、白い目玉を取り外して、マフラーの端っこでふきふきした。
あ、なんだ。メガネがくもっただけか。外寒かったんだな。
クリアになったそれをシャキーンとかけ直す。
ほぉう、こいつが「平野くん」か。
うん、なんていうか……フツーだ。
身長は、高くはないけどすごく低くもない。痩せてないけどすごく太ってるわけでもない。イケメンじゃないけど、すごくブサイクでもないし……誰に似てるかで言ったら? ナスビだな。
「よう、いつもウチの姉ちゃんが世話になってるみたいだな」
てか、姉ちゃんがあんたの世話してるってのが正解か。
「ああ、この子はクロウ」
「へえー、クロウくん。こんばんは」
平野くんは背中をかがめてオレの顔を覗き込んだ。
なんだよ。ちょっとオレより背が高いからって……。なんか、ムカつく。
「うわっ!? 何すんだよ!」
「あっ、ごめん。ビックリさせちゃったね。撫でられるの、嫌だったかな?」
オレがとっさに飛びのいてにらみつけると、平野くんも伸ばした手を引っ込めた。
当たり前だ。おまえなんかに撫でられて、嬉しいワケねーだろ!
「先輩、一人暮らしって聞いてたから……。この子にも何かお土産、持って来ればよかったですね」
「ああ、いいよ。気を遣わないで。クロ、あんたは部屋に戻ってなさい」
チェッ、そうはいくかよ。二人きりになんてさせらんねえっての。
姉ちゃんが平野くんをテーブルに座らせたので、オレは二人がよく見えるソファの端っこに陣取った。
「それで、ポスターのチェックだったよね。データ持ってきた?」
ポスターって、選挙の前におっさんの顔がずらって並んでるアレか?
そんで子供が画びょうとか挿して遊ぶやつ。オレ知ってるぞ、アレっていたずらしたら犯罪なんだろ?
「あ、はい! 原稿、持ってきました。あ、ええっと……」
平野くんはわたわたしながら、鞄から四枚の紙を取り出してテーブルの上に並べた。
そっと近づいてのぞき込んでみると、小難しい単語が嫌がらせみたいに細かい文字で並んでる。
うえっ。これ、ポスターなんだろ? こんなん貼ってあっても、誰も読む気になんかならねえし!
べ、べつに、オレが読めないってわけじゃないからな。
この棒がいっぱい並んでるのは知ってるぞ。グラフってやつだろ。
それで、アレだ、一番上のが、タイトルだろ?
それによるとだな、えっと……『ナントカカントカのナントカに関する研究』だ。うん、さっぱりわからん。
でも最後の部分は読めたもん!
姉ちゃん、あとは任せた。
「タイトルからしてなっとらん!」
うおっ、いきなりサンダーボルトLv.20だ。
「そもそもタイトルが『研究』って。研究なのはわかってる。字数をムダにするな。内容もふわっとしすぎ。具体的に何を調べたのかさっぱりわからん」
「あ……、すみません」
やーい、怒られてやんの。
「小学生の自由研究じゃないんだから、もうちょっとアカデミックなタイトルつけようよ。当日は何十ものポスターが並ぶの。ほとんどの参加者は、まずタイトル見て興味あるか、自分の研究と関係あるか判断するんだよ?」
平野くんは返す言葉もない様子で、しゅんとうなだれた。自業自得ってやつだな。
でも優しい姉ちゃんは、そんな後輩クンの顔を心配そうにのぞき込む。
「あのさ、平野くん?」
「あ、はい……。何でしょう、先輩」
「あたしがこれからするダメ出し、二つや三つで済むと思ってんの?」
「えっ……。いや、すみません」
「すみませんじゃなくて、すみやかにメモれって言ってんの! どうせまた、言ったこと忘れんでしょうが」
こうして姉ちゃんの
「イントロのこの部分、過去の研究を引用してるみたいだけど、出典は?」
「あっ、えっと、ちょっと待ってください。たしか……」
「今調べなくていいから、文中に明記しといて。それから、ここはイタリック体にすること。あと、これは商品名だから一般名に直して」
-五分後-
「グラフごとにフォントサイズも字体もバラバラじゃない。それに、図の位置ずれてない? ちゃんとアラインしたの?」
「え、アライン……、アライン……」
「この画像も見にくい。調整した? まさかこれ全部、貼り付けて終わりじゃないよね? 下手くそな図工かっ」
-さらに十分後-
「こんなの、考察になってない。発現量が上がったとか下がったとか、そんなもん結果の範囲でしょうが。そこから何が考えられるかを書け。アサガオ観察日記かっつーの!」
「ひいーん」
「結論は感想文じゃない! 明瞭かつ簡潔にまとめる!」
頑張れ、平野くん……。
○○○平野くんのメモ帳○○○
『ポスター発表』
学会の発表形式の一つで、研究内容を一枚の大きな紙にまとめたポスターを作成します。
学会当日は「ポスター会場」にこれらのポスターがズラリと並び、参加者は自由に歩き回って興味あるポスターを見に行きます。
発表といっても、基本的に発表者はポスターの横に立っているだけで、質問されたら答えます。初心者にもハードルの低い発表形式といえます。
誰も見てくれないと寂しいけれど、誰かが立ち止まってじっくり見てくれたら、それはそれで緊張します(難しい質問が来るかもしれないので)。
たまに、発表者が持ち時間を与えられてポスターの内容を説明するという発表形態をとることもあります。
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