第224話 師弟
第052日―7
「メイ、僕を魔王城に連れてってくれないかな?」
「「えっ?」」
間違いなく、僕の意図が伝わっていないはずのメイとナイア、二人が揃って目を丸くした。
メイが不安そうな表情で問い掛けてきた。
「魔王城に行って、どうするの?」
「銀色のドラゴンさんとアレル達が大丈夫か、ちょっと見てこようかと」
ナイアが口を挟んできた。
「だったら、あたしも一緒に……」
「ナイアさんは、帝都で待っていてもらえませんか?」
「はっ?」
「ナイアさんを連れてったら、魔王エンリルと戦いになるでしょ?」
「当り前だろ? というか、あんたは何しに行くのさ?」
「ですから、銀色のドラゴンさんとアレル達を……」
言い終える前に、ナイアが問いを重ねてきた。
「魔王エンリルが出てきたら、どうするんだい?」
「どうもしないです。あくまでも銀色のドラゴンさんとアレル達が、もし困っていたら、手助けしてこようかなってだけですから」
ナイアは僕の顔をまじまじと眺めた後、ふうっと大きく息を吐いた。
「そういやあんた、魔王を倒す必要あるのかって、前に聞いてきた事があったね」
勇者と魔王の戦いそのものが、魔神の残した呪いの産物と知った僕が、ナイアに発した疑問。
ナイアは探るような視線をこちらに向けながら言葉を続けた。
「まさかあんた、魔王と話し合おうとか、妙な事考えてないだろうね?」
「そこまでは考えてないですよ」
「あんた甘いからさ。魔王に言いくるめられて、あたしらと敵対ってのだけは、勘弁して欲しいところだね」
「大丈夫ですよ。心臓一突きとかされない限り、ナイアさんと喧嘩にはなりませんから」
「……あんた、意外と根に持つね?」
根に持つも何も、いきなり殺されたのは僕の方なんだけど。
心の中で苦笑した後、メイの方を振り返った。
「話を戻すけど、連れて行ってもらえないかな? あ、もしあんまり魔王城に近付きたくなかったら、僕を近くまで転移させてくれるだけで良いよ。後は僕一人で……」
「ダメよ!」
話し終える前に、メイが言葉を
「カケルに何かあったら、私生きていけない。だからカケルが魔王城に行くなら、私もついて行くわ」
メイの言葉を聞いたナイアが、茶化すような表情になった。
「うんうん、カケルクン。ハーミルのみならずメイまで? モテる男はつらいねぇ」
「二人ともそんなんじゃ無いですよ。とにかく、まずは帝都に戻りましょう」
森を抜け、帝都まで戻ってくると、既に日付が変わる時間帯になっていた。
魔王城云々は、明日にした方が良さそうだ。
そう考えた僕は、ナイアに声を掛けた。
「ナイアさん。ご存知だとは思いますが、僕達、ハーミルの家にお世話になっているんですよ。もしナイアさんが今晩泊る所の当てが無かったら、泊めてもらえるかどうか聞いてみましょうか?」
ナイアは少しの間考える素振りを見せた後、言葉を返してきた。
「……そうだね。キース先生が元気になられてから一度も顔を見せていないし、今夜は久し振りにお邪魔させてもらおうかな」
真夜中に戻って来た僕達を、まだ起きていた家政婦のマーサさんが、玄関口で出迎えてくれた。
「カケル様に、
「すみません、ちょっと色々あって……」
説明しようとする僕をそっと手で制しながら、ナイアが言葉を返した。
「こんばんは。ちょっと近くまで来たもので。キース先生のお見舞いがてら、寄らせてもらいました」
マーサさんの案内でキースさんの部屋に向かう途中、ナイアが
「いちいち全部事情話して、余計な心配かけなくても良いさ。あたしらは偶然、近くで会ったって事にしとこう」
僕達が部屋を訪れた時、キースさんは床に正座して、何かの書籍に目を通している所であった。
顔を上げた彼はナイアに気付くと、一瞬驚いたような表情をした後、笑顔になった。
いつも唯我独尊的な態度のナイアが、珍しく、キースさんの前では
「キース先生、お久し振りです。突然の、しかもこんな真夜中の訪問、誠に申し訳御座いません」
「そんな事は気にしなくても良い。それより、勇者の天命を受けたと聞いたぞ。さすがだな」
「まだまだ若輩の身。いまだ魔王を打倒する事かなわず、我が身の不甲斐なさに歯噛みする毎日で御座います」
目を細めて、本当に嬉しそうにしているキースさん。
そして背筋を伸ばし、礼儀正しく接するナイア。
僕は二人のそんな姿に、意外な一面を見た思いがした。
結局、ナイアは今夜、ハーミルの家に宿泊し、僕達同様、北方に向かうのは翌朝という事になった。
一人で寝るのは不安だとごねたメイは今、僕の隣ですやすや寝息を立てていた。
僕も明日に備えて眠ろうと目を閉じてはいるけれど、なかなか寝付けない。
自身を巡る結婚騒動、
氷山の中の謎の城内に閉じ込められていたナイア、
行方知れず? の銀色のドラゴンとアレル達。
色んな想いが頭の中を駆け巡る。
そんなこんなでようやくうとうとし始めたのは、空が白み始める頃合いであった……
…………
……
第053日―1
翌朝、朝食を済ませた僕とメイは、昨日と同じ、帝都近郊の森へと向かった。
しかし結局、ハーミルの家で僕達二人の帰還を待つ事に同意してくれた。
―――とりあえず、あんたらが魔王城でどんなやりとりしてきたか確認してから、“自力で”向かう事にするよ。あ~あ、誰かさん達が一緒に連れてってくれたら、“自力で”向かわなくても済むのになぁ~(チラッ
やたら“自力で”を強調していたナイアの言葉に一人、思い出し笑いしていると、メイが不安そうな表情でたずねてきた。
「魔王城に転移して父が現れたら……カケルは、実際はどうするつもり?」
「昨日も話した通りどうもしないよ。銀色のドラゴンさんとアレル達がどうなったか、聞くとは思うけど」
「もし父が銀色のドラゴンやアレル達を……その……倒しちゃっていたら?」
「それはないんじゃないかな」
「どうしてそう思うの?」
少し迷った挙句、僕は自分の推測を口にした。
「魔王は、銀色のドラゴンさんはともかく、勇者を倒せないんじゃないかなって」
「えっ?」
「前に、魔神は、魔族の指導者であるエレシュさんに裏切られた腹いせに、この世界に呪いを残したって
メイが
「魔神は魔族の指導者、魔王が永遠に、勇者に倒され続けるように呪いをかけた。だったらその呪いの効果で、逆、つまり魔王が勇者を倒す事は、不可能なんじゃないかな」
だからナイアは幻惑の檻に閉じ込められても、死ななかった。
いや、正確には“殺せなかった”。
もしかすると、僕達がナイアを救い出す事すら、魔神の残した呪いの結果かもしれない。
僕の推測を聞いたメイはしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「父は知っていたのかも。普通に戦っては、決して勇者に勝てない事を。だから『
―――魔王と勇者との力関係を
話している内に、僕達は昨日も訪れた森の中の一角へと辿り着いた。
周囲に他の人影は無い。
メイは僕の傍に立つと、目を閉じて詠唱を開始した。
僕達の足元に、美しく精緻な幾何学模様――転移の魔法陣――が描き出されていく。
やがて魔法陣が一際強い光を放ち、僕達の視界は切り替わった。
見渡す限り広がるのは、氷雪の荒野のみ。
しかしその情景とは裏腹に、身を切るような寒風は襲ってこない。
どうやら隣に立つメイが、魔力で僕達の周囲の気温を“調整”してくれているようだ。
改めて周囲に視線を向けてみたけれど、肝心の魔王城らしき建造物は見当たらない。
僕は隣で顔を強張らせているメイに、そっと問い掛けた。
「ここに魔王城があるの?」
メイはただ小さく首を
もしかしてなんらかの手段で“隠されて”いるのかもしれない。
そう見当をつけた僕は、霊力を使って魔王城の感知を試みた。
するとすぐ前方、一見何もないように見える荒野に、霊力による結界で護られた巨大な城塞が存在する事に気が付いた。
その威容は、まさにあの氷山に内包されていた謎の城塞と瓜二つ!
恐らくあれが魔王城のはず。
僕は光球を顕現した。
手を伸ばすと光球はたちまち殲滅の力を
僕は剣を振り上げ、そのまま魔王城目掛けて殲滅の力を解き放った。
―――ズズズズゥン……
地響きと共に、結界は木っ端みじんに砕け散った。
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