第197話 姉妹


第048日―2



ハーミルやメイと話していると、ノルン様が歩み寄ってきた。


「カケル、よくぞ無事で戻ってくれた」


僕は改めてノルン様に頭を下げた。


「『彼方かなたの地』への扉、ノルン様が開いて下さったのですよね? ありがとうございます」

「イクタス殿の指示通り儀式を行っただけだ」


ノルン様はそこで少し声のトーンを落とした。


「最初は、メイが独断で開こうとしたのだ」

「えっ?」

「結局、上手くはいかなかったのだが。恐らくカケルに少しでも会える可能性に繋がるのでは? と思っての事であろう。メイの身体への負担を考慮して、私が代役で扉を開いた、という訳だ」


僕は思わず、ハーミルと並んで立つメイの方に視線を向けた。

その視線に気付いたらしいメイが、少しバツの悪そうな顔をしてうつむいた。

メイにとって、ここ『始原の地』の祭壇での封印解除の儀式第91話には、良い思い出が無かったはず。

それでもあえて独断で挑んだのは、それだけ僕を想ってくれての事だろう。


メイが僕の反応を確認するかの如く、チラチラこちらに視線を向けながら問い掛けてきた。


「カケル……怒っている?」


僕は彼女を安心させようと、笑顔で言葉を返した。


「怒ってなんかいないよ。でも僕なんかの為に、そんな無理しちゃダメだよ」

「ごめんね。でもカケルにこのまま一生会えなかったらって思ったら……」

「メ、メイ!?」


一旦落ち着いたかに見えていたメイの瞳に、また涙が溜まっていくのが見えた。

そんなメイに、ノルン様が優しく声を掛けた。


「メイ、安心せよ。カケルはこんな事で、そなたを嫌いになったりはせぬ。そうであろう?」


話を振られた僕もうなずいた。


「う、うん。そうだよ。僕の方こそ本当にごめん。メイにいっぱい心配かけちゃったみたいだ」

「カケル……」


涙ぐむメイが、再び僕に駆け寄ろうとした。

しかしそれは、さりげなく僕達の間に割り込んだハーミルによって、やんわりと阻止された。

メイがハーミルに恨みがましい目を向け、それをハーミルがわざとらしく気付かないフリをしている。


その様子を僕と一緒に眺めつつ、ノルン様が少し真剣な顔つきで声を掛けてきた。


「カケルに少し頼みがある」

「何でしょう?」

「メイの事だ。メイはハーミルの家にかくまわれてはいるけれど、元々そなたを最も頼りにしている。それなのにそなたは、父上の命での従軍で、メイとは中々会えていないであろう?」

「そうですね……」

「それで考えたのだが、私から父上に、カケルに少し休暇を、とお願いしてみる故、これを機会に、しばらくメイとの時間を作ってやってもらえないだろうか?」


メイの顔が一気に明るくなった。


「ノルン、ありがとう」

「気にするな、私とそなたとの間柄では無いか」

「あなたが私の姉で良かった」

「えっ? 今なんと?」

「何でもない」

「いやいや、今のをもう一度……」


ノルン様とメイのやりとりを聞いていた僕は、微笑ましい気分になった。

きっとノルン様は、母を同じくするメイの事を、本当に大事な妹だと思っているのであろう。

そして可能なら、メイから“お姉さん”と呼んでもらいたいのだろう。

僕は立場上、いつも気を張っているように見えるノルン様の意外な一面を見た気がした。


そんな事を考えていると、後ろから声を掛けられた。


「カケル、あなたは幸せ者。こんなに素敵な人達が、ここには大勢いる」

「シャナ」


振り返ると、その場の皆と一通り言葉を交わしてきたらしいシャナが、微笑みを浮かべて立っていた。

僕に釣られる形で、ノルン様、ハーミル、そしてメイもシャナに視線を向けた。

シャナが彼女達に改めて挨拶した。


「私はシャナ。こことは別の世界から来ました」


シャナは、『彼方かなたの地』でイクタスさん達に話したのと同じ内容を、ノルン様やメイにも語って聞かせた。

ノルン様がシャナに問いかけた。


「シャナ殿。すると現状、元の世界に戻るすべを失っている、という認識で良いのだろうか?」

「はい」

「ならば元の世界に戻るすべが見つかるまで、シャナ殿に関しては、我が帝国で保護するという形を取らせて頂こう」

「その事に関しまして、ノルン殿下にお願いがございます」


そう口にしながら、シャナは片膝をつき、帝国式の臣礼を取った。

僕はひそかに驚いた。

帝国式の臣礼は、数千年前の世界には存在しなかった儀礼だったはず。

シャナは恐らく、この場の人々との会話と、皆の間で取り交わされる儀礼を観察して、短時間で習得してみせたのであろう。

さすがは精霊というべきか?


僕が感心する中、シャナが言葉を続けた。


「私にとって、ここは異世界。唯一の知り合いであるカケルと一緒にいられるように、ご配慮頂けないでしょうか?」

「そうだな……」


少し考える素振りを見せるノルン様に、声を掛けてみた。


「ノルン様。僕からもお願い出来ないでしょうか? シャナには、あちらの世界でとても良くしてもらいました。彼女がいなかったら、僕はここに帰って来る事は出来なかったかもしれません」


それは僕の正直な気持ちであった。

シャナは僕が危機に陥った時、想いの力だけで『始原の地女神の聖域』に駆けつけてくれた。

そして女神を倒す重要なヒントをくれて、最後の戦いの際には、自身の消滅もいとわず、生命力を分け与えて助けてくれた。

彼女がいなければ、今僕はこうしてここにいなかったかもしれない。


「ではシャナ殿に関しては、カケルの預かりという形になるよう、父上に進言しよう」

「ありがとうございます」


シャナと共に、僕もノルン様に感謝の意を伝えた。



話が一段落ついた所で、ノルン様がその場の一同に声を掛けた。


「皆の協力で、こうしてカケルをこの世界に連れ戻す事に成功した。ここに集まってくれた皆には、帝国より後日、改めて恩賞の沙汰があるはずだ。楽しみに待っていて欲しい」


ナイアさんが苦笑した。


「まあ、あたしらはここで突っ立って、ノルンの儀式を見物していただけなんだけどね~」

「何を申すか。勇者ナイアに勇者アレル。そなた達が立ち会ってくれていたからこそ、『彼方かなたの地』への扉も無事開く事が出来た。そなたら無しでは、魔王エンリルの横槍が必ず入ったであろう」

「ところで、アレはどうするのさ?」


ナイアさんが指し示したのは、この世界と『彼方かなたの地』とを繋ぐ、揺らめく不可思議なオーラに縁どられた黒い穴だった。

ナイアさんの言葉を受けて、ノルン様がイクタスさんの方に顔を向けた。


「イクタス殿。この扉は、どうするべきであろうか?」

「そうですな……」


イクタスさんは少し考える素振りを見せた後、言葉を続けた。


「元々カケル救出の一助になれば、という事で開いた扉。下手に維持しようとして、魔王エンリルに乗じられては、いささか面倒な事になりますぞ、ここはすみやかに……」

「お待ち下さい!」


突然、ジュノがイクタスさんの言葉をさえぎった。


「せっかく開いた『彼方かなたの地』への扉です。閉ざすのは、の地の調査を十二分に行ってからでも遅くないのではないでしょうか?」


イクタスさんが反論した。


「しかし、『彼方かなたの地』への扉を開き続ければ、かならずや魔王エンリルの知る所となるであろう。やつは理由不明じゃが、遮二無二しゃにむに、『彼方かなたの地』へ至らんと欲しておった。魔王エンリルの企図をくじきながら守衛維持し続けるのは、至難のわざと申す他ない」


ノルン様もイクタスさんに賛意を示した。


「私もイクタス殿の意見に賛成だ。万一、魔王エンリルに『彼方かなたの地』に入り込まれれば、不測の事態に繋がるやもしれぬ」


しかし珍しく、ジュノが食い下がってきた。


「少し考えてみて下さい。魔王エンリルは、17年前にもイクタスさん達と共に、一度、『彼方かなたの地』への扉を開いたんですよね? それなのに今また『彼方かなたの地』に行こうとしている。これは『彼方かなたの地』に、17年前には誰も気付かなかった、何か重大な秘密が隠されているからではないでしょうか? それを魔王エンリルより先に、私達が知る事が出来れば、結果的に魔王エンリルの破滅の時期を早める事に繋がる、と愚考します」




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