第195話 悶着


16日目―――14



僕とシャナの唇が触れる寸前、その隙間に剣の刃が差し込まれた。

そして抑揚のない問いが投げかけられた。


「何をしている?」


声の方に顔を向けると、『彼女サツキ』が能面のような無表情で、殲滅の力をまとわせた剣を片手に立っていた。


「何って、生命力を返そうかと……」


僕はしどろもどろになりながらも、とりあえず、決してよこしまな感情での行動では無い事を説明しようとした。

しかし『彼女サツキ』は僕の言葉に反応する事無く、シャナを睨みつけた。


「精霊の生命力は、口移しでしかやり取り出来ないのか?」

「……別に口移しの必要は無い。手で触れるだけでも可能」

「そ、そうなの!?」


しれっとした感じのシャナの答えを耳にして、僕は思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。

最後の戦いの時に生命力を分けてもらった状況と、シャナの思わせぶりな仕草のせいで、口移しでしかやり取り出来ないものと勘違いしていた自分が、今更ながら猛烈に恥ずかしくなってきた。


彼女サツキ』の顔が、見る見るうちに真っ赤になっていく。


「お前は! 私とカケルとの関係を尊重すると誓った先から、これはどういう事だ?」

「今のは不可抗力。生命力は、救世主が好意で返してくれるもの。私がその方法を指定したりするのはおかしい」

「ずっと見ておったぞ! お前はわざとカケルの方から、キ、キ、キスするように仕向けていたではないか?」


シャナが小首をかしげた。


「私からしようとした訳では無いし……まあ、それ位は大目に見ても良いのでは?」

「やっぱり、確信犯であったな!? さっき、カケルの世界について行っても良いと言ったのは、取り消しだ。お前はずっとここにおれ!」

「サツキ、落ち着いて!」

「大体、カケルもカケルだ。こんな見え見えの手に引っ掛かって! まさか本当に、この精霊の娘の事も好きなのか?」

「そんな事無いよ。君が一番だ」

「守護者が一番で、私は二番目でも十分嬉しい」

「シャナは、ちょっと黙っていて!」


僕が『彼女サツキ』をなだめ、シャナに触れる事で生命力を返す事が出来たのは、それからたっぷり1時間以上が経った後だった。



ようやく落ち着いたところで、僕は改めて『彼女サツキ』に聞いてみた。


「もし魔神を完全に消滅させる事が出来れば、君は封印のかなめから解放される?」

「おそらく。まあその時は『彼方かなたの地』自体が、その役目を終えることになるだろう」

「何か良い方法って無いのかな?」


しかし『彼女サツキ』は、難しい顔で黙り込んでしまった。


封印されてなお、世界を呪い、勇者と魔王の不毛な戦いの元凶であり続ける魔神。

完全に消滅させてこそ、本当の意味で世界を解放する事が出来た、と言えるのではないか?


シャナが僕たちの会話に参加してきた。


「魔神のことわりを書き換える事が出来れば、或いは……」

ことわりを書き換える?」

「そう。魔神はこの地に封印されていても、魔神の残したことわりは今も世界を縛り続けているはず。だから魔神は消滅する事無く、呪いを世界に及ぼし続ける事が出来る」

「どうすれば書き換えられるかな?」

「ごめんなさい。私達精霊にはことわりを書き換える力が無い。だから方法も分からない。だけど……」


シャナがまっすぐに僕を見つめてきた。


「救世主なら……あの女神と同じ力を有するあなたなら、或いは……」

「可能かもって事?」


シャナが黙ってうなずいた。

状況証拠から考えて、僕が“守護者アルファから継承した”霊力を含めた能力全ての起源は、どうやらあの女神魔神に行き着くのは確実のようだ。

実際僕はあの世界で、女神超越者の如く霊力を従え、死者を復活させる事が出来た。

そして最後の戦いの際には、女神超越者ことわり捻じ曲げ書き換え?、世界の“想い”と共に、あの女神魔神を封印する事が出来た。

だけど残念ながら、全ては僕が能動的にと言うより、自然にと表現した方が適切な状況で成し得た事だった。


僕は『彼女サツキ』に聞いてみた。


「君はことわりを書き換える方法って、心当たり無いかな?」


しかし『彼女サツキ』は、首をゆっくり横に振った。


「見当もつかない」

「そっか……」


あの女神魔神に仕え、直接その力を奪う形になった『彼女サツキ』なら、何か知っているかもと期待したのだけど。


僕の雰囲気を察したらしい『彼女サツキ』が苦笑した。


「力を有するという事と、それを使いこなす事とはまた別の問題だ」


まあ、それはその通りなわけで。

と言うより、そういう話になれば、僕なんて全然この力を使いこなせてないわけで。


気を取り直した僕は、『彼女サツキ』に向き直った。

そして自分の中にある素直な気持ちを彼女に伝えた。


「サツキ。僕は何年かかっても、必ず魔神を消滅させる方法を探し出して見せる。だから、もう少しだけ待っていて欲しい」

「カケル……」


目を潤ませ、何かを言おうとした矢先、『彼女サツキ』の顔が突然強張った。


「どうしたの?」

「何者かが……この『彼方かなたの地』への扉をこじ開けようとしている」


そう言えば、魔王エンリルはメイを使って、『彼方かなたの地』への扉を開こうとしていた。

メイは今、ハーミルの家に匿われているはず。

しかしもしかすると、僕が数千年前の世界に飛ばされている間に、何かあった!?


身構える僕に、『彼女サツキ』が顔を寄せてきて囁いた。


「カケル、ここで一旦、お別れだ。ここが外界と接続される前に、私は再び、封印のかなめに戻らねばならない」


言葉と同時に、『彼女サツキ』の顔が視界いっぱいに広がった。

そして僕の唇に柔らかい物が触れた。



「!?」


身を離した『彼女サツキ』は、悪戯っぽい笑顔を向けてきた。


「ふふ。私がおらずとも、精霊の娘に惑わされるでないぞ?」

「サツキ……」


そのまま『彼女サツキ』は、溶けるように消え去っていった。

その直後、僕とシャナのすぐ近くの空間にヒビが入り始めた。


そして……



―――パリン!



空間が砕け散り、揺らめく不可思議なオーラで縁取られた、どこまでも黒い穴が出現した。

僕とシャナが身構える中、何者かがその穴を潜り抜けて……って、えっ?


「ハーミル!? それに、イクタスさん達まで!?」


黒い穴を潜り抜け、ここ、『彼方かなたの地』にやってきたのは、僕のよく知る人々――ハーミル、ジュノ、イクタスさん、それにミーシアさんの4人――だった。

束の間、周囲を警戒する素振りを見せた後、彼らの方も僕の存在に気が付いた。

顔をくしゃくしゃにしたハーミルが僕の胸の中に飛び込んできた。


「カケル、カケル、カケルっ!」


しがみつき、号泣するハーミルの背中を優しく撫ぜながら、僕は彼女にささやいた。


「ハーミル、ただいま」



この瞬間、僕は本当の意味で数千年前の世界から帰還した。


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