第172話 少女


14日目―――2



翌日、僕と『彼女』は西の方を探索してみる事にした。


南は海。

北は神都。

東はイーサの村。

なら、西は何があるのだろう?

そういった好奇心で出発したのだけど……


東に向かってみた昨日とは異なり、進めば進むほど、ジャングルがどんどん深くなっていく。

起伏にとんだ地形と、行く手をさえぎる巨大な木の根や生い茂る熱帯の植物。

歩き始めて2時間経っても、周囲の光景に、あまり変化は生じていない。

僕の額を玉のような汗が伝った。


僕はすぐ前を、剣で器用に藪漕やぶこぎをしながら進む『彼女』に声を掛けた。


「この先って、集落とか無いのかな?」


僕は昨日同様、大きな袋を背負っていた。

袋の中には、ここまでの道のりで仕留めたイノシシ1頭が入っていた。

他に、途中でモンスターを3体斃したのだけど、そこで手に入れた魔結晶3個は懐の中だ。

『彼女』が僕の方を振り返った。


「少し、上空から周囲を確認してみようか?」

「じゃあ、お願いしようかな」


『彼女』が霊力を展開した、

そのままふわりと浮かび上がり、樹冠方向にするする上昇していく『彼女』の様子を眺めながら、僕は大樹にお根元に腰を下ろした。

そして腰に下げていた水筒――昨日、セイマさんのお店で買ったやつだ――を開け、中の水で喉をうるおした。

やはり体が欲していたからだろう。

少しぬるくなっているとは言え、喉越しの水はとても美味しく感じられた。


そう言えば、守護者のように霊力を使用出来るのに、なぜ僕は守護者と違い、お腹も空くし喉も乾くのだろうか?

まあ、『彼女』含めて、守護者は女神に直接創造されたって聞いているし、その際、そういう“設定”を与えられた、とも考えられるけれど。


そんな事を考えていると、上空から『彼女』が戻って来た。

僕は『彼女』に声を掛けた。


「どうだった?」

「うむ。西の方角は見渡す限りの緑だった。遠くに山脈が見えたが」


『彼女』の話を総合すると、このまま西に進んでも、1日や2日では、このジャングルを抜ける事は無理そうに感じられた。


「そっか。じゃあやっぱり、消耗品はイーサの村で買うしかないか……」


僕の少し“がっかりした”雰囲気に気付いたのだろう。

『彼女』が不思議そうな顔で問い掛けてきた。


「イーサの村で買い物をするのに、何か問題でもあるのか?」

「問題は無いんだけど。セイマさんがね……」

「とても良い人だったではないか? 色々サービスしてくれたし」


『彼女』と会話を交わしていると、昨日の買い物時の出来事が思い出されて思わず苦笑してしまった。

確かにセイマさんはいい人だったけれど、おせっかいが過ぎて、正直僕にとっては苦手なタイプだ。

今日、西に向かったのも、別の村か集落で消耗品を買える所が見つかれば、という思惑もあった。


「そう言えば昨晩は結局、ナンカイヤモリの燻製、食べてくれなかったな」

「昨日も話したけど、ああいう系の食べ物は苦手なんだよ」


昨晩、『彼女』はなぜか強引に、“セイマさんからのサービス品”を僕に食べさせようとして、一悶着があった。

『彼女』が口を尖らせた。


「食べるとカケルも寝なくて済む、とセイマが話していたでは無いか? せっかく一晩中、カケルとお喋りできると楽しみにしておったのに」

「いや、だから、アレはそういう効能目的でサービスしてくれたんじゃ無いと思うよ?」

「では、どういう目的だ?」


話していると、突然、遥か遠方から何かが爆発するような音が響いて来た。

僕達は顔を見合わせた。


「何だろ?」

「確認してこよう」


『彼女』が霊力を展開し、再びするすると上昇していった。

その直後、今度は複数回の爆発音が連続して響いてきた。

上空にいる『彼女』が叫び声を上げた。


「何かが戦っている!」

「えっ?」


『彼女』が、上空から再び降りてきた。


「ここからさらに西の方角で煙が上がり、木々が揺れている。木々が邪魔で見えぬが、巨大な何かが戦っているようだ」

「モンスターかな?」


僕も霊力を展開した。

そしてそのまま、『彼女』の話していた方向へと感知の網を広げてみた。


すると……



巨大なムカデのようなモンスターが、一人の少女を木の根元に追い込んでいた!



少女の外見は、僕の知るエルフに近い。

造り物のように綺麗な顔。

すっと長く伸びた耳。

腰まで届く緩やかなウェーブのかかった浅緑色の髪。

白く不可思議な輝きを放つ衣装を身に纏ったその少女は右腕を失い、酷く傷ついていた。

少女の背後では、幼い獣人と思われる兄弟が震えていた。


モンスターがその巨大な顎で、少女達を噛み砕こうとしたのが“視えた”瞬間、僕は咄嗟にその場へと転移していた。



―――バシィィィィン!



僕が展開した不可視の盾に弾かれ、巨大ムカデの身体が大きくった。

僕はそのまま、背後の少女に声を掛けた。


「大丈夫?」


少女はいきなり自分をかばう位置に転移してきた僕を見て、一瞬驚いたような雰囲気になった。

しかしすぐにその表情は消え、抑揚の無い声で問い掛けてきた。


「私を殺しに来たの?」

「えっ? 君は何を言って……」

「殺されるのなら仕方ない。だけどこの子達は見逃してあげて」



―――シャアアアアアア!



態勢を立て直したらしい巨大ムカデが咆哮をあげ、口から強力な魔力を放ってきた。

しかしその攻撃は、僕が展開していた霊力の盾に阻まれ、霧散した。


少女の言動は不可解ではあったけれど、とにかく今はこの巨大ムカデを斃す事に専念しよう。


そう考えた僕は光球を顕現した。

そしてそれに手を伸ばした瞬間、巨大ムカデの上半身がいきなり吹き飛んだ。

同時に、上空から声が掛けられた。


「カケル!」


見上げると、不可思議な紫のオーラを纏った剣を手にした『彼女』が、中空に浮遊していた。

どうやら追いかけてきてくれた『彼女』が、殲滅の力で巨大ムカデの上半身を吹き飛ばしたらしい。

『彼女』の姿に気付いたらしい先程の少女が、何故か絶望したように呟いた。


「そんな……二人もいるなんて……」


少女の様子に激しい違和感を抱いたけれど、巨大ムカデの下半身はまだ蠢いていた。

そして次の瞬間、傷口から上半身がにゅるりと生えてきて、すぐざま完全に再生してしまった。

再生したばかりの頭部が咆哮を上げた。



―――シャアアアアアア!



もしかして不死身!?


思わず目を見開いてしまった僕の耳に、『彼女』の叫び声が届いた。


「カケル! お前の力で消滅させられないか?」


僕は光球に手を伸ばし、それを一振りの剣へと変えた。

そして振り上げた剣に極限まで高めた霊力を注ぎ込んでから、巨大ムカデ目掛けて一気に振り抜いた。

解き放たれた凄まじい力の奔流の直撃を受け、巨大ムカデを塵も残さず完全に消滅した。



地上に降りてきた『彼女』が、僕に笑顔を向けて来た。


「再生能力の高そうなモンスターであったが、さすがに消滅させられては、復活出来ぬと見える」


僕は『彼女』に笑顔を返した後、改めて背後の少女達に視線を向けてみた。

少女は右腕を失ってはいるものの、幼い獣人の兄弟ともども無事のようであった。

少女の方が先に口を開いた。


「何故アレを殺したの? 制御不能にでもなったの?」

「何故って……君達が襲われているように見えたからだけど……制御不能って?」

「元々私を殺すつもりで、アレを送り込んできたのでしょ? 制御不能になったから処分したのかと思ったのだけど」


先程から感じていた事だけど、この少女の物言いは、何かおかしい。

最初から、僕達が少女を殺す事前提で話している?


「僕達は君を殺さないよ。何故殺されると思ったの?」

「霊力を操る守護者達がここにいる。私を殺すためでないなら、何故?」


僕は助け舟を求めるつもりで、『彼女』に視線を向けた。

しかし『彼女』は、険しい表情で少女を睨んでいた。


「どうしたの?」


『彼女』は僕の言葉が耳に入らなかったのか、少女を睨んだまま口を開いた。


「お前の顔には見覚えがある。あの時の暗殺者だな?」



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