第6話 勇者


第001日―6



勇者は、力なき人類が魔王に対抗する唯一の手段である。

勇者のみが魔界の闇を打ち払い、魔王城への道を示すことが出来る。

運命が勇者候補を導く。

すなわち勇者候補にはある日前触れなく、その右手の甲に特殊な紋章が現れる。

そしてその紋章が出現してから三日以内に、選定の神殿の課す試練を乗り越えた者のみが、勇者としてさらなる高みにのぼる事が出来る。

実際に勇者が現れるのは数百年に一度。

魔王が現れ、世界が闇に閉ざされようとする危機の時代。

しかも、紋章が現れた選定の候補者達の内、限られた者のみが試練を突破できる……


「……試練を乗り越え、勇者に選定された者には、その称号と共に、元々その人物が持つ特徴的な能力を飛躍的に高めてくれる『聖具』が与えられるんだ」


話しながら、アレルがあの銀色に輝く剣を鞘から抜いて見せてくれた。


「で、この剣が僕に与えられた『聖具』、聖剣ってわけだよ」


なるほど。

つまり僕は偶然にも、この世界にとっては数百年に一度しか起こらない稀有けうな瞬間に立ち会っているって事のようだ。



話が一段落した所で、僕は改めてアレル達にたずねてみた。


「ところで、ここからレイアム村まで、どれ位離れていますか?」


そう。

勇者誕生は、確かにこの世界にとっては慶事(※喜ばしい出来事)かもしれないけれど、今の僕にとっては、初めてのお使いクエスト花瓶を届けろ完遂かんすいこそ、最重要命題だ。

もしここで失敗なんて事になってしまったら、今後、新しい依頼を回してもらえなくなるかもしれない。


僕の言葉を聞いたアレル達は顔を見合わせた。

彼等を代表する形で、アレルが口を開いた。


「レイアム村なら……ここから馬車で一週間くらい、かな?」

「い、一週間!?」


僕は思わず頭を抱え込んでしまった。

今手持ちのお金は、帝国銅貨42枚。

アルザスの街で食べたバルサムのシチュー煮込みの値段が8枚だった事を考えれば、42枚では馬車旅はおろか、一週間、食いつなぐ事すら不可能なはず。

これでは、依頼達成失敗の前に、僕の人生そのものが失敗に終わってしまうかも。


僕の落ち込みように気付いたらしいアレルが声を掛けてきた。


「レイアム村は無理だけど、アルザスの街なら転移魔法で移動できるよ」


どうやらこの世界には転移魔法と呼ばれる、一瞬で目的地まで移動できる魔法が存在するらしい。

ただし転移先、転移元ともに、専用の魔法陣が用意されていることが条件で、生憎あいにく、それは大きな街や重要施設のみに設置されているという。


「ちょっとアレル!? 転移は結構お金取られるわよ? 駆け出し冒険者のこの子じゃ払えないわ」


慌てて口を挟んできたイリアの言葉を聞いて、僕は恐る恐るたずねてみた。


「……ちなみに、いくら位かかるんですか?」

「選定の神殿からアルザスじゃと、恐らく金貨1枚かのう」

「金貨1枚は銀貨100枚、銅貨なら10,000枚よ」


ウムサとイリアの言葉に、僕は絶句してしまった。

ウムサが気の毒そうな顔になった。


「転移は特殊な技法でのう……魔法陣の維持管理も一握りの魔導士しか出来ないので、費用もそれなりになってしまうのじゃ」


と、アレルが仲間達に声を掛けた。


「まあまあ、どうだろう? 事情が事情だし、今回だけ、彼をアルザスに送ってあげるというのは?」

「ア、アレル!? 見ず知らずにそこまでするなんて、お人好しも良いところよ?」

「困っている時はお互い様って事で。お金は、貯まったら返してもらえばいいんじゃないかな? ほら、僕も無事勇者の試練を乗り越える事が出来たんだし、ここはひとつ、“勇者パーティー”らしく、善行を積むって事で」

「はぁ……アレルに任せるわ。まあ、あんたのお人好しは今に始まったことじゃないし」


イリアは嘆息しつつも、しぶしぶ同意した。

アレルは他の二人にも視線を向けた。

ウムサとエリスも同意を示すようにうなずいた。


「いいんですか? 僕、ホント、返せるかどうかわからないですよ?」


地獄に仏とはまさにこの事だけど、確か今回のお使いクエスト花瓶を届けろの報酬は、銅貨80枚。

同じようなクエストを毎日やれたとして、食費その他をいたら……

金貨1枚銅貨1万枚を貯めるには、文字通り、少なくとも年単位の月日が必要になるかもしれない。


しかしアレルは、笑顔で言葉を返してきた。


「実はこの前、実入みいりの良いダンジョンに修業がてらもぐって結構稼げたからね。気にしなくていいよ」


うわっ、なんて良い人なんだろう。

彼のさわやかな笑顔が、今の僕にはまぶし過ぎる。

さすがは勇者といったところだろうか?

そうだ、メイはどうしよう?


「メイ、僕はアルザスって街に転移で送ってもらおうと思うけれど……どうする?」

「……カケルト イッショニイク」


もしかして二人になると、料金も倍額とか?

僕の疑問に、アレルが答えてくれた。


「それは心配しなくても良いよ。一度の転送可能定員は五人までで、費用は人数と関係ないから。まあ、五人いれば割り勘で安くなるって事だね」


イリアも僕に声を掛けてきた。


「そのコの事は、街に戻ったら、ギルドで相談してみるといいわ」


皆と連れ立って外に出ると、日は西にかたむいてはいたけれど、日没まではまだ時間が有りそうであった。

幸い、あれ花瓶の爆発から何時間も経過してしまっている、というわけでは無いらしい。


転移の魔法陣は、選定の神殿を出たすぐ脇に設置されていた。

魔法陣を管理する魔導士に、アレル達が、僕等をアルザスの街まで転移させて欲しいと伝えながら、金貨1枚を払ってくれた。

僕とメイは、魔導士に指示されるがまま、魔法陣の中央に並んで立った。


「本当にありがとうございます。お金はいつか必ず、この御恩と一緒にお返しします」


笑顔で見送ってくれる皆に頭を下げた瞬間、周囲の情景が切り替わった。



アルザスの街に到着した後、僕は急いで冒険者ギルドに向かった。

とりあえずミーシアさんに事の経緯を報告して、このままお使いクエスト花瓶を届けろを続けるべきかどうか、聞いてみよう。



ミーシアさんは、昼間に僕を送り出してくれた時と同じく、建物内の受付カウンターに座っていた。


「あら? カケル君、もう依頼達成しちゃった? あと……そのコは?」


依頼を達成して帰って来るには、早過ぎると感じたのであろう。

ちょっと驚いたように話しかけてきたミーシアさんに、花瓶とメイ、そしてアレル達の事を、手短てみじかに説明した。


「そう……勇者が“また”誕生したのね。でも、貴重な場に居合わせたじゃない? それより、花瓶で選定の神殿に転移って妙な話ね。ちょっと見せて」


僕から花瓶を受け取ったミーシアさんは、不思議そうな顔をしながらも、熱心に調べ始めた。


「特に異常は見られないみたいだけど……カケル君の言う文様みたいなのも無いし」

「それは……でも、神殿にいきなり飛ばされる直前、確かにその花瓶には文様みたいなのがあったはずなんです。途中ですり替えられているとかはないですか?」

「すり替えられたりもしてなさそうだけど……う~ん、まあでも、無事でよかったわ」


ミーシアさんがカウンター越しに少し身を乗り出すようにしながら、問い掛けてきた。


「で、依頼はどうする? まだ有効だけど……他のにする?」

「いえ、せっかくの初仕事なので、頑張ってみます。今度はレイアム村のラビンさんにお渡しするまで、花瓶触らないようにします」


ミーシアさんは、花瓶を布で包み直してから、僕に手渡してきた。


「そうそう、メイちゃんだっけ? ギルドに失踪者のリストとかあるから、戻ってくるまでに一応調べておいてあげようか? まあでも、それまでは何か仮の証明書でも無いと、街の出入りに困るわよね」


当のメイは僕達の話に関心がないのか、僕のすぐそばで、ぼーっと突っ立っている。

ミーシアさんは一旦奥に行ったあと、僕の持っているも物とよく似た、しかし銀色のカードを持って戻ってきた。


「はい、メイちゃん。これはカードを紛失した人用の仮発行の身分証よ。このカードがあれば、街の出入りがスムーズになるから、大事に持っておいてね」


相変わらず反応が薄いメイに代わって、僕がそのカードを受け取りながら頭を下げた。


「ありがとうございます」


そう言えば、自分の血第1話を垂らさなくても良いのだろうか?


「銀色のカードは臨時証明書だから、血液に反応する機構は最初からついてないのよ。まあ、ギルドが仮の身元引受人になっていますって感じね。なんだか初日からイベント盛りだくさんだけど、頑張ってね」



ミーシアさんの笑顔に見送られ、僕はメイと一緒に、再びレイアム村に向けて出発した。




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「ええ、カケル君は首尾よくメイちゃんと出会って一緒に行動しているわ。ついでに、勇者アレルの誕生にも立ち会ったみたい」

『ちょうどレルムスからも同じような報告を受けたところじゃ。これからもカケルの見守り、宜しく頼むぞ』


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