第4話 窮地


第001日―4



燐光にぼんやりと照らし出された地面の上、少女は身じろぎ一つしないまま、仰向あおむけに横たわっていた。


「なんでこんな所に女の子が?」


まさか、死……!


立ち上がった僕は、恐る恐る彼女に近付いてみた。


肩口まで伸びた白っぽい髪。

その下の目は固く閉じられている。

彼女が身につけているのは、所謂いわゆる貫頭衣的なボロ布一枚。

それを腰ひもで縛っている感じだ。

自分よりやや年下に見える彼女の胸は、規則正しく上下していた。

彼女が生きているらしい事に、僕はホッと胸を撫でおろした。


「君……大丈夫?」


僕は彼女にそっと声をかけてみた。

しかし気を失っているのか、反応がない。

花瓶を収納したリュックを背負い直した僕は、少し逡巡した後、彼女を抱き上げた。


なにはともあれ、こんな所に置き去りにするのも気が引ける。

それにもしかすると、あの花瓶の爆発?に巻き込まれた被害者かもしれないし。


僕は改めて周囲に視線を向けてみた。

暗がりに目が慣れたせいか、先程まではトンネルか洞窟としか見えなかったこの場所が、実は大理石のような素材で構成された通路のような場所の突き当り部分である事に気が付いた。

ならばここから出るには、暗がりの向こうに伸びる通路を進むしか無いわけで……


意を決した僕は、暗がりの向こうに伸びる通路へと足を踏み入れた。

幸い、通路の天井や壁から発せられるほのかな燐光により、暗いながらも、歩くのにそんなに支障は感じない。

しかしほんの数m進んだところで、突然背後から咆哮を浴びせられた。



―――ガァァァァ!



驚いて思わずバランスを崩してつんのめった瞬間、僕の後頭部を何かがかすめていった。

その何かは、そのまま通路の壁に激突して破壊した。

粉埃こなぼこり濛々もうもうと舞い上がる中、振り返った僕は、すぐ後ろに、右手に棍棒を構えた一つ目の巨人が立っている事に気が付いた。

巨人が棍棒を振りかざしながら、再び咆哮した。


「逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ……」


早く逃げないと、次にあの棍棒が破壊するのは、壁では無く、確実に僕自身と言う事にはるはずだ。

だけどすくみ上がってしまった僕の足は、全く言う事を聞いてくれない。

恐怖と混乱の中、巨人が棍棒を大きく振り上げるのが見えた。

僕は咄嗟とっさに腕の中の少女をかばおうと、巨人に背を向けた。

次の瞬間、巨人の棍棒が振り下ろされたのであろう。

背骨がヘンな音を立てて折れる感覚と共に、僕は弾き飛ばされてしまった。

全身を激痛が駆け巡り、口の中一杯に血の味が広がっていく。

遠のく意識を必死に繋ぎ止めながら、巨人の方に視線を向けると……

数m先で、弾き飛ばされた際に腕の中からこぼれ落ちたのであろう、あの少女目掛けて、巨人が棍棒を振り上げている姿が見えた。

何とかして少女の方に向かおうとしたけれど、身体が言う事を聞かない。

あわや棍棒が少女の体をとらえるかと思われたその時……!


今度は、巨人がいきなり側方の壁に叩きつけられた。


「大丈夫?」


掛けられた声の方に視線を向けると、そこには黒いローブを身にまとい、先に水晶のような半透明の宝玉がついた杖を巨人に向けている赤毛の少女が立っていた。

巨人がいきなり吹き飛んだのは、彼女が何かしたのであろうか?


「待っていて、すぐ片づけるから」


赤毛の少女が杖を振りかざし、何かを唱えだした。

少しの間を置いた後、杖の水晶が赤く輝き、巨人の巨体が炎に包まれた。

巨人は束の間苦悶のうめき声を発した後、すぐに膝から崩れ落ち、そのまま動かなくなってしまった。



僕達の窮地を救ってくれた赤毛の少女は、イリアと名乗った。


「それで、あなた達はどうしてここにいるの?」


イリアが、心底不思議そうにたずねてきた。


「いや、花瓶が爆発して……」


僕は花瓶を届けるクエストを引き受けた事。

道中、花瓶の文様を触っていたらいきなり爆発?して、気付いたらここにいた事。

その際、そばに少女が倒れていた事を簡単に説明した。


「アルザスの街からレイアム村に向かっていたのよね? で、花瓶が爆発して、“選定の神殿”に飛ばされて、見知らぬ女の子を拾って、サイクロプスに襲われていた、と」


イリアが、明らかに不審そうな目を向けてきた。


そりゃそうだ、説明している自分自身、わけが分からない。

って、ここは選定の神殿、あの魔物はサイクロプスっていうのか。

あれ? 

そういやさっき、一つ目の巨人サイクロプスの棍棒で吹き飛ばされた時感じていたはずの痛みも血の味もおさまっている。

イリアが治してくれたのだろうか?


「その花瓶を見せて?」


イリアは僕から花瓶を受け取ると、熱心に調べ出した。


「材質はミスリル銀ね。特に魔力の残滓ざんしも無いし……それより、あなたが言ってる文様ってどれ?」

「確か、一番太くなっているところに……って、あれ?」


ここに飛ばされる直前、確かにそこにあったはずの文様が無くなっていた。


「確かこの部分に、ほのかに発光する感じの文様があったはずなんだけど……?」


まさか、ここに飛ばされた直後か直前、気絶している間にすり替えられたとか?


「何かのトラップ式の転移魔法かしら? だとしても、魔力の残滓ざんしは残るはず。ちょっと変ね……」


イリアはひとしきり首をかしげていたが、やがて花瓶を返してくれた。

僕はそれを布に包みなおして、リュックにしまった。

イリアが何かを思い出したような顔になった。


「そうだ! 仲間を待たせていたんだった。あなた達もついてきて」


僕はリュックを背中に背負い、少女を胸元に抱え上げ、イリアのあとに続いた。



歩きながら、僕は気になる事を聞いてみることにした。


「あの……ここって“選定の神殿”って場所なんですか?」

「そうよ。資格を持つ者が新たな高みを目指す所。今、私達の仲間のアレルが試練に挑んでいるところよ。で、私達は待っているだけなんだけど、それも退屈なんで、ちょっと“散歩”していたの。そしたら、そこの女の子が襲われているのに気付いたって感じね」

「“神殿”なのに、モンスターが徘徊しているんですか?」

「入り口は神殿だけど、結界の向こう側は普通のダンジョンになっているからね~。しかも結構高レベルのモンスターがうろついているから、稼ぎに良いのよ」


そう話しながら、イリアは手持ちの袋の中から、色んな色の宝石のようなものを出して見せてくれた。


「それは?」

「ここで集めた魔結晶よ。って、もしかして魔結晶知らないの?」


イリアは不思議そうに僕の顔をのぞき込んできた。


「実は、今日が冒険者としての初仕事でして……」


まあ、嘘は言っていない。


「ふ~ん……」


イリアは少しの間、僕に探るような視線を向けてきた後、簡単に魔結晶について説明してくれた。

魔結晶は、倒した魔物の心臓に当たる部分から取り出せるのだという。

魔物の強さによって価値が違う魔結晶が手に入り、換金したり出来るらしい。



その後も、時々モンスターが出現しては襲い掛かってきた。

しかし全てイリアが瞬殺し、慣れた手際てぎわで魔結晶を回収していく。


しばらく歩くと、開けた場所に出た。

そこは、何本かの太い大理石のような素材の柱に支えられた、天井の高い明るい広間であった。

広間の中心には、複雑な幾何学模様が円形に描き込まれている箇所があった。


「お待たせ! 一の部屋の方まで“散歩”してきたよ」

「お帰り、イリア……って、その後ろの方々は?」


そこには、イリアの仲間であろう、年配の神官風の男性と、若い戦士風の女性が腰を下ろしていた。


「その奥でサイクロプスに襲われていた」

「サイクロプスに!? 怪我は大丈夫か?」


神官風の男性が心配そうに近寄ってきた。


「すみません、カケルと言います。あ、イリアさんに治してもらったみたいで、僕の方は大丈夫です。一応、この女の子だけ、大丈夫か見てもらえないでしょうか?」


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