第2話 昼食
第001日―2
最初は
街は素焼きのレンガのような素材を積み上げただけに見える、数m程の高さの城壁で囲まれていた。
城壁に
行き交う人々も
「ここはアルザスの街だ。身分証を見せてもらおう」
男はくたびれた感じの金属鎧を身に着け、槍を手にしていた。
男の顔立ちは、どう見ても日本人のそれでは無かった。
青い目、彫りの深い顔立ち。
西洋人のような顔立ちのその男の言葉を、しかし容易に理解出来た事に、僕は少なからず驚いた。
それはともかく、男から提示を求められた身分証……
僕はポケットから、あの金色のカードを取り出した。
そしてそのカードを男に手渡してみた。
男がカードを入念に確認し始めた。
「カケル=ヒガシノ 17歳
結局荷物チェックも何もなく、拍子抜けするほど簡単に街中に入れてしまった。
街の基本的な作りは、ヨーロッパの古い街並み――と言っても、テレビや写真でしか目にした事は無いけれど――を思わせるものだった。
しかし、通りを行き交う人々の様相は……!?
大多数は普通の西洋人のように見えたけれど、彼等に混じって、獣のような耳と尻尾を持つ者、明らかに普通の人間より長く尖った耳を持つ者、背丈が低く、ずんぐりとした体型の者……
まるでファンタジー映画の撮影現場に迷い込んでしまったような、不思議な情景。
しかしもしこれが現実だとするならば、ここはヨーロッパのどこかでは無いどころか、僕の知る世界ですらないという事になってしまう。
一体、何がどうなると、こんな事になってしまうのだろうか?
しばし呆然と
そう言えば僕が階段を踏み外した(?)のは、丁度昼ご飯直前の時間帯だったはず。
こんな状況下でもお腹は
少し歩くと、大きな通りに行き当たった。
大勢の人々が行き交う中、そのままぶらぶら歩いて行くと、やがて良い匂いが漂ってきている事に気が付いた。
匂いの方向に視線を向けると、オープンテラスのような場所で、大勢の人々が飲み食いをしている姿が目に飛び込んできた。
レストランか何かであろうか?
看板には『バルサムの力車亭』とある。
とにかく、ここで食事が出来そうだと見当をつけた僕は、とりあえず店の中に入ってみる事にした。
すぐにウエイトレスと思われる女の子が近付いて来た。
彼女の頭の上では、作り物とは思えない猫耳がピコピコ動いていた。
「いらっしゃいませ~。1名様ですか?」
先程の西洋人風の男性同様、どうやらこの猫耳娘とも問題なく会話が出来るようだ。
と、僕は少し気がかりな事に思い当たった。
背中に背負ったリュックサックの中から、あの帝国銅貨を数枚取り出した僕は、彼女にそれを見せながらたずねてみた。
「え~と……コレ、使えますかね?」
彼女は営業スマイルを崩さないまま、僕の手の中のコインにチラッと視線を向けた。
「帝国銅貨ですよね? もちろん使えますよ」
「でしたら……」
僕は近くの席で男性客が口にしているシチューのような食べ物を指差しながら、言葉を続けた。
「アレ注文するとしたら、帝国銅貨何枚必要ですか?」
僕の手持ちの帝国銅貨は50枚。
帝国銅貨の価値がさっぱり分からないけれど、どうか予算オーバーしていませんように。
「バルサムのシチュー煮込みですね? 当店イチオシのメニューですよ。今はランチタイムですので、銅貨8枚でご注文
僕は内心、ホッとした。
まあ、“バルサム”が何なのか分からないけれど、他の客も頼んでいるみたいだし、この店の看板料理なら、とりあえず、まずくは無いはずだ。
「じゃあそれ、一つお願いします」
「かしこまりました。それではあちらのお席にてお待ち下さい」
席についた僕は、改めて周囲に視線を向けてみた。
自分が座っているオープンテラス以外に、今の時間帯は閉まっているけれど、扉の向こうの建物の中にも客席がありそうだった。
建物内部の客席の壁には、アルコール飲料と
夜は酒場としても
数分後、猫耳のウエイトレスが、満面の営業スマイルを浮かべながら、料理とお水を運んできた。
「バルサムのシチュー煮込み、お待たせしました」
結局、“バルサム”が何かは最後まで分からなかった。
バルサムの食感自体は、鳥のささみのようであった。
あっさり目の味わいのシチューとの組み合わせが絶妙で、料理自体はとても美味しく頂く事が出来た。
会計を済ませて店の外に出た僕は、改めて少し考えてみた。
この世界、言葉は問題なく通じるけれど、どう考えても僕の知る世界じゃない。
つまり、何がどうなってこうなったのかは不明だけど、
もしこのまま元の世界に戻れないと仮定した場合、真っ先に発生するのはお金の問題だ。
今、昼食に帝国銅貨8枚使ったので、残りは42枚。
この世界の物価は分からないけれど、仮に1食平均、銅貨10枚程度と仮定すれば、あと4~5回食事をすれば、手持ちの銅貨は全て使い切る計算だ。
加えて、夜、宿屋か何かに泊るとすれば……
早急にお金を稼ぐ算段を立てないと、色んな意味で詰んでしまう、という事だ。
帝国銅貨50枚が入ったリュックサックが、気付いたら傍に“落ちていた”なんて幸運は、そうそう何度も続く事は無い……はずだ。
僕はとりあえず、街の中心部と
この世界の事はまるで分からないけれど、もしかすると、ハローワーク的な職業あっせん所、もしくは冒険者ギルド的な、何かが存在するかもしれない。
もしどうしようもなくなったら、さっきの『バルサムの力車亭』に戻って、皿洗いでもなんでもさせてくれって頼み込んでみようかな……
数分歩くと、三階建ての比較的大きな白っぽい建物の周りに、大勢の人々が集まっているのが見えてきた。
物々しい甲冑を身に着け、大剣を担いだ者。
ローブを着て杖を手にした者。
とにかく様々な、しかし、平和な街中とは明らかに不釣り合いな人々。
もしかして、冒険者ギルド的な場所なのでは?
だとすれば、何かお金を稼げる仕事を紹介してもらえるかもしれない。
そう考えた僕は、その建物の中に入ってみる事にした。
入口から入ってすぐの場所は、天井の高いホールのような吹き抜けになっていた。
内部は思ったよりも広く、ここにも大勢の人々の姿が有った。
ホールの中央付近には、丸く円を描くようにカウンターのような場所が設けられ、そこに数人の人々が腰かけているのが見えた。
皆、青を基調とした
ふと、その中の一人の女性と目が合った。
水色の少しウエーブがかかった長髪のその女性は、何故か笑顔で僕に手招きをしてきた。
僕はその笑顔に引き寄せられるように、彼女の
彼女は笑顔のまま、僕に声を掛けて来た。
「こんにちは。冒険者ギルドへようこそ」
どうやら本当に、ここは冒険者ギルドのようだ。
「こんにちは」
「こちら、初めてよね?」
「はい」
言葉を返してから、改めて彼女にたずねてみた。
「え~と、どうして初めてって分かったのですか?」
「私、こう見えてここに
その時になって、水色の長髪から突き出している彼女の耳が、長く尖っている事に気が付いた。
見た目20代の彼女もまた、“普通の人間”では無い、という事だろう。
と、彼女が
「なあに? 私の耳が気になるの?」
どうやら視線で気付かれたらしい。
「すみません、特に他意は無かったんですが」
彼女はふふっと笑ってから言葉を返してきた。
「私はミーシア、
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