1話 退屈な日々


教室の窓辺席の特権と言えば、外の風景を好きな時に眺めることができることだ。

 おかげでつまらない授業の時間をいたずらに潰すことができる。

 そのおかげで居眠りをして先生から無駄な注意を受けることもない。

 授業に非協力的な考えを持つ俺は毎回苦手な数学の授業は外の景色を楽しむようにしていた。

 今日はやけに晴れている。

 雲はひとつない。

 地面には少しだけ陽炎も見える。

 まだセミの羽化時期ではないのだろうか本当に静かだ。

 海の方へと飛んでいく白い鳥たちを目で追っていた。

 そんなことをしているうちに終業のチャイムが鳴った。


「はい、今日の授業はここまでです。

 明日から夏休みに入りますが課題はちゃんとしてくるように」


 そういって数学担当の鈴木は教室を後にした。


「そうか、もう夏休みか。

 一緒に遊ぶ友達がいればなぁ……」


 俺は少しため息をつきながら荷物をつめていた。


「まるで友達がいないような口ぶりだね。りゅうじ。僕は友達じゃないのかな?」


「なんだよ、いろは」


 彼の名前は上原彩華うえはらいろは

 入学時たまたま席が隣だったため、少し仲良くなってからは毎日のように絡んでくる。

 正直言って気持ち悪いくらい話しかけてくる。

 それ上、彼は超童顔であり低身長のためよく女の子と間違われるらしい。


「なんだとはなんだい!こんないい友人がいるじゃないか」


「あっそう」


 俺は興味なさげに返答した。


「それで、なんか夏休みしたいことでもあるの?」


 俺は少し悩んだ末、「……勉強かな」と答えた。


「つまんないなぁ」


 そう言っていろははふてくされたような顔をした。


「別にいいだろ、お前も少しは勉強しろ」


「ぶー、いやだね。それより...」


 彩華いろははニヤリと俺を見た。


「じゃー-ん!!」


 彼の手には映画のチケットが三枚あった。


「なんの映画だ?」


「さぁ、行ってからのお楽しみ」


 俺はとりあえず「考えとく」と言って教室を出た。

 

 俺は基本学校まではバス通学している。

 朝がめっぽう弱い俺は入学して一週間で毎朝6時のバスに乗るのは無理だと確信した。

 そのため桜ヶ丘高校の寮に一つ浜渦荘はまうずそうで下宿している。

 ちなみに俺以外、全員先輩だ。

 しかし、今のところ話したことがあるのは一人だけである。

 正門を出て数分後、バス停に到着した。



 いつもどおりバスが到着するまでの時間、バス停の屋根影のベンチに座り、ゆっくりとラノベを読むことを最近の楽しみにしている。

 最近の俺のラノベのブームは瀬戸せとアリナ先生の「うちの家出した飼い猫が人間になって帰ってきたのですが」という作品をよく読んでいる。

 前までは異世界転生系モノや異能モノをよく読んでいたが先輩が日常系のラノベも面白いと言って貸してもらったことがきっかけだ。

 ちゃんと笑える場面があってすごく親近感のある作品だ。

 なによりこのラノベを描いた瀬戸せと先生の言い回しはすごくわかりやすく、理解しやすい。

 それに登場するキャラたちも個性的で面白い。


 俺はラノベを読むのはこのバス停でバスを待つ何気ない待ち時間だけだと決めている。


「今日もきれいだ...」


 バス停からの海が澄んだ景色は今しか味わえない特別なものだ。


 そうやって物思いにふけていると急に強い風が吹き、本の間に挟まっていた栞が飛んでいってしまった。

 俺は栞を追いかけようと視線を送った。

 栞は数メートル飛び、そして俺から逃げるのをやめた。


 そこには足元の栞を拾い上げこっちを見ている少女がいた。

 白い大きめの縁の帽子に白地の制服、そして青いリボン。

 一目見てうちの学校の生徒でないことがわかった。

 そして少女はなにも言わずに俺に栞を渡してきた。

 とりあえず感謝の気持ちを伝えておこうと軽くおじぎをした。

 少女は大きなトランクを持っていた。

 どこか旅行にでもいくのだろうか。

 そうやっているうちにバスが来てしまった。

 バスの中はいつもの三倍混雑していた。


「おお、りゅうじ君。今日はやけに混んでですまないねぇ。」


 バスのおじちゃんがそういうと、俺はいえいえと言いつつも内心は最悪だった。

 後ろで重い音がした。

 振り返ってみてみるとさっきの白制服の少女がトランクをバスに上げていた。


 あいにく、立ち乗車になってしまったがしだいに乗客も減っていくだろう。

 案の定俺の考えは的中した。

 二駅ほどで俺と少女二人だけになってしまった。

 浜渦荘はまうずそうは終点まで乗りっぱなしなので時間はある。

 俺はどうしてもさっきの続きが読みたくなったのでバスの中で読み始めた。

 あまり人がいるところで読むのは抵抗があるのだが二人きりだし大丈夫だろう。


 数駅過ぎたとき俺は自分への視線に気が付いた。

 ちらりと横を見ると少女が俺のラノベを見ていた。

 俺は気になって話しかけた。


「あのう、この本知ってるんですか?」


「……!!」


 すると少女は驚きながらアタフタし始めた。

 その様子を見て俺もアタフタしてしまった。


「あの、えっと。...面白いですか?」


 と聞かれたので、「はい!すごく面白いです」と答えた。

 すると少女は「...面白い本があるっていいことですね」と答えた。


 次は浜渦はまうず……浜渦はまうず、お降りの際は頭上のボタンを押してください、というアナウンスが流れた。

 俺と少女は浜渦はまうずのバス停で降りた。

 少女はバス停から見える海を見て静かに「すごくきれい」とつぶやいた。


 俺はさっきから気になっていた。

 こんな少女がこんな辺鄙へんぴな所に来るのか。


「あの、浜渦荘はまうずそうってどこにありますか?」


 俺はこの少女から浜渦荘はまうずそうの名前が出るとは思ってもいなかった。

 少女の質問に返答する前にバス停から続く石階段で先輩が待っているのを見た。

 先輩と目が合うとこっちに向かって石階段を駆け上がってきた。


「今日は書店いかなかったのか?」


「夏休み前なので早く帰ろうと思ったので……。そんなことよりこの子が浜渦荘はまうずそうの場所を聞きたいらしくて」


 そういうと少女は先輩に軽くお辞儀をした。

 先輩の名前は大川美沙おおかわみさという。

 最高学年である先輩は剣道部と漫画研究会に所属している。


「へぇ……なるほど」先輩は少女の体をなめるように見た。


「結構かわいいじゃん、何?お前の女?」


「ち、違いますよ!!」


 俺は慌てて全否定した。

 照れている俺の様子を見て先輩は笑っていた。


「そうだよな、りゅうじにそんな度胸ねぇよな」


「まぁ、案内してあげるからついてきて」


 そう言って石階段を下り始めた。

 少女は腰の高さほどある白トランクをなんなく持ち上げた。

 華奢きゃしゃな体のわりに力はあるのだろうか。

 石階段を下りきり、民家の間を数分歩くと海がすぐそこまで迫ってくる。

 浜渦荘はまうずそうは海岸の小高い丘に建っている。

 木造建てであり、いかにもって感じだ。

 先輩がカギを開けている間、少女は少しづつ赤くなる水平線を見ていた。


「あれ?りゅうじ、お前鍵持ってる?」


「いや、持ってませんよ。いつもここに入ってますよね」


 俺はいつもカギを入れている郵便ポスト横の牛乳瓶入れの木箱を開けた。


「……ほんとだ、無い」


 先輩は何かを思いついてスマホを取り出した。

 誰かと連絡を取っているそうだ。

 先輩は頭をかくようなしぐさを見せた後大きくため息をした。


「やっぱりみーちゃんが持ってた。今からみーちゃん、ここに来るって」


 みーちゃんとは理科科目を教えている美空里香みそらりか先生のことである。


「でもまだこんな時間だし、先生来れるんですか?」


「なんか大丈夫みたい。まぁ、すぐ来るでしょ。」


 そういって先輩はどこかに歩いて行ってしまった。

 俺が先輩とのやり取りをしている間、ずっと海を見ていた少女に椅子を渡し、座ることを勧めた。

 少女は一回うなずくとすっと座った。

 少し時間がたったが少女はずっと海を見つめていた。

 俺は何も話さないのも悪いと思い、話しかけることにした。


「海好きなのか?」


 俺の問いに対して少し戸惑った様子を見せたが「……好き」と答えた。


「ここの海はきれいですよね。僕も初めてここにきたときはこの景色にうっとりしましたよ」


 俺はしどろもどろに言った。


「……」


 だが少女の反応はなかった。

 気まずい空気が流れた。


「あ...あのう」


「はい」


「も...もし、海の中で生きていけるなら.....何になりたいですか?」


 俺は急になげかけられた少女の問いに戸惑いながらも答えた。


「……くらげ、かな」


「どうして?」


「くらげって、毒あるけどプヨプヨしてかわいいじゃん。それに昔読んだ小説の影響もあるのかな」


「小説の影響?」


「ああ、俺が今までで読んできて一番すげぇって思った本。でもその作者、引退したみたいなんだよな」


「……くらげ少女の未来日記」


「そう!それ!君も読んでたの?」


 俺はふいに声を大きくしてしまった。

 そのせいで少女を驚かせてしまった。

 そして少女を海を見て悲しそうな顔をして言った。


「私も読んでた、一回だけ……」


 そうしているうちに先輩と美空みそら先生が来た。


「ごめん、ごめん。私の白衣のポケットに入れっぱなしだった」


 笑いながらこっちに向かって歩いてくる先生を呆れた顔で先輩が後方から見ていた。


「先生、次からはちゃんとしてくださいよ」


「ごめんごめん」


 そういって軽く流された。


「ところで、そのかわいい少女は一体誰なのかな?」


 そう先生が言うと先輩が先生の耳元で囁いた。

 少しにやっとすると先生は真顔で「ダメジャナイカー、オンナノコヲツレコンダラ」。


「いやいや、ちょっと待ってください!

 そんなんじゃないです。

 今日あったばっかりですし、そんな気はないです!!」


 本日二度目である。


「まぁ、りゅうじを茶化すのはこれくらいにして」


 先輩が少女に詰め寄った。


「君、名前は?」


 そう先輩がいうと少女が恥ずかしそうに言った。


「あ...あのう。き...今日からお世話になる東山涼乃とうやますずのです。よろしくお願いします。」


 俺たちはぽかんとした。

 ?ってもしかして……。


「あー-!思い出した!!」


 美空みそら先生が大きな声で叫んだ。


「まさかみーちゃん?新しく入る子の事、今まで忘れてた感じ??」


 先生はごまかした顔をした。


「はぁ。ちょ...ちょっと待ってね」


 先輩が困った顔をしている。


「部屋がまだ無いんだよな……。」


 俺たちは茫然とした。


「部屋ないってどういうことですか?二階に空き部屋3つありますよ」


「いや、あるのはあるんだけどさ...」


 先輩は困った顔をした。


「も、物置になってる!?なにしてるんですか」


「だって、私が入学してからずっと物置部屋だったし、それに先輩は悪くないです。

 悪いのは事前連絡してない先生ですぅ」


「二人とも悪いです」


 俺はため息をついた。


「と...ということは野宿でしょうか?」


「いやいや、それはないよ。絶対に」


「じゃあさ、りゅうじの部屋に今日泊まれば?一番広いし」


「……え!?」


 浜渦荘はまうずそうは全部で9部屋あり現在生活可能とする部屋は6部屋しかないのである。

 また1部屋7畳ほどであり、生活するには快適な空間になっている。


「いやだからさ、風神の部屋。一番かたずいていてきれいじゃん。もう一人ぐらいいけるだろ?」


「いやでも先輩……。」


「なんか文句でもある?それとも東山さんを野宿させるつもりなのかな?」


(俺悪くないのに)


「……はい、わかりました」


 俺はしぶしぶ了解した。


「……」


 俺はいやそうな東山さんの視線を感じたので小声で先輩に「たぶん、東山さん嫌がってますよ」

 そういうと先輩がため息をつきながら「安心して嘘だから、今日は私の部屋に泊まるように言ったから」といった。

 ひとまず一安心だ。


「じゃあ、私の部屋の鍵渡すから東山さんの荷物入れるの手伝ってあげて」


「了解しました」


 思っていた通りに物事がすすんだので俺は一安心した。


「じゃあ東山とうやまさんついてきて」


 俺は東山とうやまさんの重いトランクを持ちあげ、二階201号室の先輩の部屋に案内した。


「……あの、……先輩の部屋はきれいですか?」


 まぁ確かに女の子が一番気にするところだろう。


「実は俺も先輩の部屋は見たことないんだ。がさつな人だけど結構部屋はきれいかもよ」


 そういうと東山とうやまさんは少し笑っていた。


「さ、ここだよ」


 俺が先輩の部屋をあけたときだった、扉の向こうに広がっていた景色は想像していた女子の部屋ではなくまるで重症化したヒキニートのようなだったのだ。

 俺たちはその様子をみてそっと扉を閉じた。


 背後から東山とうやまさんが先輩のTシャツを引っ張っている。


「ちょっと今料理中だからりゅうじに言っ……。」


 先輩が振り向くと東山さんは目に涙を眺めながら


「私、入江君と一緒に寝たいです!」


「……、りゅうじ。お前何かしたか?」


 俺は首を激しく横に振った。



 夕飯の支度ができたのだろう。先輩がいつも通り二つのトレーに料理を盛り付けていた。

 その様子を東山とうやまさんは不思議そうに見ていた。


「...ほかにも住んでる人がいるんですか?」


「あと二人いるよ。引きこもりだけどね」


 そういうと先輩は二つのトレーをもって二階に行った。


 東山とうやまさんは食事机上のパソコン画面を眺めている。


東山とうやまさんどうかしましたか?」


「このキャラってなんですか?すごくかわいい」


 画面の中には猫と狐がモチーフであろう二体のキャラが寝ていた。


「ああこれは、……」


 俺が説明しようと思った時だった。


「さっきのかわいいはワシに向けてじゃな」


「いいや、さっきのかわいいはワタクシに向けて言ったんですわ」


「いいや、さっきのかわいいはワシに向かっていったんじゃ」


「なぜ、そんなことがわかるのですか?」


「ふふん、実はさっきかわいいって言ったとき明らかにワシのキャラの方を見ていた。つまりワシのデザインしたキャラの方が魅力があるんじゃい!」


「ふふふ、あなたは重大なミスをしていますわ。そうカメラに映るのは見ている対象者と対照。つまり、かわいいと言われたのはワタクシ。ワタクシのデザインしたキャラの方が可愛いんですの」


 そういって二体のアバターが言い争っている。


「ああ……。どうしよ。私のせいでけんかに」


 東山とうやまさんはアタフタしてしまっている。


「こら二人とも新しく入ってきた子に迷惑かけてどうするの?それでもあんたたち先輩なの?」


 先輩がそういうと二体のアバターは止まって「ごはん飯にしようと言った」


 この二体のアバターの中身。

 引きこもりの本体であるが二人とも二年先輩である。

 猫モチーフのアバターで古風なしゃべり方をしているのが神宮寺日奈じんぐうじひな先輩。

 狐モチーフのアバターでお嬢様なしゃべり方なのが一条楓いちじょうかえで先輩。

 このアバターたちは先輩たちがそれぞれに作り出したものであり今でもよくできていると思う。


 今日の晩御飯は先輩の得意料理の唐揚げである。

 東山とうやまさんもおいしそうに頬張っている。


 数刻後、晩御飯も終わり俺はかたずけをしていた。

 ガラガラ・・・。

 先輩が体からうっすら湯気をあげ髪をふきながら来た。


「りゅうじ~。牛乳もらうよ~」


 そういって冷蔵庫を開けて牛乳瓶をとりだしベランダに出て行った。


「りゅうじ、見てみろよ」


 外で先輩が呼んでいる。


「なんですか?先輩」


「見てみろよ」


 空を見上げると丸く明々と照らす月があった。


「きれいですね」


「そうだな。ん、これお前の」


 俺はコーラをもらった。


「ありがとうございます」


「りゅうじ、東山のことどう思う?」


「まだよくわかんないですね」


「なにか、あると思わないか?」


「どうでしょうか、ただ人見知りなのかもしれませんし」


「…そうか、そんなもんか」


 先輩は牛乳を飲み干すと「もう寝る」といって戻っていった。


 なぜだろうか、いつもとは違う感じがする。

 なんというかわくわくするような感じがする。


 俺はコーラを飲み干した。

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