第21話・深淵の守護者と、赤の黄昏と

――ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォツ

 第7層のあちこちで爆発音が響き渡る。

 次元切断された第八階層を避けて、あたらしい階層が生み出されていく。

 そしてそれは最下層と第七階層のあちこちを繋げる回廊として縦横無尽に接続を開始し、そこを直通回廊としてゲートキーパーたちがゆっくりと寝食を始めていた。


「キノクニさま!! 現時点で新たに見つかった第八層に続く回廊は全部で六か所。現在は回廊から姿を現した黒いスライム上の魔物と交戦中とのことです」

「切ってもだめ、魔法も効果を発揮しない……あの黒いスライムの対処方法はないのですか」

「こちら第一回廊です。死者八名、スライムに取り込まれたものが三名。確認されたスライムの数は八体、うち一体は体内の核の破壊に成功し退治できた模様です」


 次々と届けられる報告。

 六か所の回廊は順に数値が割り当てられ、都度連絡員によってここ本部へと情報が届けられている。

 それを確認しつつ、キノクニは適切な人員配置の指示を出しているのだが、今のところ第七層を突破されたという報告は届いていない。


「オールレントの嬢ちゃん、そろそろ出番じゃないのか?」


 じっと閉ざされた第八層へと続く階段を睨みつけるレムリアに、キノクニが煽るように問いかける。

 彼女が回廊の討伐に参加してくれるなら、ここまで劣勢を維持することにはならなかったのだが。

 それでも、オールレントの装備を使っているからこそ、ここまでゲートキーパーの浸食を留められているというのも理解しているため、あまり強く出ることが出来ないのである。


「そう……みたい。ここが最終防衛戦になりそうな気がするから、守りを固めた方がいい」


 レムリアが立ち上がって階段のあった方へと進んでいく。

 すると、真っ黒い空間に突如、下り回廊が出現する。

 その向こうには、回廊全体を覆いつくすかのように集められたゲートキーパーの群れがうごめき、ゆっくりと回廊を上って来ていた。


「そのようだな……一人で大丈夫なのか?」

「問題ない……エリオンに転送要請。五番倉庫のドラゴンバスターをよろしく。弾倉は神聖魔術弾の二〇連を大量に」


 耳元につけてあるデバイスにそう呟いて、レムリアは右手を前に突き出す。

 

――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン

 レムリアの右腕に巨大なガントレットが出現すると、その外装後部にドラゴンバスター『40mm魔導バルカンファランクス』が転送される。

 そして彼女の背中にも巨大なバックパックが出現すると。、そこから伸びる給弾ベルトをドラゴンバスターに装着。


「それじゃあ、あとはよろしく」

「お、お、おう」


 あまりにも規格外な出来事が発生したため、キノクニは一瞬だけレムリアを呆然と見つめていた。

 だが、すぐに彼女の言葉で我に返ると、近くで待機していた伝令を掻く回廊へと走らせる。


「それじゃあ、対ゲート―キーパー用特殊弾をあげる……」


 カチッカチッと銃身が回転し始めたかと思うと、超高音を発しながら大量の弾丸が発射される。

 一分間で6000発の聖別された、対魔導儀式術式を刻み込んだ弾丸が斉射されると、回廊を上って来たゲートキーパーは瞬時にしてスライムの状態から液状化し、そして蒸発していく。


「……ゴクッ」


 その様子を見ていたキノクニは、ただ息を呑むことしかできない。


「エリオン、追加弾倉を」

『はいはい……それ、転送と』


――シュンッ

 一瞬で空になったバックバックが消失し、新しいバックパックが装着される。

 それを再び接続すると、今度はレムリアも回廊をゆっくりと降り始めた。

 奥の壁や天井から湧き出るゲートキーパーをレムリアが破壊するたびに、別回廊の黒いスライムの姿が消えていく。

 そして壁の奥から黒いスライムがにじみ出てこなくなるのを確認すると、レムリアはドラゴンバスターをエリオンの元へと転送、素早く左右の手に二振りの両手剣を生み出すと、奥にら出現した扉へ向かって走り出す。


「他の回廊の状況を確認。多分回廊自体が消滅していると思うから、あとはここに戦力を集めて。私はダンジョンマスターを始末するから」

「わかった、急ぎ他の回廊の連中にも伝令を走らせろ」


 そう叫ぶキノクニの言葉もレムリアのみみに届かない。

 すでに最下層へと繋がるる扉の前まで到着したレムリアは、両手の剣で扉を粉々に切断。

 そのまま最下層へと走り出した。



 〇 〇 〇 〇 〇



――同時刻、オールレント

 エリオンがレムリアから転送されたドラゴンバスターを倉庫へ送り出した時。

 店の入り口がゆっくりと開くと、赤のトワイライトが店内へと入ってくる。


「……ふう、まさかここに来るとは予想外だったけど。まさかダンジョンコアの暴走は囮だったのか?」


 冷静に髪をかき上げつつ、エリオンはトワイライトに問いかける。

 だが、トワイライトはそれには答えることはなく、ただ店内に並べられている魔導具を眺めて感心したように笑っていた。


「能力が封印されていても、ここまでの魔導具を作ることが出来るとはねぇ……どこまで力をとり戻したことやら」

「あいにくと、呪いについては一つも解呪できていねぇよ。あんたら異界貴族の連中がずっと行方をくらませていたからね……」

「では、どうやってここまでの力を?」

「蛇の道は蛇ってね。俺は錬金術師、無から有を生み出すぐらいはお茶の子さいさいってところだが、それで、本当になんの用事だ?」


 そう呟いてから、エリオンも首から下げている小さな三鈷杵シャクティのついたネックレスを契りと、手の中で三鈷杵を実体化させる。


「私にとって面倒くさい奴がいない今のうちに……エリオンを始末しようと思ってね。それじゃあ、グッバイ!!」


――タン

 軽く床を踏むトワイライト。

 その瞬間、店内に並んでいる魔導具が分解し爆発すると、エリオンめがけて破片を飛ばした。

 だが、それはエリオンの手前で速度を落とすと、そのまま床に落下していく。


「魔導具の中の魔石の元素を組み替えたのか……爆発と指向性ってところか?」

「察しがいいですね。ですが、それを床に落とした程度で止まるとは思っていませんよね?」


 トワイライトが右手の指をパチンと鳴らす。

 すると、先ほど地面に落下した破片が針のように姿を変え、エリオンに向かって飛んでいく。

 細さ0.1mmの針、それも100本近い本数が一斉にエリオンに向かって飛んでいったのである。

 だが、それもエリオンがシャクティで全て薙ぎ払い、同時にアイテムボックスに収納していく。


「ニードルガンかよ……元素使いなんていう名前じゃなく、錬金術師としても立派にやっていけるんじゃないのか? 俺もあんたも同じ門派みたいなものだからなぁ」

「ええ。ですから、貴方は邪魔なのですよ……こんな進化の停滞した星の住人に手を貸して、進化を促進するどころか旧時代の文明をそのまま守ろうとしている。忘れたのですか、私たちの星の結末を」


 再び床をトン、と踏み込む。

 すると今度は、トワイライトの足元の板がささくれ立ち金剛石の刃のようなものを生み出すと、高波のごとくエリオンめがけて降り注いでいった。


「進化の停滞、そこからの脱出のために異界の悪神と手を組んだ。その結果、星で人は生きられなくなり、俺たちは星を捨てて旅に出た……自業自得だったんだよ、俺たちは触れてはいけないものに手を出したんだよ。その結果が、俺たちに様々に力を与えた……」

「ええ。ですから、私たちはこの星でやり直そうとしたのではないですか。それをあなたは邪魔をした」

「俺たちの星のように、この星を実験場にしようとするお前たちにはついていけなくなっただけだ」


 飛び込んでくる刃もシャクティで薙ぎ払い、アイテムボックスに収める。

 双方ともに手詰まりのように見えているが、疲弊しているのはエリオンである。

 長高速で飛んでくる攻撃を全て受け流し、アイテムボックスを起動して収納。

 普通の人間では考えられないほどの高等技術を繰り返しているのだが、トワイライトは涼しい顔。


「他の六織は憤慨していましたからねぇ……裏切者であるあなたを始末しろと。でも、その前にあなたが我々の船を破壊した。結果として、私たちは悪神に自らの体の一部を捧げ、貴方の力を全て奪い取った……筈だった」

「筈……だったよな。だが、俺は御覧の通りだ。この建物から離れると死ぬ。この建物の中に俺の心臓は魔導具のように改装されて移植され、それも時がたつにつれて劣化して最後は停止する……と思ったんだろうけれど、俺は錬金術師でね、そんなところはとっくに処理済みだよっと」


――タン

 カウンターの中からシャクティを伸ばし、某高鳥羽のように勢いをつけてトワイライトに向かって飛んでいく。

 それを左右の棚を動かして止めようとするが、トワイライトの動き割も早くエリオンのドロップキックが炸裂する。


「ぐっ……何故だ、なぜそんなに動ける? 貴様は錬金術師であり、体術など身に着けていないはず」

「だーかーら、300年間、俺はずっと努力してきたんだよ? 格闘についてはほら、鬼の師匠が付いているからさ」


 口元からあふれる血をぬぐいつつ、トワイライトがよろよろと立ち上がって店の扉に向かって走り出す。

 元素使いであるトワイライトにとって、レムリアは御しやすい。

 武具など瞬時に元素分解なり変換して無力化してしまえばいい。

 だが、彼女が拳で攻撃してきた場合、今度はトワイライトは無力となる。

 『いかなる防御も無力化』するレムリアの特性を拳で発現されると、生き物の元素に干渉できないトワイライトではただ殴られるだけになる。

 それを恐れてレムリアをダンジョンに固定し、同じように格闘戦に不向きなエリオンを始末しようと考えていたのだが、それは失敗に終わってしまった。


「くっ……ここは一旦、逃げるしかありませんか」

「逃げる? それは無理だな」


 トワイライトが扉を開いて外に飛び出すが、再び店内に躍り込んできた。

 扉の空間をゆがませ、出ることが出来ないようになっているのである。


「こ、こんなバカな……貴様、空間まで操れるというのか?」

「まっさか。俺は錬金術師だぞ、そんな魔法なんて使えねーよ」

「それならなぜ、、空間を歪曲させられるのだ!!」

「簡単なことだよ……そういう魔導具を作っただけだ。それじゃあ、トワイライト、一つ目の鍵を貰おうとしようか?」


 タン、タンとシャクティで自分の手を叩きつつ、エリオンはトワイライトへと近寄っていく。

 そして逃げることもままならなくなったトワイライトが、周囲の壁や床の元素を噛みのようにうすっへらい材質に変化させてぶち破ろうとした時。

 

――ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォツ

 エリオンのシャクティが、トワイライトの腹部に向かって力いっぱい叩き込まれていった。

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