第18話・ダンジョン攻略戦・その前に

 キノクニがオールレントを訪ねた翌日

 

 冒険者ギルドでは、緊急クエストが張り出されていた。

 依頼内容は【ダンジョンの攻略】、最下層に存在するダンジョンコアを破壊すること。

 そこに書かれた報酬はとんでもなく破格であり、貢献者にたいしては追加報酬も加算すると書き込まれている。

 また、ダンジョンコアを破壊したものは望むなら王国貴族位に連絡し、陞爵出来るよう国王に伺いを立てるとも書かれている

 この依頼を張り出した直後、ブンザイモンは早馬で王都へと向かい、エリオから聞いたダンジョンの大氾濫とのその後の可能性について報告。

 可能であるならば【王国の剣】と【王国の盾】の二つの騎士団の派遣も懇願した。


「おーい、魔法薬はもうないのかよ」

「こっちは3本欲しかったんだが、在庫はないのか?」

「なんでもいい、上質な武具を貸してくれ」


 昨日までの静けさとは打って変わって、本日のオールレントは戦場。

 高額報酬+陞爵ということもあり、ダンジョン攻略戦に参加している冒険者たちがオールレントを訪れていた。

 市販の回復薬を越える効果のある魔法薬、ミスリルなどのレアメタルを使用した武具、内部拡張されたバックバックなどなど、朝一で訪れた客が我先にと商品を買い漁り、レンタルしつくしてしまったため、午後になると殆どの【一般貸出可能な商品】は全て売り切れ。

 魔法薬などは新たに作り直さないとならない羽目になっていた。

 本当ならばレムリアも朝一番でダンジョン攻略に向かう筈であったのだが、この序値の店内をエリオン一人で回すのは不可能と判断、午後からの出撃予定を切り替えていた。


「……だめだ、もう死ぬ……消耗品の追加を作る気力もねぇ……」

「まあ、こうなることは半分ぐらいは予想の範囲内。今日の私はずっと店内だったから、ここに来れた客も予想の範囲内」


 一度でもここに来ることが出来れば、あとはいつでも来店可能。

 そして来たことがない客でも、店の外で掃き掃除をしているレムリアを見つけることが出来れば来店可能。

 結果として、午前中の客は一度でも来たことがあるお客か、すでに常連となった冒険者のみ。

 それでも、彼らから魔法薬の噂は聞いていたので、代理購入を頼まれてやって来た客も少なくなかった。

 その結果が、いまのこの現状である。


「エリオン。私は魔法薬の素材を集めた方がいい? それともダンジョンの討伐を続けた方がいい?」


 指を二本立てて、レムリアが問いかける。

 異界貴族である赤のトワイライトのたくらみを阻止するのなら、ここはダンジョンコアの破壊一択。

 だが、奴の目的が冒険者のさらなる進化を求めてのことなら、少しでも冒険者に成長してもらい音彼らにダンジョン攻略をしてもらった方が楽。

 ただし現状の冒険者の実力では、それを期待するには不安要素が多すぎる。


「う~ん。最優先はダンジョン討伐なので、レムリアは第8層まで向かい素材採取を続けながら瘴気濃度を下げる方向でやってくれるか? 緊急時には装備を転送するから」

「それは構わない。ちなみにだけど、ブンザイモンの帰還を待つ必要は?」

「ね~な。こっちはこっちで勝手にやる。どうせこの国の王家のことだから、キノクニ領で全て対処するようにとか言ってくるに決まっている。前回のダンジョンスタンビートの時もそうだったからな。ということなので、6番倉庫の転送ユニットをアイテムボックスに放り込んでいって来てくれ。そいつなら、高のトワイライト妨害魔力程度じゃびくともしないからな」

「all right」


 いつものように表情一つ変えずに倉庫に向かうと、レムリアは指定された転送ユニットをアイテムボックスに収める。

 そののち3番倉庫で自分の装備を整えると、エリオンに軽く挨拶をしてからダンジョンへと向かっていった。


………

……


――レムリアがダンジョンに向かった数時間後

 カランカラーーーン

 レントオールの扉が開く。

 外には【本日臨時休業】の看板が掲げられているにも関わらず、そんな看板には目もくれずにブンザイモンとシャール・テンペスタが店内に入って来た。


「……予想を大きく裏切ってくれるねぇ。帰ってくるのは早くても明後日ぐらいだと思っていたけれど、今日はなんの用事かな」


 カウンターの中で魔法薬を作っていたエリオンが、ブンザイモンに問いかける。

 するとブンザイモンはやや困った顔でカウンターに近づくと、開口一発。


「1000年動乱の勇者エリオン・ダルーシャ・ハーケンにダンジョン討伐の指名依頼が届いたんだが。差出人はこの国の国王、ダンジョンコアを破壊せずに沈黙させるようにとのことだが」

「そりゃあ無理だな。5日前にも話した通りだ。俺はここから出られない、代理のレムリアに攻略を指示することしかできない。ついでに言えば、ダンジョンコアを破壊せずに沈黙させるなんて芸当は無理だ」


 ただ一つ、ダンジョンコアの交換を除いては。

 そう思っていた時、シャールがカウンターに近寄ってきて一冊の本を取り出した開いた。

 

「これは王国の伝わる古い錬金術についての書物です。古代魔法後故完全な解析は出来ていませんけれど、ここには【疑似ダンジョンコア】を作りだす秘術が書いてあります。今の暴走しているダンジョンコアを破壊し、こちらに置き換えて支配権を書き換えることが出来るなら、ダンジョンは制圧できると王都魔術師学会が試算しました。これを国王に報告した結果、今回の指名依頼になりました」

「ということなんだが。国王としては報酬も弾む、必要ならば侯爵に陞爵しても構わないとおっしゃっていたんだ……この本の疑似ダンジョンコア、エリオンなら作れるか?」


 勢いよく言い続ける二人の言葉を無視して、カウンターの上の本を手に取って中を確認する。


「へぇ……」

「どうですか? エリオン殿ならその作り方を解析できますか?」

「解析もなにも、これはロナルド・マクレーンに頼まれて俺が買いた本だよ」


 へ?

 まさかの言葉に、シャールは言葉を失う。


「ここに書いてあるのは、人工ダンジョンの作り方。そのために必要なダンジョンコアを作り出し、マナライン上にあるマナ溜まりの直情にこいつを配置して、魔力でつなぎ合わせるっていうやつだな。しかし、疑似ダンジョンコアまでたどり着くとは、この国の魔術師もなかなかやるなぁ」


 思わず関心するエリオンに、シャールは感極まってしまう。


「それでは、作れるのですね?」

「無理だなぁ……素材がない。古代竜クラスの魔結晶石が必要だからな。魔石じゃないぞ、魔結晶石だからな。それさえあれば、作ることはやぶさかではないんだが」

「そ、それはどこにありますか?」

「さぁ?」

 

 必要ならば討伐でもと考えるブンザイモンだが、流石のエリオンにも『現存する古代竜』の住みかなんて分からない。

 

「ここに書いてあるっていうことは、エリオン殿なら知っているのではないのですか?」

「いや、たまたま古代竜の魔結晶石は持っていたから使ってみただけ。親和性が高くてさ、楽だったよ」

「それなら、それを入手する方法は」

「ずっと西、海の向こう。ここから半年ぐらいはかかるんじゃないか?」


 あっさりと告げるエリオンに、ブンザイモンとシャールは頭を抱えるしかない。

 この時点で、エリオンへの指名依頼は失敗のようなものだから。


先史古代魔導具アーティファクトか、もしくは神聖具オーパーツクラスのアイテムがあるなら、それで代用できなくはない。そういうものがあるのなら、だけどな」

「エリオン殿は、それを持っているのか?」

「ないことはない、が、それはやらん。こっちとしても大切なものだからな。ということで国王にそう伝えてくれ。どうせ王国の宝物庫を漁れば、そのレベルの魔導具ぐらいあるだろう? 国が亡ぶのと王家のプライド、どっちが大切かってな」


 それだけを告げて、エリオンは作業に戻る。

 

「あれから5日たったが、内部の様子は?」

「変化はない。5日前の状況を保っている……気持ち悪いぐらい静かで安定しているわ」

「このままということは?」

「ないんじゃないかな。まあ、レムリアが調査に向かったから、俺はその報告待ちだよ。冒険者も大勢ダンジョンに向かったから、激励するなり領都騎士団をダンジョンに派遣するなりしてみたら?」


 とりあえず、エリオンの言葉でほっとするブンザイモン。

 だが、シャールはエリオンが動かないということにいら立ちを覚えている。


「貴方は勇者だったのですよね? この世界を救う義務があるのではないですか? それを先ほどから言葉巧みにごまかして……この領地がどうなってもいいのですか?」

「ん? 俺にとってはどうでもいいんだよ。まあ、領民を助けたかったらここから逃がすか、ダンジョンコアを破壊する。破壊するなら、この前のように俺から【戦闘力をレンタル】すればいい。ただし、この地のダンジョンは失われる。ほら、答えはでているだろう? この地の民の生活を護るというならダンジョンなんてぶっ壊せばいい」

「この領地はダンジョンからの収益で成り立っているのですよ? そのダンジョンが失われてしまったら、なにを糧に生きればいいのですか!! あなたは勇者の責務を、弱者を助けるという任務を放棄しているにすぎません」


 涙ながらに叫ぶシャールだが、それをブンザイモンが制する。


「もういいだろう……エリオン、すまなかったな」

「いいってこと。俺が何もできないというのは事実だし、勇者の責務なんていう【他人が勝手に決めたルール】に縛られるつもりもない。ということだよ……」


 そう呟いてから、エリオンは羊皮紙を取り出してそこに魔術式を書き込み、シャールに手渡す。


「それが疑似ダンジョンコアの作り方だよ。王都魔術教会で試してみな、それで疑似ダンジョンコアを作れたなら、レムリアに頼んで入れ替えをしてやりよ。助かりたいのはわかるけどさ、それを求めるなって……自分たちで出来るかもしれないだろ?」

「預かります」


 そう告げて、シャールは羊皮紙を受け取って店を後にする。

 

「はぁ。疑似ダンジョンコアって、そんなに簡単に作れるのか?」

「錬金術に精通していれば難しくはないよ。ただ、賢者くらいの魔力と、国の年間予算の数十倍に匹敵する魔導具が必要になるからさ……それで、あれは多分間に合わないぞ?」

「それが判ってやらせるのか?」

「今後、また同じようなことが起きないとも限らないからな。それに、今回の件が終われば、俺たちはここを離れることになるだろうからさ。ということ、決断したらまた来てくれ、俺は魔法薬を作らないとならないからさ」


 そう告げて、エリオンは再び作業に戻る。

 その姿に軽く一礼してから、ブンザイモンもまた店を後にした。

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