第4話・ダンジョンの掃除、御安全に

 少しだけ、時間は戻る。


──シュパッ

 領都・オールレントのカウンターで魔導術式を展開していたエリオン。

 調査に向かわせたレムリアからの報告をのんびりと待っていると、突然、目の前の床に魔法陣が展開した。


「お、随分と早いな」


 カウンターを飛び越えて魔法陣の手前に着地すると、すぐさま魔法陣の輝きの中に手を差し込んで、魔力を解放する。

 すると、エリオンの手の中に小さな水晶板が生み出される。

 そこにはレムリアから届けられた、デバイスによって解析されたダンジョンデータが網羅されている。


「ふぅん。ダンジョンランクは A、48階層の最下層は A、入り口付近はCだが、瘴気濃度が高まっているため、野良地物フィーチャーが発生中か。まあ、この程度なら大したことはないから、いつも通りの奴らで良いか」


 店内の棚を巡り、必要な素材を集める。

 そして最後にゴーレムの素体となる古代竜人族ドラゴニュートの骨を用意して店内中央の広い空間に丁寧に並べると、首から下げているネックレスを外す。


──シュンッ

 ネックレスの先についていた、小さなアクセサリー。

 古代文明のお守りの一つ、三鈷杵と呼ばれるものに魔力を注ぐと、それは一瞬で赤く輝く杖に変化した。


「まずは、先発隊の6体分からだな」


 三鈷杵を横にして中空に浮かべると、両手を合わせて祝詞を唱える。

 歌うように、静かに。

 そのエリオンの歌声に導かれるように赤く輝く魔法陣が形成されると、その中に並んでいる素材が一つ一つゆっくりと溶け、混ざり合い始める。

 溶けて混ざった液体が古代竜人族ドラゴニュートの骨に絡みつき浸透すると、最後に肋骨中央部分に赤く光る制御コアが生み出された。


「起動術式……Shem-ha-mephorash……エリオンの名を持って命じる。遷世うつしよより出でて、隔世かくりよへと至れ。我は汝の創造者なり、我は汝の主人なり」


 エリオンの言葉が、ゴーレムの胸元の制御コアへと刻み込まれる。

 そして全てが終わると魔法陣が消滅し、古代竜人族ドラゴニュートにやって組み上げられた竜骨騎士ドラゴンボーンナイトが、ゆっくりと立ち上がった。


「さぁ、お前の初仕事だ!! この図式を再現して、お前と同じ素体を25体、急いで作ってくれるか? 俺は中層部より下に向かわせる15体を作るので、お前は上層部用の6体を急ぎで」

『……』


 無言のまま作業を開始する、竜骨騎士ドラゴンボーンナイト

 そのまま6体が仕上がるのを待つと、エリオンは急ぎ魔導三輪メイガスの座標軸を確認し、その場に転移魔法を用いて送り出す。


「さて、中層以降の討伐用は、少し贅沢にしないとな。この材料を集めてくれるか? 裏の倉庫に置いてあるはずだから。よろしく頼むよ」

『……』


 言葉を発する術式を組み込んでいないため、ゴーレムは頷いて作業を黙々と始める。

 その様子を見て満足そうに頷いてから、エリオンはもう一度、レムリアから送られたデバイスの解析データを確認する。


「一般的な、自然発生型ダンジョンと同じ、スタンピードの発生パターンも一緒か。まあ、ダンジョンコアの回収でカタがつく案件だし、『異界貴族』の関与も疑えない……今回の案件も、シロか」


 異界貴族とは、先史文明遺跡である『神の柱』の管理人を名乗る存在。

 柱より生み出された異形の化け物により、この世界を浄化すると宣言し、人類に対して宣戦布告を行なった六人の男女。

 エリオンは1000年動乱期にこの世界に呼び寄せられ、異界貴族の企みを阻止すべく戦いに明け暮れた。


 その結果、柱自体の能力を封印し、化け物が生み出されることは阻止したものの、異界貴族たちは世界各地へと散っていった。

 そしてエリオンもまた、封印の代償として『動かざる命』の呪いを受け、この『オールレント』の奥にある『生命の核』から離れることができなくなっていた。

 これが、エリオンの受けた呪い。

 左腕の刺青のような紋様が『生命の核』とリンクしており、ある程度の距離が離れるとエリオンに抗いがたい激痛と、生命減衰の術式が発動する。

 それは離れれば離れるほどに強力となるだけでなく、この世界のエリオンの知る限りの呪いを解呪する魔法でも、それを解除することはできなかった。


「まあ、異界貴族の痕跡がなく、ダンジョンコアが手に入るのなら、一石二鳥だな。さて、このデータでは完全なスタンピード、大氾濫オーバーフローが発生するのは四日後。運がいいんだが、悪いんだからわからないな、あのオッサンは」


 キノクニのことをおっさん呼ばわりするものの、この地を守るために手を尽くしていることは重々承知。

 それよりも問題なのは、このような事態であるにもかかわらず、国が動いている様子がないこと。

 国が動いているのなら、キノクニがあそこまで慌てることはなく、エリオンに助力を求めるとは思えない。

 ましてや、国が主導としてダンジョンスタンピードを押さえに回るのなら、それらしい上位貴族や騎士たちが動いていてもおかしくないのだが。


──ギイッ

 店の入り口を開けて、外を見る。

 人の気配がない、廃墟のような雰囲気まで漂い始めている街並み。

 これが本当に、領地の要である領都なのかと疑ってしまう。


「王都からの援軍があれば、ここまで避難は徹底しない。その前に全てを収めるのが国であり騎士である。なれど、それができないとわかったから、ここまで徹底した避難を行なった……やれやれ。今回の客は、厄介ごとに首を突っ込んだのか、それとも……」


 店の中へ戻り、作業中のゴーレムの様子を見る。


「国の影に、異形貴族か、その眷属がいる……だから、俺はここに来たのかも知れないか」


 完成したゴーレムたちを次々とレムリアの元へと送り出す。

 自分では動けないエリオンの代わりに、レムリアはオールレントの店員として、しっかりと働いてくれている。

 呪いを受ける前のエリオン、それとほぼ同等の力を持つレムリア。

 だからこそ、彼女に最前線への調査を命じたのであるから。


「さて、と、俺はそろそろ、回収部隊を作りますか。早いところ用意しないと、またレムリアにぶっ飛ばされそうだからな」


 ダンジョン制圧後、そこに残る素材や魔石を集めるためのゴーレム。

 素体は竜骨騎士ドラゴンボーンナイトと同じだが、回収用の空間拡張背嚢を装着させる。

 それを5体完成させて送り出すと、エリオンは失った魔力を休めるために、店の奥で仮眠をとることにした。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯

 


 魔導三輪メイガスの真横にある巨大な花のような立体魔法陣。

 その中に、エリオンが送り出して来た竜骨騎士ドラゴンボーンナイトが整列している。

 既に先遣隊である六体は上層部を完全に掌握、入り口付近に二体、残りの四体が12層へと降る階段の手前を陣取り、中層から上がってくる化け物を蹴散らしている。

 それらの報告を、レムリアはデバイスを通じて確認している。


「レムリアさん、そろそろ我が騎士団にも突撃の許可を貰えないか?」


 最初の六体が突入してから半日。

 その間、キノクニ配下の騎士たちは、中への侵入を拒まれている。

 その代わり、外で待機していた結界術師たちは結界の維持を止め、魔力の回復に努めているのだが、やはり内部の様子がわからないことには、キノクニも不安で仕方がない。

 そのため、調査班を編成して内部を調べたいという申し出を行ったのだが、レムリアはそれを一言で拒否。


「断ります。まだ討伐した魔物の素材も、魔石の回収も終わっていません。それが終われば、許可は出します」


──ヒュンッ

 レムリアの言葉と同時に、魔法陣から新しい竜骨騎士ドラゴンボーンナイトが姿を表す。


「ふぅ、ようやく届いた。回収部隊は、すぐにあのダンジョン内部に落ちている素材と魔石を回収してください。中間層手前までのものを回収したら、すぐに戻ってくること、よろしくお願いします」


 レムリアが命じると、回収部隊の竜骨騎士ドラゴンボーンナイトがダンジョンへと向かう。

 すると、キノクニも慌ててレムリアに話しかける。


「待ってくれ、それなら俺も同行したい……俺一人なら構わないだろう? ここのダンジョンの制圧指揮官として、そして領主として頼みたい」


 内部の惨状を確認したいキノクニ。

 ひょっとしたら、まだ生き残りの冒険者や騎士たちがいるのかもという一縷の望みがあるし、何より、どの程度の素材が回収されるのか、それが知りたかったから。


「領主として頼むのなら、それを断る道理はない。貴方1人なら、ついていって構わない」

「わかった、では!!」


 一礼して走り出すキノクニ。

 それを目で追いかけてから、レムリアは再び魔導三輪メイガスの後ろにあるデバイスを操作し、中層付近の様子を確認し始めた。


………

……


 ダンジョンスタンピード。

 それが終結したあとのダンジョンには、大量の素材ドロップが転がっていることがある。

 ダンジョンの規模やダンジョンコアのランクによって、その質や量はさまざまであるのだが、キノクニ領で起きたダンジョンスタンピードは、それまでのキノクニの知るものとはかけ離れていた。


「な、な、な、なんだこれは!!」


 扉を開けて回廊に入った瞬間、回収部隊は両手を伸ばして床に落ちている有象無象のドロップ品を拾い上げる。

 あたり一面には、それこそ足の踏みどころを探さなくてはならぬほどの魔石や素材が転がっており、これを全て、人間の手で拾い集めるとなると何日かかるかわからないだろう。

 それぐらいのものを、回収部隊は両手の掌に編み出された術式により吸い取り、背中の背嚢へと送り出しているのである。


「この大きさの魔石なら、純度5はあるだろう……そんなものが、こんなに大量に? このダンジョンには、どれだけの魔素が噴き出しているんだ?」


 純度5は、換金した際の金額の桁を示す。

 つまり、この一つが金貨で5桁。

 小さな男爵領の領主が国から与えられる、一年分の報奨金にも匹敵する。

 それ以外にも税金などを徴収するので、男爵領といえどもそこそこの収益を上げているものはあるのだが、その税収を上まるほどの魔石が転がっているのである。


「このダンジョンだけでも、国家予算を遥かに超える魔石がある。急いで回収する理由がよくわかる……」


 キノクニは幾つかの魔石を拾い上げ、その品質を確認してから回収部隊に手渡す。それ以外の化物の素材も確認してから手渡すなどの作業を行いつつ、内部の調査を続ける。

 上層部の地図は頭の中に入っているので、万が一に避難することができる『セーフティエリア』の位置も把握している。

 もっとも、ダンジョンの中のセーフティエリアは後付けで結界専用の魔導具を冒険者ギルドが配置したものが多く、上層部に普通に現れる魔物程度ならば防げるように作られている。

 なお、ダンジョンスタンピードの発生については計算されていないため、今回のような事態では、避難しているかも知れない冒険者たちの安全が確認できるかどうかの不安はある。


「……この部屋の向こうか。無事ならいいのだが」


 傷だらけの鉄の扉、その表面にも魔物よけの術式が組み込まれている。

 運が良ければ、まだ中に人がいるかも知れない。

 その一縷の望みをかけて、扉を叩いて声をかける。


「領主のキノクニだ、まだ中に誰か残っているのか?」


 ダンダン、と二度、三度と扉を叩く。

 すると、ゆっくりと扉が開き、満身創痍な女性が顔を出した。


「あ、た、助かった……みんな、救助が来たよ!!」

「本当か、これで帰れるのか!! おい、みんな、まだ動けるか!」


 室内に聞こえる声。

 助かった喜び、嬉しさの中で、間に合わなかったものへの嗚咽混じりの声も聞こえてくる。

 もう少し、あと少し早く来られたなら、もっと助けられたかも知れない。

 そうキノクニは思ったのだが、今は、生きている人々を地上まで誘導するのが努めである。


「動けるものは出てこい!! 動けないやつにへ手を貸してやれ」


 そう叫んでから、近くで魔石を回収している竜骨騎士ドラゴンボーンナイトに話しかける。


「すまない、亡くなった冒険者たちも回収してくれるか?」


 レムリア以外の言葉に反応するのか? そう考えたものの、室内には数名の冒険者の遺体があるのは見てとれた。

 それをおいて帰れなどとは、口が裂けても言えない。


──コクリ

 キノヌニの言葉の真意を察したのか。

 竜骨騎士ドラゴンボーンナイトは室内に入っていくと、魔法により遺体を背嚢の中へと吸収し始める。


「くそっ!! まだ化け物が居たのかよ!」

「それは仲間だ、遺体は彼に回収を頼んだ、だから安心して地上へ帰ろう……そのあとで、彼の遺体は君たちへ返す。信じてくれ」


 武器を抜いて身構えた冒険者たちに向かい!キノクニは叫ぶ。

 その言葉を信じて、冒険者たちは武器を納め、仲間が収納されていくのをじっも見守り、そしてキノクニと共に地上を目指していった。

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