第9話 打ち上げ

「「「かんぱーい!」」」


 目的のものをハインリヒに引き渡した後、僕たちはラグ・アンド・ボーンズで打ち上げをすることにした。


 今回は珍しく、親父がその料理の腕を振るっていた。

 高級な刺身に、普段は面倒くさいといってやらない、油で揚げた料理まである。


「こんな料理用意してもらったことないんだけど?」


「そりゃ、ウララちゃんの初仕事だからな、フユなんかのためにやるかよ」


「親父の俺に対する愛情が薄すぎて、この刺身みたい」


「かー!わかってんねお前、フグ刺しは高級品なんだぞ」


「わあ、いただきま~すでっす!」


 アンデッドは基本的に食事は体液に準じた成分の疑似血漿リンゲル液で十分だ。


 だが、料理した食物が全く必要ないわけではない。豊かな料理というのは、自我の維持のために有効だ。


 複製された人間の自我に感じとでもいうのか、こういった料理を目にしたり、口にすると、なんだか意識に霧がかった感じが無くなる。


 後はおしゃべりも有効だろうか?


 ウララさんと話していると、思考が明瞭になって、自意識がはっきりする。

 何といえばいいのか……心の奥底に何かリズムが生まれる感覚がある。


「唐揚げだ、僕これ好きなんだよね」

「唐揚げはお前のこと、嫌いって言ってたけどな」


 親父とのこういった会話にも意味はある……たぶん。


 そういえば、打ち上げのときに、ウララの事情を聞こうと思っていたのだった。

 砕けた雰囲気だし、立ち入った事を聞くときのにはいい機会だ。


「ウララは全然クズ拾いとしてやっていけそうだったよ、そういえば何でウララはクズ拾いに?」


 ちょっと雑な会話の振り方だったか?

 ウララはずいぶん難しそうな顔をしている。


「そうですねー、頭の中でいろいろと整理してたんですけど、まだまとまってなくて、めちゃめちゃなんですけど……それでもいいですか?」


「うん、聞かせてほしいな」


「私は仲間たちと農場にいたんですけど、ある日、見たことないなれ果てたちに襲撃されて、皆バラバラになってしまったんです。」


 なれ果ての見た目は、見たらすぐ感じるほどの違和感があったそうだ。

 大きく湾曲した背骨に、白い羽毛に包まれた姿のなれ果てだったらしい。


 確かに妙だ。白と言うのは、廃墟ではあまりにも目立ちすぎる。そんなものは今までに見たことが無い。


「私も、皆と一緒に廃墟に逃げたんですけど、はぐれてしまって。でも、農場のオーナーが呼んでいた救援のクズ拾いさんと会って、イルマにたどり着いたんですよ~」


 救援のクズ拾いの名前はついうっかりして聞かなかったが、口調は特徴的だったらしい。何かとつけて「常識的に考えて」と言っていたらしい。


 今度そういう口調の人がいたらお礼を言っておこう。


「それで、衛兵隊さんたちのところで『依頼の農場はもうやられて防衛は達成できませんでした』っていう報告だけして、その人と別れましてー、この後どうしようとなりまして」


「で、おれがバイトに雇ったわけ」

「その節はお世話になりました~」


 呑気そうに見えたけど、ウララはウララで大変な目に遭ってるようだった。


「それで、結論から言うと、私、ネクロマンサーに会ってみたいんですよね~」


 ――ネクロマンサー。


 僕たちアンデッドを作ったと言われている存在だ。イルマという街を作ったのも、『レヴィアタン』というネクロマンサーだと聞いている。


 もっとも、直接会ったことがあるアンデッドは衛兵隊の極一部、戦前からアンデッドだった人たちくらいだ。


 イルマに住む人の大部分はネクロマンサーには直接あったことはないし、ネクロマンサーと言う存在自体を知らない人もいるかもしれない。


「あのなれ果てが何だったのか、ネクロマンサーなら多分知ってると思うんですよね~?でも、普通の人だとネクロマンサーには会えないじゃないですかあ」


「だからいい感じにクズ拾いとかやって衛兵隊とコネを作って、ネクロマンサーさんに会わせてもらおうかなって思ったんでっす!」


 ネクロマンサーに会う、そんな大それたこと、思いつきもしなかった。


 記憶の無いはずの僕の中で、何かがカチリとはまった気がする。

 この話に乗れ、何かがそう言っている。


 しかし、ウララは未知のなれ果ての情報、ただそれだけのためにネクロマンサーに会おうとはしてないはずだ、それはあまりにも単純すぎる。


 嘘は言ってないと思う。でも、きっと彼女は、まだ何かを隠している。


 未知数のウララの目的にただ乗りする、と言うのもどうかと思うが、彼女が信頼できるというのはベヒモスとの戦闘で既に分かっている。


 協力を続けて悪いことにはならないだろう、と思う。荷物持ってくれるし。


 邪念が多分に含まれた僕の決断を他所よそに、打ち上げの時間は和やかに過ぎていった。ただ、途中で予期せぬ参加者がやってきた。


 ステラさんだ。と言ってもいつものパワーアーマーは着ていない。


 片目を隠すショートボブの蒼い髪が映える、背が大胆に開いた白いベルベットのドレスを着ている。


 背の開いたドレスから見えるのは、背中から生える金属製の拡張腕だ。高速鍛造鋼テラスチールの軍刀を携えている。

 衛兵スタイルではなく、クズ拾いスタイルのステラさんを見るのは珍しいな。


 手には……あっ無人機UAV近接航空支援CASの請求書だ。 死んだわ。


「カクタさんに御呼ばれしたのだけど、私もご相伴しょうばんにあずかっていいかしら?」

「どうぞどうぞ~」


 ウララは呑気に招き入れているが僕は冷や汗だらだらだ


 無人機UAVの件をすっかり忘れてた。


 保険特約の無人機は目玉が飛び出るくらいに高価なミサイルは使わず、マスドライバーみたいな無誘導弾を使っている様子だった。


 それでも空出撃をさせてしまうと、ペナルティでバカ高くつく。


 僕の前に処刑宣告書が届く。ワァ…ァ…


「まあまあ、落ち着いて、この請求書のまま来るとは限らないから」


 これまでの人生で見たことのないゼロの数なんだけど、ほんとにござるかぁ?


「大型アンデッドは居たわけで、完全解体の確認も取れてない状態だったから、あとは当時の作戦に参加した者のレポート待ちなんだけど……」


 ステラさんのその豊かな胸先三寸という事ですね、わかります。


「大型のなれ果てに対処できるクズ拾いを、借金漬けにして装備を売らせるなんて、そんなバカらしい話はないでしょ? という事で、こういうのはどうかなって」


 ステラさんがウララと僕に見せた大きめの端末には『賞金稼ぎのおさそい』というのがウサギとクマさんのかわいいイラスト付きで表示されている。


「あなたたちが遭遇した、ああいった野良の大型のなれ果てや、タチの悪いクズ拾いには、私たちも手を焼いていてね。」


「一応、ああいうのには賞金がついてるんだけど、誰でも挑戦っていう風にすると、屍の山になるから、信頼できるクズ拾いにしか解放してない制度なのよ」


 なるほど、理にかなっている。あんなのと戦えるのがゴロゴロいてたまるか。


 ステラさんは、彼女の端末を介して僕の端末を一時的にネットに接続してくれた。

 それ、イルマのイントラネットに繋がってるのか……いいなあ。


「あなたの端末はネットに対応してないみたいだから、私がテザリングして賞金首の更新を行うわね。たまに『ラグ・アンド.ボーンズ』に顔を出すから、気付いたら声をかけてみてね。」


 ステラさんは指を立てながら僕に微笑みかける。

 なんと、条件付きともいえない条件で、借金から救ってくれた。最高かよ。


『報告:賞金首コンテンツを解放。 推奨:本件の詳細を読了する行為。』


「打ち上げが終わったあとでね」


 端末を下げて視線をあけると、そこにはこれまで以上に無い、ニヤリとした親父の顔があった。僕の感覚がちょっとした警鐘を鳴らす。


「賞金首稼ぎができるようになると、フユもクズ拾いとしては一丁前ってことだ。そういうお前さんに依頼が来てるんだが、どうする?」


「話だけは聞くよ、って言っても断った事なんてないけど」


「そりゃー、俺の依頼選びのセンスが光ってるってことだよ。 フユに何でもかんでも押し付けてると思ったか?」


 ……ごめん、思ってた。


「っていうのはな、実はお前さんにテレビに出てもらおうと思ってる。」

「は?」


 その時、僕はめちゃくちゃ間抜けな顔をしたと思う。

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