episode87 : 満足度とレベル

「……お?レベルが上がってる」


 昼休憩を挟んで午後2時。


 俺は人の少ない岩場で釣りをしていた。


 そこで静かな時間を楽しんでいたところ、ギルドレベルが上がっていることに気がついた。


 レベルは現在2。


「んで、新しい要素だろうが……なんだ?満足度?」


 ギルドレベル表示の下に、新たなメーターがあり、青い線とその線の意味を示す"満足度"の文字。


 満足度 : 75


 上限がいくつかも、何を元に上下するのかも分からない。そもそもギルドレベルすらいまいち理解出来ていないというのに。


「主!!糸が引いておるぞ!」

「おぉ、これはデカい!……ってハク。お前はそこで何を?」

「何とはなんじゃ。妾は海が好きなのじゃ!」

「あ、そう」


 強く釣竿を引くと、抵抗するように糸が張る。ここで焦ると糸が切れてしまうので、少し引きを緩める。


 特にデカい相手は切れやすいので、顔を水上に出させて弱らせてから引き上げる。


「ここは水底が浅いから良いの!見ろあるじ!妾の膝までしか水がないのじゃ!水も透き通っていて良い」

「浅いのその辺だけだからなー?あんまり奥に行くなよ」

「お任せ下さい主様。ハクの監視は私が」

「シンシアもいたのか。それじゃ頼む」


 目を離した隙に、気がつくと増えている。


「おっと。こっちもそろそろ……」


 魚の影が見え始めた。

 ここから慎重に……


「なんだ貴様、その程度に苦戦しているのか」

「マキナか。もう少しなんだか邪魔――」

「――速射」


 俺が必死に釣竿を引く横から出てきたマキナは、とんでもないことをしていった。


 糸にかかった魚の脳天をぶち抜いたのだ。


「その程度、殺してしまえば容易い……

「てんめぇぇぇぇーー!!!何しやがる?!」

「何を怒っている?我らの世界ではどちらが先に釣り上げるかで競ったものだ」


 済ました顔で水上に浮かび上がる魚(だったもの)を拾い上げるマキナ。俺、キレていいよな?


「お前らの世界とは違うの!!釣り上げる過程を楽しむんだよ!!……ったく、お前もあっちで遊んでろよ」

「身体が錆びるだろう?」

「じゃあ何で出てきたし」


 こいつらが出てくるとろくな事がない。

 静かだった岩場が、一気に騒がしくなる。勝手にでてくる仕様、どうにかならんの?


「はぁ。とりあえずもう邪魔するな。……ん?またレベルが上がってる……」


 俺は何もしていない。

 今の一連の流れにギルドレベルが上がる要素は無かったはず。


 ……なんで?


『解答。メンバーの者がギルド経験値を上げているものと思われます』

「ギルド経験値?それはどうやって?」

『短く申しますと"人助け"です。いわゆる依頼やダンジョン攻略などを行った際にギルド依頼として判定され、ギルド経験値が溜まる仕様です』

「それ、もっと早く教えてくれん?」


 相変わらずの情報提供の遅さに溜息をつきつつ、要はメンバーの誰かが何事かに巻き込まれているということだ。


 一度ギルドメンバー全体の名前を表示。


 各個人をタップして詳しい情報を調べる。

 すると、とある1人に見慣れない表示が付いていることに気がつく。紫色の、ドクロマーク。


「毒?!詩菜かっ。何してんだアイツ!!」

「主、どうかしたのか?」

「ハク、マキナ、シンシア。海で毒と言ったらなんだ?」

「毒?!何があったのじゃ」

「……海、毒、ですか。クラゲとかでしょうか」

「海洋生物で毒を持つ者は多い」

「くっそ。全員急いで詩菜を探してくれ!!」

「あの少女じゃな」「わかりました!」「仕方ない」


 釣竿をインベントリに叩き込み、俺は岩場から飛び降りる。既に対処済みであれば問題無いが、もしもの可能性もあるのだ。


 ギルド仲間の危機に、迷いなくその場を駆け出した。


――疾走



 急いで海の家付近まで戻ってきた俺は、パラソルの下で寝転ぶ千紗さんを見つけて駆け寄る。


「千紗さん!詩菜見なかったか?!」

「詩菜ちゃん?見てないよー。どうかしたの?」

「毒だ。……まだ抜けてないから、もし海に入っていたら」

「毒っ?!」


 サングラスを放り投げる勢いで起き上がる。


「妹ちゃんと絵名ちゃんがあっちにいるはず!」

「俺はそっちに行ってみる。千紗さんはこの辺を」


 ここは人が多い。下手にスキルは使えない。


 自力の足で砂浜を走る。

 波打ち際で、貝殻を眺める葵たちが見えた。


「葵!三佳!詩菜見なかったか?!」

「詩菜ちゃん?さっきまで一緒にいて……、飲み物買ってくるってあっち行ったけど…………そういえば戻ってこないね。お兄ちゃん、何かあったの?」


 怪訝な表情で尋ねる2人に、俺は簡単に詩菜の状態を説明し、一緒に探すようにお願いした。


「分かった!私たちはあっち探すよ!えな、行こう!」

「うん!お兄さん、葵は任せてください」

「悪い、頼む」


 俺は2人と別れ、さらに浜の奥へ走る。


 これより奥に行くと、再び岩場が増えてきて泳げるような場所が減ってくる。詩菜が一人でそんな場所まで来るとは思えないし、居るとすればこの辺りに……。


「いた!!」


 砂浜の上に寝転がる2人の人影と、あたふたと慌てて横をウロウロする一人の男。


「おい、誰だお前!」

「ひっ?!た、助けてください!!」


 やや威圧的に声をかけると、涙目で助けを乞われた。


「どういうことだ?そこに倒れてる子どもは俺の連れだぞ」

「あ、ぼ、僕は彼女の友人です!!そのっ」

「落ち着け!!」


 慌てる男を落ち着かせ、事情を聞く。


「ふぅ、すみません。その、僕らはここで遊んでいました。僕がカナヅチで、彼女に付き合わせてしまったのです。それで、ハンカチが飛ばされて……、彼女が取りに海へ入ってくれたのですが……」

「そこで溺れたと?」

「はい。急にもがき始めて、でも、僕は泳げなくて……。その時近くを通ったその少女が助けてくれました」


 ……なるほど。

 ギルドレベルが上がった人助けってのはこいつらのことか。


「なら何故詩菜が倒れている?」

「それが、僕もよく分からなくて。浜辺まで連れてきてくれた後、突然倒れてしまって」


 俺は詩菜の横でかがみ、その体をよく観察する。


 ……目立った外傷は無い。

 が、顔が青く呼吸もままならない。


 やはり毒か。


「救急車は?」

「えっと、スマホが」

「ちっ。――もしもし!急いで救急車を!!場所は……」


 俺は救急車を急いで呼び、赤崎さんにも連絡する。


「お前は彼女を連れて救急車を待て」

「す、すみませんっ。……えっと、そちらは」

「いいから。早く行け」


――治すところを人に見られたくはない。


 焦る男に離れるよう指示を出し、少しの間1人になる。


「……シンシア、いるか」

「はい。ここに」

「治せるか?」

「やってみます。…………これは?」


 詩菜の額に手を当てて、シンシアが魔法を発動させた。その後怪訝な顔をしてこちらへ振り向く。


「どうした」

「……その、やはり毒で間違いありません。治すことも可能です」

「そうか……。良かった」

「ですが……その」


 言い難いことか?

 治るなら問題ないと思うんだが。


「その、この毒は――です」

「なんだとっ?!どういうことだ!!」


 彼女の発言に、俺は大きな声で叫ぶ。


「私はこの世界の生物に詳しくは無いですが、少なくともこの毒が自然的なものでない事は分かります」

「……スキルか」

「はい。私の"観察眼"は、症状名と病気や怪我の位置、対処法、また特定のも視ることが出来ます」

「……それで。感染源、今回は毒の発生源か」

「発生源、と言うよりも刺された媒体でしょうか。私には"注射器"と視えています」


 注射器、か。

 ではなく注射器。その情報は毒が人工的であることが容易に推測できる。そして、も。


「さっきの男女、救急車だっっ!!」


――飛翔加速


 もはや人の目を気にしてはいられない。

――クズ共が。何が目的だ。


 空から救急車の姿を捉える。

 まだ駐車場で停まっているようだ。


 俺は急降下して救急車の傍に着地し、騒ぎ立てる野次馬を無視して救急車を覗く。


「誰ですか君は!!」

「救急車を呼んだのは俺だ。ここに男女がいなかったか」

「男女……?私たちは今到着したばかりです。溺れた人がいるとかで」

「――は?」


 それは……つまりなんだ。

 初めから、犯行だったってのか。


 よりによって、一番年齢の低い、優しい少女を……。


――殺す。


 仲間に手を出しただけじゃない。

 せっかくの楽しい旅行を台無しにした。許すわけが無い。


「あの、怪我人の元へ案内してもらっても?」

「あ、はい。こっちです」


 シンシアが治療はしてくれたが、一度病院で見てもらった方がいいだろう。


 階段を下り、砂浜で横たわる詩菜の元に急ぐ。


 救急隊員を連れて戻ってくると、赤崎さんと三佳、葵が彼女を介抱しているところだった。


 赤崎さんからの伝言では、どうやら毒は完治したらしい。意識の回復を待つだけで大丈夫との事だ。シンシアには後で感謝しておかないとな。


「……まさか狙われてたとは」

「絶対ころ……、見つけ出します。詩佳に連絡して、あとから行きますから、先に病院に付き添ってあげてください」

「分かった。搬送先はメッセージを送っておく」

「助かります」


 その場を離れる赤崎さんを見届け、俺は水平線へ振り返る。


 あれだけ騒がしかった浜辺はどこか物悲しげで、耳に残る波音を心配するように奏でていた。

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