第3話
私の名前はルビア・マクレンっていうらしい。
マクレン侯爵家のご令嬢で、私はメイドの反対を押し切って馬に乗ったところ転落してここへ運ばれたのだとか。
メイドの人が教えてくれた。それで、このメイドも本物らしい。
(うーん……私って、転生しちゃったのかな?)
入院していた子供の患者から教えてもらった漫画では、最近『転生』というものが流行っているらしい。
一回死んで、異世界という別世界の誰かに生まれ変わる。
聞いたところドッキリ企画をされているわけでもなさそうだし、そういう表現の真実味が凄い。
フィクションの中だと思っていたみたいだけど、どうやら実際にあるみたいだ。
(纏めると、私は異世界に転生してルビアって女の子になった……)
この国の名前も聞いたけど知らない場所だったし、何より髪も骨格も現世の人間とは思えない。
確かに、私が刺された傷ではまず助からなかったはずだ。
頭の中でまとめればまとめるほど、転生という言葉が確信に変わってくる。
問題は───
「これからどうするか、なんだよなぁ……」
私の零した声が室内に響き渡った。
さっき色々と「え、どうされたんですか!?」って言いながら教えてくれたメイドさんはいない。
なんか「奥様がどこか行ってしまわれたので探してきます!」とのこと。
多分、この子のお母さんのことだと思う。
「よく分からないけど、とにかくこの子のまま過ごすしかないよね……」
話の節々で置かれている状況と人の名前を覚えれば、なんとか違和感なくいけるかな?
知識は書物を読めばなんとかなるし、昔から患者の名前とか覚えるのは得意だったから。
そう思っていた時だった。
ふと、病室の扉がノックされる。
『失礼、ルビア嬢。入ってもよろしいでしょうか?』
自問自答をやめて、私は現実へと返る。
「構いませんよ」
とりあえず、しばらくは敬語で過ごした方がいいだろう。
お嬢様って呼ばれているぐらいだし、お淑やかなイメージを維持した方が怪しまれないはず。
私が許可を出すと、ゆっくりと病室の扉が開かれた。
(うわぁ……)
入ってきたのは、超絶美男子。
今の私より歳は離れているとは思うけど、凛々しくも整った顔立ちは若々しく見える。
この人は、確か最後に駆けつけてくれた医者だった、よね? あの時は一心不乱だったし気絶しちゃったしでよく覚えていないけど。
まさかこんなにイケメンだったなんて。
「失礼します、ルビア嬢。私はアンカール伯爵家、バレッド・アンカールと申します」
イケメンの割に物凄く物腰の低い人が現れた。
私より年上で貴族なのに。あれ? 一応私の方が爵位は上? でも、家督は継いでないしこの人の方が立場は上だから性格なのかも。
「初めまして、ルビア・マクレンと申します。このような状態でご挨拶する形となってしまって申し訳ございません」
ごめんなさい、もう動きたくないの。
あばらが折れるってかなり痛いんだから。
「…………」
「……あの、どうかされましたか?」
挨拶をしただけなのに、何故か驚いている様子を見せたバレッドさん。
おかしい……敬語がなってないとか? 私はこれでも三十路近くの社会人経験豊富な女性だったんだぞ。
ま、まぁ……十五歳の女の子が出すセリフかどうかは置いておいて。
「いえ、噂とはかなりかけ離れているな、と」
挨拶しただけで驚かれるなんて、この子は一体どんな噂を立てられているのだろう?
「いえ、そんなことではなく……突然押しかけて申し訳ございません、ルビア嬢。この度はお礼を申し上げようと足を運びました」
なんのお礼だろう?
そう思っていると、バレッドさんは急に頭を下げた。
「我が病院の医者に代わって適切な処置をしていただいたこと、誠にありがとうございます。おかげであの患者を救うことができました」
「あ、頭を上げてくださいっ!」
まさかお礼があのことだったなんて。
そりゃ、あの医者達? 研修生かよく分からない人達だけだったら間に合わなかったかもしれないけど───
「人を助けるのは医者にとって当たり前のことですから!」
そう、私は医者だ。
当たり前のことをしただけ。お礼を言われるべきかもしれないけど、勝手に出しゃばったのだからお礼を言われるのは違うと思う。
それでも、バレッドさんはもう一度お礼を言った。
「ありがとうございます。あなたのような方があの場にいてくれてよかった」
このお礼が、何故か胸に沁みた。
前世の最後があんな形だったからか、どうにも胸に温かいものが込み上げてくる。
(あぁ……やっぱり、こういう時は嬉しいなぁ)
手術が終わった時、診察が終わった時。
大抵の患者さんや家族の人はお礼を言ってくれる。
その度に、自分の苦労が報われたような気がして、人を救えたんだという達成感が生まれて。
それが嬉しいんだ。私は、今それを久方ぶりに味わえた。
「私も、あの人を救うことができて嬉しいです……」
「…………」
思わず零れた言葉を聞いて、バレッドさんは何か考え込むように私を見た。
ど、どうしたんだろうか? この子の顔は前の私よりも可愛いぞ!!!
「あなたは、本当に医者のような顔をされますね」
「へっ?」
「先ほども「医者として」と仰っていましたし……」
しまった。
「き、聞き間違いでは? 私はただの女の子ですよ」
「そう、ですか……まぁ、構いませんが」
それより、と。
バレッドさんは私に向かってどこか真剣に尋ねた。
「ルビア嬢、無理を承知でお話しします―――もしよろしければ、うちの病院で働いてみませんか?」
―――その言葉は、どこか天啓のようにも思えた。
医者として過ごして、医者として死んで。
後悔を残した私に与えてくれた、神からの導き。
そんな風に感じてしまった。
だからからか―――
「えぇ、喜んで」
自然と、そう口にしてしまった。
まだ何も現状をしっかりと把握もできていないというのに。
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