第十四話 優雅な人間観察1-賭事のミスリード


「こらー、そんなに遠くに行くな」

「見てみてお父さん、あっちに焼き芋売ってるんだ!」

「走るんじゃない!」


 帰りがけに見かけた親子の遣り取り。疾風はついつい視線で追いかけてから、思い返す。

 存の価値観を否定してやってもうやめろと告げたい気持ちと、否定すれば無表情なのに今にも泣き出しそうな気がする気持ちで疾風は存を止める行為が出来ない。

 疾風は書物で人間界について勉強していった。明確な虐待ではなくとも、歪な親子関係は存在するのだと知っていく。関係性は大体が絶縁しか手が示されてない。

 存の状態で他者と関係性を断つのは非常に危険だと感じる。存は友達もいなければ、他に関係性も持っていない。どうやって生きてきたのだろうと感じるくらいには、軌跡が何も残っていない人間だった。

 唯一は弓だ。弓と粉雪だけが、他者との接点だ。

 希望があるとすればそこなのだろう、と疾風はつられて石焼き芋のトラックに近づき、安納芋を買っていく。

 暖かい芋を袋越しに感じながら、自分の気持ちの整理にも意識を向ける。

 このまま居座って良いのだろうか。友達だと認めて欲しい気持ちは募るが、存にとって主従から始まった関係であるうえに。大人の状態で、友達になろうぜなんて今更口に出せない。

 そもそも今までは何だったのかと聞かれれば、これまでの目当てを話さなければならず、それは少し疾風にはつらい体験を掘り起こすので言えないものだった。

 今をなんと言おう。疾風は夕日を浴びて騒ぐ親子を眺めて、思案に更けながら自宅に帰る。

 自宅に戻ればアルテミスが五台纏めて音ゲーをしていたのだから、器用だなと感じた。


「すげえな」

「あーっ、今話しかけないでください! あと少しですッ、あと少しでパーフェクトなんですっ」

「お前、存についてどう思う」

「あー、あーやめていやあああ! 酷いんだ、疾風くんひどいんだ! はあ……存さんのことですか」


 アルテミスは集中力を一気に失いミスをどの機種でも三連続してしまい、ゲームオーバーと表示された画面に肩を落とした。

 突然の真面目な話題にスマホの電源を一端休止にさせながら、アルテミスは真面目に考え込んだ素振りを見せる。


「個性ですね!」

「個性? あの状態がか」

「そうですよう、どんな人にも価値感や個性はあります。自分の好きな物を嫌いだったり、許せないものが主義だったりします、貴方は嫌いな物を相手が好きだからと敵視するんですか」

「するよ、僕には理解できねえ。理解できない奴とは仲良くなれない」

「それだけ素直に話せるなら仲良くなれますよ、少なくとも貴方は伝えようとする人だ。存さんは自分を大事しない人だと、理解するしかないんです」

「……墓を望むのもか」

「うーん、そこはちょっと微妙なところですね。墓の材質が好きだからとか拘りがあるのではなく。ただ居場所として欲しいのであれば、非常に宜しくない」

「だよな、あの年齢で今から墓や死後の安定を望むなんて……異常だ。死後の墓ばかり考える未来なんてあっちゃあならないんだ、健康的な若者が」

「ただその全部を否定していいんですかね。今の価値観があってこその、今の存さんだ。あの危うさの魅力はそれこそ、個性で認めてあげなきゃ、一生懸命生きてきた存さんを否定することになります」

「一生懸命って……そうしないと自分自身を守れなかったってことか」

「オレは親に棄てられた過去があるので、少しだけ。ほんの少し守ろうとした術は理解できるんです」


 アルテミスの言葉に疾風は小難しい話だ、と頭を掻きむしり。安納芋の入った袋を押しつける。

 アルテミスのスマホが一台鳴り、電話をスピーカーにして受理すれば、そこからは独水の声がする。


「存くんは人間にとって必要なものを持っているよ」

「あ、切りますね。何処で知ったンですか番号。このストーカー、盗聴器でも仕掛けてるんですか」

「待ってくれよまあまあ。金の力は偉大なだけだよ、ハニー。大事な物を存くんは持っている。諦めだよ。諦めは人間にとって世界一大事だ」

「……切ろうぜ」

「せっかちは嫌われるしもてないよお? そういうところだよ、アルテミスくん。なあ賭けをしないか」


 切ろうとする二人へ慌てて独水は要件をつげた。賭けというからにはきっと、アルテミスの首へと繋がる代償のはずだと二人は捉える。


「君が選んでいい。君たちが選んだ子が、一ヶ月の間夢を諦めなかったらそれで君たちの勝ちだ。叶えなくてもいいんだ、諦めなかったら、だ」

「お前が勝ったらどうする?」

「君の首の権利を譲ってくれ。あの子に首を、永遠にあげてほしい。僕としては悲恋を叶えてやりたいのさ、人魚姫の恋ほど悲しい物はない」

「オレが勝ったら何が得あるんですか」

「素敵なプレゼントを用意しているんだ、きっと君自身とても気に入るような品さ、後日迎えに行くよ」

「住所とかは聞かないんですか、ああ、やっぱり盗聴器仕込んでるくらいにはばれてるんですね」

「言っただろお? 金があれば何でもできるんだって、アルツならイイ病院紹介してあげるよ」


 電話先の独水はご機嫌に切ると、一方的に提案して切っていく。アルテミスの弱味があの若い社長にある限り、話を聞くなり世話を焼くなりしなければならない。

 それをアルテミス自身も判っているだろうから、同情心が沸いてくる。疾風は思わずアルテミスのスマホに触れると、アルテミスのスマホは一気にぼんっと音を立ててぷすぷすと煙があがる。

 疾風は自分の体質を忘れていて、アルテミスの方角を見るのが非常に怖かった。


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