第二話 お姫様の魔法の鏡1ー鏡よ鏡


 


 時刻は夕方。虫の鳴き声鳥の鳴き声も静まってくる頃合い。それでも深い眠りについている存を放って置いて、疾風は食事の準備をしていく。

 おばさまとの奪い合い戦いに勝利した特売の牛肉を使い、今日は肉じゃがでも作ろうかそれとも牛丼かと悩んでいた。

 考えた結果、少しずつ使いたいからと肉じゃがにすることにし、とんとんとんと包丁とまな板を器用に台所で扱い始めていた。

 存の家は間取りが2LDKで親が来たとき泊められるように広めの家にしたという。

 一つの部屋は存の部屋、もう一つの部屋は来客用にということで疾風が使っている。存の部屋は本棚で埋め尽くされていて真っ黒いカーテンに真っ白の壁紙。何処かのデザイナーのポスターや洋服が引っかけられている。

 反対に疾風の部屋は簡素な部屋だった割に明るい印象だ。疾風自身持ち込んだ物はあまりなく。タバコのにおいがするようになったくらいか。リビングはソファーとテレビ、ラグカーペットにクッションがいくつか。座布団数枚。アロエが一つ植木鉢に。

 存の部屋以外カーテンは水色で、明るい印象だったので、疾風はあの黒いカーテンは存の趣味なのかもしれないと見込んでいた。

 風呂は広めで、追い炊き機能つき。髪がうるつやになると噂のシャンプーやリンスなども置いてあり。ボディーソープは蜂蜜を使っている成分で有名なものだった。


 あれから存の家を、表向きは探偵事務所として人間向けに創立した。契約の範囲内なので、悪魔も手続きは協力してくれた。借金をまだ返済できていない存だと難しいので、疾風に人間界の戸籍を与えて疾風が所長となった。

 人間界での名前は、山上 疾風(やまがみ はやて)だ。

 簡素だったキッチンは疾風が来てからあっという間に、日常感のある使い込まれたキッチンへと変化した。

 疾風の領域だ。存は領域が自分のものでなくなっても興味がない様子だった。実際の所、疾風が台所の実権を握って料理してくれたほうがスムーズな暮らしであるのは間違いない。

 味見をしおえ、あとは煮るだけの頃合いに、つつーと糸が垂れてきた。糸を掴めば黄金の声が脳内に響く。


『疾風、珍しい格好ね。でも似合わないこと。ねえ、依頼をしたいわ』

「ほっとけ。おや便利屋のお前じゃ手に負えないこと?」

『人間の出来事は人間に任せるの、あたくしの領土じゃないもの。食事が終わったらうちへいらして。大事な話もあるから、あの人間と一緒にね』


 糸はふらりと消えると、疾風は振り返って眠る存の部屋を見つめる。扉は開けっぱなしで電気はまだつけておらず、若干暗い。


「……あの様子じゃ道具作りに関する話かな。おーい、存。存起きろ」


 鍋の火を止めあとは余熱に任せる。疾風は存の部屋に入ると、眼を見開いた。

 一瞬だけ、たった一瞬だけ存の部屋が赤い糸に繋がれて、どれもが存を中心地点に赤い糸が放たれていた。蜘蛛の巣のように。

 形から黄金の仕業かとも考えたが、妖怪の気配もない。

 どちらかといえば、悪魔の気配だったから。

 一瞬の幻覚が消えれば、存が身じろぎし、ぼんやりとまだ現実に戻ってきていない。墓石の広告を手繰り寄せ、胸元で抱きしめている。


「駄目ですそれはペリーの好物で信長が怒って女装します」

「どんな夢見てるんだヨ、おい起きろ存」

「ん……なあに……疾風? ああ、もうこんな時間か」

「眠るのが本当に好きだなお前は。黄金から依頼だ、飯食ったら行こう」

「今日のご飯、味噌汁わかめがいい……」

「はいはい、判ったから起きてくれ、日が暮れる!」


 疾風は甲斐甲斐しく存を背負うと洗面所まで連れて行く。母親のように蒸しタオルを作ってやれば、存の身支度を手伝ってやる。好きでやってるわけではない。存の眠りは中途半端なところで起こすと、絶対時間がかかりあわよくばもう一眠りとされる。時間を惜しんだ結果の現在だった。

 歯ブラシを手渡してやれば、寝ぼけたまましゃこしゃこと歯を磨き出す。

 これではまるで幼児の世話だ、と朝支度がある程度終われば背負って今度はリビングのソファーに座らせておく。

 目が覚めるようにデスメタルを大音量でかけてやり、食事を用意する頃には存の意識ははっきりとしデスメタルの音量を絞られた。デスメタルは只管悪魔や死への賛美を叫んでいる。


「毎度世話かけるな、お、うまそう。肉じゃがか」

 料理のメニューはそれだけじゃないが、メイン料理がよほど美味しそうだったのか存は肉じゃがばかり見つめている。

「お食べお食べ、なあ存ちゃんよ。赤い糸に心当たりある?」

「赤い糸? お前……ロマンチックだなそんなものみえるのか」

「御縁の話でなくてね? 物理的な話」

「ああ、最近たまに体についてるときがあるな、どこからついてきてるんだろう。ソーイングセット持ち歩いてるからかな」

「男のソーイングセット持ちはいやだな……」


 そんな話は初耳だ、おかずを摘まみながら二人は話し込んでいき、やがて食事を終えて食器も洗い終わると、存は魔方陣を用意する。

 中心地点に香水を置き、匂いが漂えば以前来た異空間に繋がる。

 黄金は相変わらず蜘蛛の巣とクッションの中心地点にいる。

 ただ以前と違うのが、黄金より大きな鏡が黄金のそばにあることだ。二人の視線に黄金は満足げに秋波を送る。


「聡いわね、依頼はこの子の関係よ」


 黄金はそうっと鏡を撫でて、二人に頬笑んだ。


「魔法の鏡を作りたいの。執事みたいなものね、でもそれには人間の忠実な魂がいりますの」

「何処からか連れてこいって?」

「そう、代わりにとても面白い話をさしあげますわ」


 黄金はしゅるりと扇を開く動作ひとつで、蜘蛛の巣をカラフルに染め上げた。金色だった蜘蛛の巣達は虹色になっている。


「縁の糸をしってます? 赤い糸はご存じ恋愛。でも、他の色にも意味はあるの、黒い糸だと因縁の相手だとかね、青い糸は癒やし。それくらい、昔から糸は魔性が強いものよ」

「……ああ」


 疾風は先ほどの光景のヒントになりそうだな、と深く聞いているが存はぽかんとしている。ぴんときていなさそうだ。


「赤い糸はよく恋愛の御縁っていうけれど。それほど魂の結びつきが強い色だと証明している。人にとって、強い効果の色なの」

「色? 赤い色ってどういう意味なんですか」

「第一チャクラっていって生命の基盤になっている色でしてよ。縁起の良い色ともされてて、命の色なのよ」

「でもあまりいい印象ないです、おれは赤い糸嫌いだ、運命で結ばれているなんてなんともつまらない物の存在だとおもう」

「そんな子供みたいにぐずらないで。存、お前の話よ。困った事件があったら、おまじないを教えてあげる。お通りください、とたった一言よ。それできっと赤い加護ができる」

「それが良い話……? どうみても雑学披露じゃないか」

「あなた方の生死を別つくらいには大事な話でしてよ。対価はあとで支払いますわ、魂については。この情報は前払い代わり。宜しくお願いしますわ。必要なら道具もお貸しします」


目の前にどさっと沢山お札だの、武器だの、物騒なものが山ほどある。幾つか邪魔にならない札を選別していく。


「これはお札……妖怪も持ってるんだ」

「妖怪と神仏は近しいのよ、一枚百万円しますの、それでも低価格の方ですわ」

「たっか……! ハンバーガー店貸し切りできるじゃないですか」


 ぎょっとしながらも、存は効果が気になり札を手にした。

 道具を選別し終われば景色がぼやけていく、ぼやけきってあっという間に存の家の景色に戻れば存は手元を見つめている。赤い糸がくっついている。先ほどの話を思い出す存は眇めて糸を見つめて。

 存はよく分からず、赤い糸を千切って棄てた。




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