第一話 金の生みどころ4ー確定召喚
「金が要るんだ、湯水のように。借金を返してもまだまだいる。親がずっと贅沢を望むから」
「抵抗しないのか、お前はもうイイ年齢した大人だろう、支配されるなんて馬鹿馬鹿しい」
「抵抗する気力が無いから、死のうとした」
食べ終わって話をしていくと判明したのが、存が家族を豪遊させるために借金を作った話や。現代の仕事をしていると親が凸電話攻撃をしかけるので首になることの連続だと判明していく。
存のぽつりぽつりとした会話は、全て聞き出すには二時間かかり、疾風と存は公園で缶コーヒーを飲んでいた。
雨模様は既に消えていて、木陰になっていたベンチは濡れておらず、現代ではレアになった遊具を眺めながら腰掛ける。
「なるほど。それなら良い提案があるぞ、存」
「何だかよくないことを考えている顔をしている、おまえ」
「お前は本当僕に向かって辛辣よねえ、まだ出会ったばかりだぞ。……人から借りれないなら、悪魔から借りて借金を返していけば良い」
「悪魔から?」
「一度自殺しようとした身だ、惜しがる身でもないだろう? 魂を担保にすりゃいい」
「……そこまでして生きたくないから飛んだのに?」
「助けた僕のために生きてよ、きっと楽しいことが起きる。一度死んでるなら同じ結果だろ、僕が提案した行為をしても」
疾風は人なつこい笑みでにこーっと笑いかければ、何処かで宿を取って様子を見ようと、席を立つこととした。
その場に存を置いていく、悪魔の呼び方を書いたメモを置いて。
その儀式が正確である必要は無い。存自らが悪魔を頼った実績と実感があれば、それで成立する。何せ、呼ばれたいのは悪魔のほうなのだから。丁寧に間違いがあったとしても、わざわざ指摘したり揚げ足をとる必要も無いだろう悪魔のほうからすれば。
その策略は丁寧にラッピングして隠しておき、疾風はうっすら笑い、そのまま立ち去ろうとする。
存はきっと喚んでくれる。他に術がない。こんな状況で可哀想だとは思うが、ほっとけないのも事実だ。ほっとけない現在と己の願いと、悪魔の要求を全て叶える素晴らしい策だと疾風は自負している。
戸惑い気味に存は受け取ると、じ、とメモを見つめ。疾風を、もう一度吸い込まれそうな深い無機質の瞳が見上げた。何処か魚みたいに感情の読めない眼だと疾風は思った。
「疾風」
「なんだ? 何か他に?」
「いなくなるときはさようならと言わないと駄目だ、礼儀は守れ」
「……ごきげんよう、これでいいか箱入り息子!」
「近所迷惑だ、叫ぶのもやめたまえ」
「めんどくさいなお前色々」
疾風は笑いながら会釈し去り、そのまま河川敷の裏にまで行き。 背中に羽を現し、真っ黒い羽を一枚千切って壁にダーツのように投げ刺さらせると悪魔が現れる。
悪魔は見る者できっと姿が違うのだろうと想像がつく、自分にはずっと望んでいた存の姿だったからだ。待ち望んでいた姿で、同情を買って交渉を進めやすくするための姿だろう。ずっとカメラのピントがずれたように姿が時折揺れている。
疾風は嘆息をつきながらタバコを取り出すと、マッチで擦り火を点す。
「これでいいんだろう? 悪魔、少し仕掛けたい提案がある」
「何でも言ってご覧、出来るだけ計らってあげよう」
「僕をあいつの配下になるようにしろ。お前の手腕の見せ所だ、契約させたくなるようにさせるんだろう?」
「……これは単純に好奇心だが。配下がいいのはどうしてだ、お友達のほうを望んでいたんだろう?」
「……簡単な話だ、遠慮して欲しくないからだな。あいつは、友達だと何一つ頼ってこなさそうで、そのうちに死んでる気がする」
「宜しい。なら、一つだけ私から注意して欲しいお願いがある。お前には、そのうち同僚ができる。つまり、あの子には配下が二人になる」
「そう、ならそいつと仲良くお手々繋いで上司と部下ごっこしとく。そういえば何処かで聞いたが悪魔との契約は契約金を払えば、契約って解除されるんだっけか。僕の契約はおいくらぶん?」
「願いは平等に一億だ。あの子の願いも一億だ」
「なるほどなあ、ま、それならドラマティックな召喚をお願いするよ」
「任せ給え、悪魔は美術技術が得意なんだ。昔話のモーゼにも負けない格好良くて素敵な演出だってお望みならできる、どこかのヒーローのような爆破シーンも簡単だ」
「胡散臭い商売ってみんなだいたいそう、ヒーローは向いてないから違う演出でな」
疾風はけらけら笑うと、その日はビジネスホテルを探して泊まった。ホテルでだらだらして、朝はたっぷり眠り。夜は街に出てバーで明かす。お気に入りの本を読書して、バーを渡り歩く。そんな堕落を楽しんでいれば、お呼び出しは突然来る。
足の先が透けてくると、嗚呼、契約が成立したんだなと疾風はばれないうちに支払いを済ませ路地裏に引きこもる。
やがて体の全てが、悪魔の呼び出された存が生み出す魔方陣の中に転移され。
存の眼差しはまだ死んだまま。深い無気力の眼差しのまま、光り輝く魔方陣にスモークが焚かれ、悪魔の演出はやりすぎだろうと内心疾風は笑いたくなった。召喚された部屋は薄暗く、蝋燭に囲まれた陣形の中から本棚に囲まれた部屋を見つめる。
「天狗の疾風だ、諸事情あって悪魔を介してお前に仕える。主人よ、僕に何を願う?」
「……悪魔と。悪魔との仕事の仕方を教えて。悪魔を依頼人にして、人探しをしてくる。必要な人材を持ってくる。それで金を稼ぐよ」
疾風はてっきり親を殺してくれと願うのかと思っていたので、意外性に目を剥いた。悪魔と取引や仕事など正気の沙汰じゃない。騙されるカモが自ら、調味料を抱えてまな板にやってきたような話だ。いったいなにをどうしてそんな思考になったのか。
「悪魔と仕事? なんでまた」
「普通の仕事だと、不器用すぎて割に合わないし。悪魔達のレートのが高単価だと話をしていたんだ」
「あいつ……。親を殺すという願いの方が手っ取り早くないか?」
「無理だ、逃れられない」
イイ年齢の大人がそんな無防備な笑顔で、悲しい返答をするまでにはどんな苦悩があったのか、と疾風は目を眇める。無気力なくせに、こういうときだけ瞳に感情を浮かばせるのは少々ずるいな、と頭を掻いた。
(望ませよう。いつか、いつか殺してくれと願わせよう。今は真綿で包んでやる)
何故簡単にちぎれる絆や縁より、仕事を欲したかは疾風には判らなかった。
悪魔に唆されたのが半分くらいはありそうだが。それでも、自分より他者を大事にしそうな存が他者と悪魔を繋げる理由は知りたいところでもあった。側にいれば判ってくるだろうと、笑みを堪え。
「お任せを、我が主――ほうら、楽しいこと。あっただろう? 僕と再会できた」
疾風は初めて、意味が込められてない素直な存の笑顔を見られた。
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